上 下
747 / 1,360
革命編 二章:それぞれの秘密

盤上外の情報

しおりを挟む

 同盟都市建設の責任者として赴いていた帝国宰相セルジアスと共和国大臣アルフレッドと称するウォーリスは、互いの内側を見定めるように盤上遊戯チェスに向かい合う。

 互いに一手一手を進めながら駒を動かし、陣形を整える。
 その時点でセルジアスとウォーリスは互いに盤上遊戯チェスに深く熟知している事を理解し、息を合わせるかのように布陣を終えた。

 セルジアスは守備を重点に置いた防御型の布陣を、ウォーリスは各駒を全面に押し上げた攻撃型の布陣を敷いている。
 真逆の意味を持つ布陣を互いに敷いた状態で改めて視線を衝突させると、ウォーリスは微笑みながら告げた。

『――……では。お手並みを拝見させて頂きますよ』

『いつでも』

 ウォーリスはそう述べて右側に布陣している黒歩兵ボーンを進め、セルジアスの敷いた布陣を突き崩しに掛かる。
 それを受け立つセルジアスは対応し、互いに五秒にも満たない思考時間で駒を動かした。

 その攻防は一進一退を続け、ウォーリスの攻めをセルジアス上手く回避しながら防御し続ける。
 一方で更に明らかな隙を作るウォーリス側の布陣を見たセルジアスは、眉をひそめた。

 しかしウォーリスは逆に微笑み、挑発的な言葉を向ける。

『――……攻めるなら、今が機会チャンスですよ?』

『……確かに、そうでしょうね。……ただ、その挑発すきには乗りたくありませんね』

 隙を作り敢えて攻めさせようと挑発するウォーリスの思惑を嫌い、セルジアスは攻め込まずに自陣の白駒を動かし手を回す。
 それを確認したウォーリスは微笑んでいた口を戻し、冷静な面持ちを見せながら呟いた。

『……与えられた勝機チャンスは、りませんか?』

『そうですね。機会チャンスは、自分自身で生み出すモノだと考えていますので』

『なるほど。……セルジアス殿。私は貴方に対する評価を、少し改めなければいけないようだ』

『……どういう意味か、御聞きしても?』

『貴方はもっと冷酷で、どのような手段を用いても勝利を手にする御方だと、勝手ながら想像していました』

『なるほど。……それで、改めるというのは?』

『……貴方も、クラウス殿と同く甘いようだ』

『!』

 セルジアスはその言葉を聞き目を見開いた瞬間、ウォーリスは黒女王クイーンを大きく動かし白駒の布陣に踏み込む。
 それに対応するセルジアスは黒女王クイーンを逃がさない為に、黒騎士ナイトを囮にしながら逃げ道を塞いだ。

 更に大駒となる黒戦車ルーク黒僧侶ビショップを動かし白駒の布陣に踏み込んだウォーリスと、新たな攻めに対応するセルジアスの攻防が幾度も続く。

 それが数分程の時間で四十手以上が進んだ後、黒女王クイーンを始めとした大きな機動力を持つ大駒を奪う事にセルジアスは成功する。
 しかし大きく白駒の陣形は乱され、白王キングの守りを担っていた駒達も多くが削り取られていた。

 ウォーリス側には既に黒歩兵ボーンを二駒と黒騎士ナイトが残るのみであり、守りの居ない裸の黒王キングが盤上に佇むのみ。
 対してセルジアスはその倍の数の白歩兵ボーンを残し、大駒となる白女王クイーン白戦車ルーク白僧侶ビショップを一体ずつ残している。

 黒駒の攻勢をえたセルジアスは一息を漏らした後、改めて盤上から視線を逸らしウォーリスを見ながら話し掛けた。

『――……これで、終わりでしょうか?』

『……そうですね。この状況から逆転は、いささむずかしい』

『負けを認めますか?』

『ええ。――……見事です、セルジアス殿。噂通りの腕前でした』

『貴方もです。今まで戦ったどの相手よりも、強かったですよ』

 およそ三十分に渡る盤上遊戯チェスは終わり、白駒しろを握ったセルジアスが勝利を掴む。

 セルジアスの言う通り、ウォーリスの腕前は一流を称しても過言では無い腕前を持っている。
 盤上遊戯チェスでは妹アルトリアにすら苦戦を経験した事が無いセルジアスだったが、数多の手段で守備を固めた布陣を削り剥がされた事に驚きを抱いていた。

