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革命編 二章:それぞれの秘密
運命を綴る者
しおりを挟む目が見えないリエスティアの瞳を癒したアルトリアは、徐々に視力が戻ることを教える。
そして過去に出会っていた事を明かし、今後も足の治療を行う為にリエスティアと交流する事を伝えた。
しかし皇国に身を置いていた老執事バリスの情報を通じて、アルトリアの口からとんでもない事が皇后クレアと皇子ユグナリスに明かされる。
それは兄ウォーリスと瞳の色が異なる妹リエスティアが、黒髪と黒い瞳で生まれる『黒』の七大聖人に近い生い立ちをしていたこと。
そして皇国から旅立ち二年前に死んだと伝えられている、『黒』の七大聖人である少女の存在。
それ等の情報から今現在のアルトリアが導き出した結論は、リエスティアが魂を失った『黒』の七大聖人だという突拍子もない言葉だった。
突如として出されたその話題は、『黒』の七大聖人と無縁だった者達を困惑させる。
それを代表するように、ユグナリスが椅子から立ち上がりながらアルトリアを問い質した。
「――……黒い瞳だというだけで、リエスティアが『黒』の七大聖人だと言ってるのか? アルトリア」
「……」
「それに、魂が消失したとか……ワケが分からないぞ。確かに魔法師は『魂』の存在を信じ、魔法という力を扱う上での基点にしているが。そもそも、魂なんて実体の無いモノを触れることすら出来ない。その魂を消すなんてこと――……」
「可能よ」
「!?」
「アンタが知らないだけで、そういう方法はある。厳密に言えば秘術の類だけど、そうした手段を保有してる国はあるわ。例えば、ホルツヴァーグ魔導国やフラムブルグ宗教国家とかね」
「……じゃあ、それが本当に可能だとして。どうしてリエスティアがそんなことをされなきゃいけないんだっ!?」
「『黒』の七大聖人だったから。それ以上の理由は無いでしょ」
「だから、なんでそれが理由になるんだよ!?」
「はぁ……。バリス、この馬鹿にも分かり易く説明してあげて」
「な……っ」
アルトリアは溜息を吐き出しながら説明を放棄し、後ろに控え立つ老執事バリスに説明を委ねる。
それに対してユグナリスは表情を強張らせたが、バリスはそれ等に関する事情を二人に伝えた。
「私が二年前に出会った『黒』の七大聖人である少女は、魔導国や宗教国家に狙われていました」
「え……?」
「そしてフォウル国もまた、『黒』の七大聖人という存在を狙っていたという話を伺っています。皇国を除いた四大国家に、狙われているという事になるでしょうな」
「な、何で……その『黒』の七大聖人を……?」
「理由は様々なようです。元々『黒』の七大聖人は宗教国家において『神』に位置する立場であったり、【結社】と呼ばれる組織の中心地である魔導国では厄介な存在として排除され、かつて宗教国家と敵対したフォウル国は何かしらの理由で『黒』の存在を忌み嫌っています」
「……!!」
「故に一部の大陸や地域では、そうした生まれ方をする人間の子供は忌み嫌われる。少なくとも、髪や瞳の色が異なる両親からそうした子供が生まれれば、忌み子として扱われても不思議ではありません」
バリスに『黒』の七大聖人に関する事情を教えられたユグナリスは、その過酷な生まれと状況を知り視線を落としながら息を飲む。
しかし何かを思い出したように目を見開き、顔を再び上げてアルトリアの言葉を否定した。
「……で、でも! 七大聖人なら、確か身体の何処かに聖紋があるんだろう? リエスティアの身体には、そんな聖紋は無かったぞ!」
「へぇ。それを確認した時に、あの子を孕ませたってわけ」
「な……っ!! む、無理矢理みたいに言うな! ちゃんとお互いに、合意で――……」
「あー、はいはい。元婚約者と友達がそんなことしてたのなんて、聞きたくないわ」
「ぐ……っ!!」
