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革命編 一章:目覚める少女

皇子の懇願

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 記憶を失ったアルトリアは、自分の能力ちからを頼りに訪れているという故郷ガルミッシュからの訪問者に会おうとする。
 それは自身の過去に対する興味からなのか、それとも治療を求める者に対する優しさからなのか、もしくは己の能力ちからに対する自信なのか、傍らで承諾を受けたダニアスは一抹の不安を抱いていた。

 それから翌日の昼頃、再び屋敷の前にとある二人組が訪れる。

 一人は輝きに栄える赤髪と赤い柄と鞘に彩られた幅広の剣ブロードソードを携えた青年と、従者のようにも見える長剣を携えた初老の男性騎士。
 その二人はいつものように屋敷の前に控えている従者の男性に話し掛けると、今日は思わぬ言葉を受けて驚く顔を青年が見せた。

「――……本当ですかっ!?」

「はい。アルトリア様が、御二人に御会いことを承諾なさいました」

「じゃ、じゃあ……っ!!」

「ただ、ダニアス様も同席なさいます。それでも宜しければ」

「はい、構いません」

「では、客間にて御待ち頂きますか」

 従者の男性がそう述べると、赤髪の青年は老騎士と共に屋敷に入る。
 そして客間に案内されて共に長椅子ソファーに腰掛けると、侍女に一杯の紅茶を出されながら待つ事になった。

 それからニ十分程が経つと、客間の扉が開かれる。
 それに気付き首と顔を横に向けた赤髪の青年は、扉を潜る人物に対して青い瞳を見開きながら見た。

 そこに現れたのは、特に着飾った様子も無いにも関わらず僅かに残す幼さと美麗な面持ちが際立つ一人の女性。
 金色の長髪に整えられた顔立ち、そして僅かに低い身長ながらも女性として十分な魅力を持つアルトリアが客間に訪れた。

 その後ろにはダニアスと老執事バリスも同行し、三人が扉を潜り訪れる。
 そのまま三人は訪問者である二人と対面に位置する椅子に腰掛けるのかと思いきや、アルトリアが立ち止まり赤髪の青年に対して微妙な面持ちと鋭い視線を向けた。  

「……」

「……どうしました?」

 立ち止まりながら赤髪の青年と視線を交えるアルトリアに、ダニアスは後ろから問い掛ける。
 それに対してアルトリアは眉を顰めながら不可解な表情を示し、その場に居る全員に聞こえる形で声を発した。

「……私、コイツの顔を見ると苛立いらつくんだけど」

「!」

「やっぱり、交渉は無しで良い?」

「!?」

 アルトリアはそう言いながら振り返り、ダニアスに交渉の中止を申し出る。
 周囲の者達はその言葉を聞いて驚き、大きく焦る顔を見せた赤髪の青年は立ち上がり、扉から出て行こうとするアルトリアに声を掛けた。

「まっ、待ってくれ! アルトリア!」

「……」

「記憶を失ってると聞いていたが、やっぱり俺の事は覚えているのか……?」

「……知らないわよ。誰? アンタ」

「ユグナリスだ! ユグナリス=ゲルツ=フォン=ガルミッシュ。俺とお前は、子供の頃からの――……」

「あー、アンタが元婚約者の皇子ね。で、今は別の女を婚約者にして、元婚約者の私に治療して欲しいって言ってるんだったかしら?」

「……そうだ。帝国の医術師や魔法師達でも、彼女の目と足を治せない。もうお前にしか、彼女を完治させる事は出来ないんだ。だからこうして、お前を探して頼みに来た」

「あら、そうなの? 遠路遥々、御苦労様ね。……でもアンタの顔を見ると、無性に苛立いらだつのよね。だからそれ以上、その顔を見たくないわ」

 アルトリアは切って捨てるが如く鋭い言葉を投げ掛け、交渉の余地を挟む事なくユグナリスの頼みを断る。
 そうした様子を見ていたダニアスは僅かに安堵した息を漏らし、二人の間に割り込むように前に出ると、ユグナリスに向けて言葉を向けた。

「――……どうやらこれ以上、交渉は無理のようですね。ユグナリス殿下」

「ダニアス殿……!!」

「記憶を失いながらも、彼女自身が明確に貴方を拒絶した。これ以上の交渉は不可能でしょう。……今後はこの屋敷にも訪れず、また皇国からも立ち去る事を御勧めします。それを受け入れられない場合は、皇国側こちらもそれ相応の対応をさせて頂く事になるでしょう」

「……ッ!!」 

「帝国の皇子として、どうか諦めて頂きたい。……では、戻りましょうか」

 ダニアスはユグナリスを諭し、アルトリアを自室に戻すように促す。
 客間から出て行こうとする二人の後ろ姿を見たユグナリスは焦りを色濃くしながらも、その脳裏に愛しい者リエスティアの姿を思い浮かべた。

 その時、客間の中で仰々しくも物々しい大音が鳴る。
 それに気付いたダニアスやアルトリアは後ろを振り向き、音の発生源であるモノを見た。

 そこには床に這い蹲るように顔を伏せ、頭を床に叩き付けるが如く平伏したユグナリスの姿がある。
 そうした様子を見せながら、ユグナリスは蹲る身体で籠ってしまう声を張り上げながら二人を必死に説得した。