 そうして互いに一息を漏らした後、ウォーリスは微笑みながら呟く。

『――……こうして盤上遊戯チェスで私を敗北させたのは、貴方で三人目だ』

『三人目……? と言うと、貴方に盤上遊戯チェスで勝った相手は他にもいらっしゃるのですか?』

『ええ。一人は、私の父親です』
 
『!』

『私の家系は、代々に渡り盤上遊戯チェスで競い遊ぶ習慣がありました。私は父親から盤上遊戯チェスを学び、子供の頃に唯一の遊びとしていた。その時にはまだ未熟な腕だったので、負けていましたね』

『……』

 セルジアスはそれを聞き、ウォーリスの述べる父親がゲルガルド伯爵家に生まれたナルヴァニアの息子だと悟る。
 自身をアルフレッドと称している為に、それを知るセルジアスに対して敢えてそうした言い方でウォーリスが伝えている事を察した。

 それを察しながら、セルジアスは続けて問い掛ける。

『では、二人目は?』

『妹です』

『!』

『妹は幼く歳は少し離れていましたが、盤上遊戯チェスの強さは私の比では無かった。まるで未来でも視えているかのように、盤上で私や父を圧倒していましたよ』

『……まさか』

 ウォーリスの言葉から妹の話が出た時、それがリエスティアの事だとセルジアスは瞬時に悟る。
 しかし今現在のリエスティアは聡明さはあれど、ウォーリスが伝える程の深い思慮や面持ちが無い事を認識しておらず意外性を感じていた。

 それを見抜くかのように、ウォーリスは微笑みながら話を続ける。

『意外ですか?』

『……ええ。少し』

『でしょうね。……今と昔の妹では、そうした部分がかなりことなりますから』

『……!』

『妹は身体が弱い反面、それ以外の事に関しては特質した才能と能力を持っていました。……もし身体も丈夫であれば、私の家を継ぐに足る資格を持つのは妹だったでしょう』

『……女性の当主ですか。確かに実力主義の帝国くにならば、女性でもそうした立場になる事は可能でしょう』

『ええ。……もし妹が資格さえ有していれば。家のみならず、別の地位にもなれたかもしれない。私達の父親は、そう考えていました』

『……!!』

 その言葉を聞き思わず目を見開き驚きを浮かべたセルジアスに対して、ウォーリスは微笑みを向けながら椅子から腰を上げる。
 そして再びその口を開き、驚くべき言葉を向けた。

『セルジアス殿。貴方はとても優秀な御方だ。……だがクラウス殿と同じ甘さを持つ限り、それが災いとなって返って来ることでしょう』

『……貴方は父を……クラウス=イスカル=フォン=ローゼンと面識が?』

『いいえ。ただ、祖母が随分と御世話になったと聞いています』

『!?』

『祖母はクラウス殿に感謝しておりました。……では、これにて失礼を。また明日からよろしくお願いします』

 ウォーリスはそう述べた後、帝国側の仮設拠点から離れる。
 それを聞いたセルジアスは驚きを浮かべたまま席を立たず、ただ膝に置いていた両拳を握り締めて動揺する心を落ち着けるのに精一杯だった。

 こうして両国の兄達は、盤上遊戯チェスを通じて互いの内面に触れ合う。
 その内容は盤上遊戯チェスに限ったモノではなく、ウォーリスという人物に対する不穏さを改めてセルジアスに実感させる経験となった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

サンドリヨン 〜 シンデレラの悪役令嬢(意地悪姉役)に転生したので前職を生かしてマッサージを始めました 〜

浪速ゆう
ファンタジー
 普段はマッサージサロンで働く活字中毒女子の満里奈。ある日満里奈はいつものように図書館に通い、借りる本をさがしていた最中に地震に遭遇し、本棚の下敷きにされてしまう。  そして気がつけばそこはシンデレラの童話の世界だった。満里奈はどうやらシンデレラの二番目の悪姉(悪役令嬢)に転生していたーー。 ※恋愛はゆっくり始まります。 ※R15は念のため。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

処理中です...