「それと、『黒』の七大聖人には聖紋は無いわよ」
「……え?」
「『赤』『青』『黄』『緑』『茶』。その五つに選ばれた七大聖人は、必ず利き腕となる手の甲に聖紋《サイン》が宿る。でも『白』と『黒』だけは、身体のどこにも聖紋が無いらしいわ」
「な、なんでお前が、そんな事まで知ってるんだ……?」
アルトリアは聖紋に関する部分を指摘し、ユグナリスの反論を妨げる。
そうした知識を語るアルトリアを怪訝そうな表情で見るユグナリスだったが、その会話に割り込む形でバリスが言葉を差し挟んだ。
「七大聖人の聖紋に関しては、アルトリア様の仰る通りです」
「!」
「私も元『緑』の七大聖人であった頃、それ等の知識を得ました。確かに他の七大聖人とは異なり、『白』と『黒』には聖紋が身体に刻まれていない。……いえ、正確には別の場所に刻まれています」
「別の場所……?」
「それは、魂です」
「!?」
「『白』と『黒』の魂には聖紋が刻まれ、他の七大聖人と同様に誓約と制約が課せられます。故に我々のような七大聖人とは異なり、一見では判断できないのです」
元七大聖人であるバリスの証言に、ユグナリスは返す言葉も無いままそうした事情を思考に呑み込む。
そして再びアルトリアに視線を向け、眉を顰めながら尋ねた。
「……じゃあ、リエスティアの魂にも……その聖紋が……?」
「今は無いわよ」
「!」
「言ったでしょ? 『黒』の魂が消失したって。そして復活した『黒』の魂は、新たな転生体に宿った。それが皇国で見つかった『黒』だったということよ」
「……で、でも。その話もおかしいじゃんじゃないか……?」
「何がよ?」
「魂を消されたんだろ……? リエスティアは、なんで無事なんだ……? そもそも奴隷として売られたはずのリエスティアが、どうして孤児院に……?」
ユグナリスは困惑した表情と声を見せ、自身が知るリエスティアの状況とアルトリアの話す事柄を結び付けられない。
それに対して再び小さな溜息を吐き出すアルトリアは、リエスティアが幼い頃に陥った状況の推論を述べた。
「簡単な話よ。――……あの子は多分、子供の時に殺された。だから肉体から『黒』の魂が消えた」
「!?」
「でも、殺されたあの子は死の淵から蘇った。けれど魂と一緒に記憶も失って、孤児として拾われた。そうした中で自我を形成し、自我から新たな魂が生まれた。それが、今のあの子よ」
アルトリアはそう推察し、魂を失ったはずのリエスティアが今に至る結果を述べる。
それを聞いていたユグナリスは更に困惑した表情を強め、述べられた内容に対する不可解な部分を指摘した。
「……よ、蘇ったって……。なんで、そんな事がお前に分かるんだ……!?」
「昔、私があの子を治したから」
「え……」
「昔の私は、あの子に怪我を負わせたことがある。それを治す為に自分の生命力をかなり分け与えてた。……それがあの子の身体に宿る生命力を強くし、殺された後でも生き延びたのよ」
「……!?」
「あの子を拐い殺した連中も、まさか生きてるとは思わなかったんでしょうね。遺体を何処かに捨てたけど、魂も無いまま生き永らえて孤児として拾われたなんて、誰も考えないだろうし」
「……し、信じられない……」
「信じるも信じないも、アンタ次第だけど。――……でも、警戒はしといた方がいいわよ」
「え……?」
「あの子の魂は、確かに『黒』の七大聖人ではない。……でも身体は、『黒』の七大聖人よ」
「!?」
「さっきあの子に触れた時に、確信したわ。……あの子の身体は大人になり、聖人になりつつある」
「せ、せいじん……七大聖人……!?」
「そう。あの子の身体は、既に『黒』の器として成長している。……もし『黒』を狙ってる【結社】やフォウル国が、あの子の存在を知ったらどうなるか。馬鹿のアンタでも分かるでしょ?」
「……!!」
「あの子も、そして御腹にいるアンタ達の子供も、命を狙われる。……そしてここを襲った昨日の襲撃者は、あの子が誰なのかを知ってたそうね」
