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革命編 一章:目覚める少女
接触する記憶
しおりを挟む襲撃に乗じてリエスティア姫を狙う謎の人物を追っていたアルトリアは、以前の記憶を失っているにも関わらず凄まじい能力を見せて森の中へ入る。
そして自然の土を利用した棺桶を始め、土の大蛇を複数も作り出し囲ませ、謎の人物を追い詰めていた。
しかし謎の人物は外套内の右腰に携えていた何かを左手で引き抜き、素早く振りながら迫る土の大蛇を斬り裂き崩す。
その手に握られていたのは、白い魔玉が嵌め込まれた単純な作りの短杖だった。
短杖の魔玉から形成された白い魔力の剣が土の大蛇を斬り裂き、その形状を保たせずに崩壊させる。
それを目撃したアルトリアは驚きを浮かべたが、白い魔玉の嵌め込まれた短杖に視線を向けると、鈍い頭の痛みを感じて表情を僅かに歪めた。
「……あの杖……」
アルトリアは謎の人物が握り持つ短杖を確認し、頭痛に耐えながら小さく声を漏らす。
そして土の大蛇を全て切り払った謎の人物は、そのまま佇みながら視線をアルトリアに向けた。
「――……どうやら、覚えて無くても分かるみたいね」
「……何を言ってるのよ」
「アンタにとって、短杖がどういうものか。そういう話よ」
「……お前、誰なの? 前の私を知ってるみたいだけど、どういう関係よ」
「さぁね。自分で考えなさい」
「……ッ」
鮮明ではない篭る声で話す謎の人物は、まるでアルトリアを挑発するようにそう述べる。
そして頭痛と相まって苛立ちを持つアルトリアは、再び白い輝きを纏った両手を地面へ着けた。
しかしその瞬間、謎の人物も右足を軽く上げ足裏で地面を叩く。
互いの手と足が同時に地面を叩いた時、両者の中間に位置する地面が小規模ながら破裂を起こした。
「な……!?」
「……能力を使えるのが、アンタだけだと思わないことね」
「!」
「現代魔法のように、呼吸と共に体内へ魔力を取り込み構築式を用いて魔法を具象化するのではなく。あらゆる物質に含まれる魔力を直接的に干渉し、それ等を含む物質を操作する。それがアンタの能力よ」
「……どうしてアンタが、私の力を……」
「その気になれば、大気中の魔力を生命力に還元して自分の体内に取り込み、自分や相手の怪我を治癒したり、疲労せずに身体能力を向上させながら走り続けられる。さっきみたいに土や水に触れれば質量を増大させて自在に形を変えたり、自分の周囲に在る大気すらも操作可能。まったく、我ながら出鱈目な能力だわ」
「……前の私とアンタは、随分と親しかったのかしら? そんな事まで、前の私が教えてたなんて」
「別に親しくないわよ。それに、教えてもないわ。――……私も使えるから知ってるだけよ」
「……ッ」
アルトリアは曲げていた膝を立たせ、唇を噛み締めながら表情を渋らせる。
目の前で相対する謎の人物が誰なのか、記憶の無いアルトリアには分からない。
しかし、その口から語られる言葉が事実である事は理解できた。
先程、アルトリアが土に再び触れて操作しようとした瞬間。
相手もまた同様の事を行った為に、互いの力が反発して操作しようとした地面が破裂してしまう。
それによって相手は自分と同じ能力を持つ事を気付かせ、アルトリアの絶対とも言える自信を僅かに揺るがしていた。
互いの能力が同様ならば、勝敗を分けるのは多くの経験と技術、そして相手を凌駕する為の発想と手段が必要になる。
現状のアルトリアは魔法の知識こそある程度は認識できていたが、学んだ記憶が無い為に今まで用いていた魔法がほとんど使えない。
対して謎の人物は転移魔法や魔導人形の操作を始め、両手を基本として魔力を操作するアルトリアと違い足からでも能力を使える様子を鑑みても、同じ能力者でも格が違うと理解できた。
更に相手は、手の内を全て明かしているわけではない。
、こうなると相手への対策は不十分となり、自身の能力だけでは勝算が少なくなる。
それを自覚しているからこそ、アルトリアは次の手を打つ事に躊躇していた。
その思考すら読み取ってるのか、謎の人物は向かい合いながら述べる。
「この状況、アンタには不利よね」
「!」
「アンタが勝算を抱いていたのは、自分の能力に自信があったから。そして同じ能力を……いいえ、それを上回る相手がいると想定していなかったから」
「……何が言いたいのよ」
「アンタが弱いって言ってあげてるのよ」
「!?」
「さっき言ってたこと、当たりよ。私の身体は魔導人形を操作してるだけ。……でもこの魔導人形、まだ未完成なのよね」
「未完成……?」
「頑丈で力はあるけど、まだ人体並に駆動系が滑らかには動かない。だから全力で動かすと、関節部分が壊れちゃうのよね。……まぁ、一年で作った割には上出来だけど」