「――……御願いします。どうか、話だけでも聞いてください……!」

「!」

「俺はこの場に、ガルミッシュ帝国の皇子として訪れたつもりはありません。……ただ愛した一人の女性と添い遂げたい、一人の男としてここに来ました」

「……」

「俺が治療して欲しい女性は、幼い頃に誘拐されながら孤児として扱われ、引き取られた里親に酷い仕打ちを受けていました。そのせいで目から輝きを失い、自分の意思で足が動かなくなってしまった……」

「……!」

「俺は、今の姿である彼女を愛しています。彼女を介護しながら、共に生涯を添い遂げる事を命を賭して誓っています。……しかしそんな彼女を保護し守り続けてきた彼女の兄は、彼女の身体を治療する事を望んでいます。その望みが叶うまで、私と彼女の関係を認められないと言われました……」

「……」

「彼女の兄に認められた上で、共に家族の祝福を受けながら結婚し、生涯を添い遂げたい。……俺はただそれだけを望み、彼女の治療を行えるアルトリアを探しに来ました」

「……」

「俺は、アルトリアを拘束するつもりはありません。帝国に連れ戻し束縛する意思も無い。俺の顔を見て苛立つのなら、俺はアルトリアの傍に近付きません。顔も見せないようにします。……だからどうか、彼女の治療をする事だけは了承して頂きたい……!」

 ユグナリスは必死に自身の思いと願いを綴りながら、頭を床に伏せた状態でアルトリアとダニアスに頼み込む。
 その低すぎる程の姿勢は一国の皇子とは思えない姿であり、また皇国においては信奉すらされている皇族であるルクソード一族の血脈に連なる者としては憚られる光景ですらある。

 しかし一人だけ、必死に平伏す姿を見せるユグナリスに、ある人物を重ねる者が居た。
 それは初代『赤』の七大聖人セブンスワンであり、ユグナリスの祖先であるルクソードを実際に知る、一人の老執事バリスだった。

「……アルトリア様。そしてダニアス殿。ここはユグナリス殿下を交えず、彼の師を務めるログウェル殿との間で交渉を行ってはどうでしょうか?」

「!」

「バリス殿……!?」

「彼は今、ガルミッシュ帝国の皇帝の依頼ではなく、彼個人の望みでここに訪れたと言っています。しかしログウェル殿は正式に帝国皇帝の依頼を受けてここに訪れている。交渉権だけで言えば、皇子であるユグナリス殿下よりもログウェル殿に期する部分が大きいでしょう」

「……いや、しかし……!」

「アルトリア様。ここは不快と思えるユグナリス殿下を交渉の席から下げさせ、ログウェル殿と正式な約定の下で交渉を行われるべきだと私は考えます。いかがですかな?」

 バリスの言葉に、ダニアスは動揺を含んだ表情を見せる。
 そして諭すように説得するバリスの言葉を聞いたアルトリアは、少し不機嫌な様子を見せながらも溜息を吐き出して返答した。

「……それなら良いわよ」

「!!」

「ありがとうございます。アルトリア様」

「別に。……その婚約者になったって言う女の子が、不憫だと思っただけよ」

「御優しいですな。アルトリア様は」

「フンッ」

 アルトリアはそう言いながら溜息を漏らし、周囲の者達に交渉を受ける意思と返答を聞かせる。  
 それに穏やかな顔を浮かべながら頷くバリスと、驚きと共に諦めに似た息を漏らしたダニアスは、アルトリアの意思を尊重する形で事を進めた。

 それから平伏していたユグナリスは別室にて待機する形で、ログウェルとダニアスを中心にアルトリアに関する交渉事が進められていく。

 記憶を失い目覚めたばかりのアルトリアを今すぐ皇国から離し帝国に戻すワケには行かないと主張するダニアスは、ある程度の知識と情報をアルトリアに教え学ぶ時間を設けさせたいという条件を出した。
 更にユグナリスの婚約者である女性の治療を終えた後に、アルトリアを皇国へ必ず戻す事もログウェルを通じて帝国皇帝側に約定として取り付けさせる事を望む。
 それに関しては依頼を受けただけのログウェルの一存では決められる事ではなく、皇都に備わる魔道具を用いて帝国皇帝ゴルディオスと交渉を行う必要もある為、そうした約定を進める為にも時間的猶予が設けられる事になった。

 それから様々な交渉事がログウェルとダニアスを通じて行われ、皇王シルエスカと皇帝ゴルディオスの意思と承認を挟む形で決定されていく。
 そうした決め事と同時にアルトリアが世界情勢を把握する為の時間も設けられ、二ヶ月余りの時間が経過した。

 そして全ての約定が定まり、改めてアルトリアは皇国を発ち帝国に戻る事が決まる。
 その目的は帝国皇子ユグナリスの婚約者である女性の傷を治す為であり、それ以上の事は帝国側は求めない事を徹底された後に、アルトリアが出立する日が決まった。

 こうしてアルトリアは、あの未来と同じように故郷であるガルミッシュ帝国に戻る事になる。
 これは歴史がアルトリアという存在を起点に定められた方向へ進んでいるのか、それとも異なる未来へ向かっているのか、今の時点では誰にも分からなかった。
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