「……ま、まさか……。……母上!」
アルトリアの言葉を聞き続けていたユグナリスも、流石に思考を追い付かせて状況を理解する。
そして顔を横に向けながら母親に声を向けると、同じく理解を示したクレアが頷きながらアルトリアに尋ねた。
「……ここにリエスティアさんを留め続けるのは、危険だということですね? アルトリアさん」
「でしょうね」
「早急に、リエスティアさんを匿える場所を手配しましょう。ただ帝国であの子を守れる場所となると、帝都の城に限られてしまいそうだけれど……」
「お腹も既に大きくなってきてるし、まだ妊娠四ヶ月目くらいでしょ? また移動させるとお腹の子供に障るだろうし、安定期に入るまではここに落ち着かせておきたいところね」
「そうですね……。……今は公爵家の警備体制を信じまして、留まりましょう。その間に匿える場所を探して、安定期に入ったらリエスティアさんを匿える場所に移すことを、私から陛下やセルジアス君に御願いするわ」
「その方がいいわね」
「そういう事になるのなら、帝都からリエスティアさんの護衛に関する増援を呼びましょう。私から陛下に直接、事情を伝えるわ」
クレアは腰掛けていた椅子から立ち上がり、部屋から出て護衛の騎士達と共に通信手段がある都市部へ赴く。
そして続くように部屋を出ようとしたユグナリスに、アルトリアが声を向けた。
「ユグナリス」
「!」
「言っとくけど、あの子に余計な事を言うんじゃないわよ」
「……当たり前だろ。それに言ったところで、ますます混乱させてしまうだけだ」
「でしょうね」
「……アルトリア」
「ん?」
「記憶が、戻ったんだな?」
「……」
「……すまなかった」
「何がよ?」
「……いつかお前に勝って、見返したいと思っていた。でも、それが出来なかった……。その腹いせに、お前に嫌がらせをしようとした」
「……ふんっ」
「俺は、お前が言うように馬鹿な男だって分かってる。……それでも、今は俺にも守りたいモノが出来た」
「……」
「でも、俺一人で守り切れるか分からない。……言えた義理ではないかもしれないが。また頼みたい。……リエスティアと御腹の子供を守る為に、お前の力を貸してほしい」
ユグナリスは背を向けていた状態から振り返り、頭を深々と下げながらアルトリアに助力を頼む。
顔を背けたままそれを聞いていたアルトリアは、大きな溜息を吐き出しながら呟いた。
「あの子は私の友達よ。アンタに言われるまでもないわ」
「……そうか」
「アンタこそ、あの子に対する責任を最後まで果たしなさいよ。――……でなきゃ、アタシがアンタを殺してやるから」
「……分かった」
ユグナリスは頭を上げ、口元を僅かに微笑ませながら振り返る。
そして部屋を出て行くと、アルトリアは再び大きな溜息を漏らしながら身体を横に倒して長椅子に身を委ねた。
そうした様子を見ていた老執事バリスが、アルトリアに問い掛ける。
「アルトリア様。記憶が戻られたのですね?」
「……戻ったんじゃないわ」
「しかし、先程からの御様子は……」
「戻ったんじゃない……。……見せられたのよ」
「見せられた……?」
「……アイツが持ってた、あの杖。……まさか、アイツの正体は……」
アルトリアは横に倒した身体をだらけさせながらも、ある人物が持っていた杖を思い出す。
それは昨夜の襲撃者が持っていた、白い魔玉が嵌め込まれた短い杖。
そしてアルトリアが見せられたと語る記憶には、その短杖を握る自分自身の手が幾度も映し出されていた。
こうして襲撃事件をきっかけに、アルトリアとリエスティアという少女達が様々な出来事の中心に置かれる。
それは過去と現在を通し未来を紡ぐ、一つの赤い運命を辿るように綴られた物語となっていた。
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