「……本気じゃないって言いたいワケ?」
「本気でやってると思ってたの? 自分の力に自惚れてる子供と、試運転がてらに遊んであげてるだけよ」
「ッ!!」
侮辱にも似た態度を見せる相手の言葉に対して、アルトリアは瞳と表情を激怒させながら両手に白い輝きを瞬時に溜め込む。
そして次の瞬間、両手を前に翳して魔力を操作し凝縮させた波動砲撃を相手に放った。
しかし放たれる瞬間、謎の人物は無造作に右手を前に突き出す。
すると光速で迫る波動砲撃が四散するように掻き消え、瞬く間に消滅した。
「!」
「――……ァアアアッ!!」
その時、四散する光の中から飛び出る人影が謎の人物に映る。
それは自身が放った波動砲撃を追うように走っていたアルトリアであり、波動砲撃を囮にして接近戦に持ち込もうとしていた。
アルトリアは右手で大気中の魔力を凝縮した剣を作り出し、謎の人物を襲い斬る。
それを下がりながら紙一重で回避した謎の人物だったが、僅かにぎこちない動きを見せた。
先程の話で魔導人形の性能が術者の能力を上回る性能ではない事を知ったアルトリアは、遠距離や中距離からの応戦ではなく、敢えて近接戦に持ち込んむことを選ぶ。
その隙を突くように右手を戻しながら上体を起こして踏み込んだアルトリアと、謎の人物が左手に持つ短杖で作り出す魔力の刃が衝突しながら十字に重なった。
「――……ッ!!」
「……な、なに……!?」
互いが作り出した魔力の刃が火花を散らすように輝いた時、二人は驚きの声を漏らす。
その時、アルトリアには身に覚えの無い記憶と感情が頭と胸の奥へ流れ込むような感覚を味わっていた。
そして魔力の火花が散る白い光が視界を遮るかのように、アルトリアの視界が白く閉ざされる。
アルトリアはその時、白い視界の中で記憶に無い映像と声を聞いていた。
『――……戦士エリク。私の護衛として一生の間、雇われてくださらない? 護衛の御代は、出世払いでお願いするわ』
その声は、自分と思しき少女の声。
しかし視界に映るのは、黒髪と黒い瞳を持つ大男の姿。
それが何なのか理解するよりも先に、アルトリアは更に続く映像を記憶と共に見せられていた。
『――……君に雇われよう。……改めて紹介する。傭兵のエリクだ』
『ええ! 私のことは、アリアで良いわ。よろしくね、エリク!』
エリクと名乗る大男と、アリアと名乗る少女の声はそう述べながら、共に森や草原を歩いて旅に出る。
時には港に訪れそこで多くの者達を治療したが、見覚えのある老騎士に襲われながらも定期船に乗って逃げた。
そして樹海らしき場所に訪れ、そこに居る部族達と出会い交流を果たして友達になった女性と別れた。
そして再び港に訪れて傭兵となり、様々な人物達と出会いと別れを繰り返しながら、様々な場所へ二人と仲間達は旅をした。
短い時間ながらも緩やかに膨大な量の記憶と映像がアルトリアの中に流れ込み、それが許容量を超える。
その瞬間にアルトリアは右手に作り出していた光の剣を消失させ、気を失いその場に倒れ込んだ。
しかし謎の人物はそれを見下ろしながら、小さな呟きを漏らす。
「……これで、第一段階は完了ね。――……そろそろ撤収するわよ。……ええ。予定通り、私と接触できた。……大丈夫よ。……じゃあ、戻るわ」
謎の人物は小さく呟いた後、誰かと話すように上空を見ながら呟き続ける。
そして話し終えた後、腰と膝を下げて倒れるアルトリアを見下ろしながらその左肩に左手を触れさせた。
「……こんなところに仕掛けられてたのね。……そういえば、あの時に受けた弩弓の傷って、ここだったかしら……」
触れる左手が白い輝きを見せると、アルトリアの左肩に黒い煙は小さく立ち込める。
それを握り潰すように左手を動かすと、黒い煙はそのまま跡形も無く消滅した。
「……今度はちゃんと、成長しなさいよね」
そう言い残した後、謎の人物は立ち上がり転移と思しき魔法でその場から消え失せる。
それから数分後、追い付いた老執事バリスが倒れたアルトリアを発見した。
それから一分も経たない内に、都市の内外に出現した魔導人形達が再び光の渦に飲まれ、その場から全て消失する。
事に対応していた全員が突如の襲来と退散に唖然とし、今回の事件は一時間にも満たない時間で終息した。
こうしてローゼン公爵家の統治都市襲撃は短時間で幕を閉じ、大きな被害は結界を維持する装置と別邸の破壊程度に留まる。
しかしリエスティアとアルトリアの前に現れ消えた謎の人物の目的も行方も分からぬまま、時間だけは無慈悲に進み続けていた。
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