701 / 1,360
修羅編 閑話:裏舞台を表に
師弟の旅立ち (閑話その八十六)
しおりを挟むリエスティア姫と正式な婚姻を認める為に実兄ウォーリスが突き付けた条件の一つは、アリアを帝国に戻し彼女の目と足を癒すことだった。
それを突き付けられた帝国皇子ユグナリスがアリアの捜索を望む中で、皇帝ゴルディオスは老騎士ログウェルにその依頼を頼む。
それに同行する事が決まったユグナリスは、すぐに旅支度を始めた。
それは同時に、愛するリエスティアと暫しの別れも意味する。
皇后クレアに誘われ茶会に訪れていたリエスティアは、そこに訪れたユグナリスに出立の話を聞かされた。
「――……えっ」
「今日の夜には、出発する事になったんだ。それまでに準備を整えなくてはならない」
「そ、そんな。……急に……」
「ごめん、ティア。……でも、君の兄上に僕達の仲を認めてもらうには、どうしてもアルトリアの助けが必要だ」
「それは、そうですが……」
「……君が足や目を治したくないことは、ちゃんと覚えてるよ」
「!」
「アルトリアを連れ戻すという事は、君の意思を無視して身体を治してしまう事になる。……君は、それが嫌なんだね?」
リエスティアの前に跪きながら手に触れるユグナリスは、そう尋ねる。
それを聞き口を僅かに噤んだ後、リエスティアは震える唇から本音を漏らし伝えた。
「……私は、怖いんです」
「……」
「この目が、また見えるようになってしまったら。また怖いモノを、見てしまうかもしれない……。足が動くようになったら、自分の足で、怖いモノがある世界を、自分で歩かなければいけない……。それが、とても怖いんです……」
「ティア……」
「私は、臆病なんです……。ユグナリス様のように、何も恐れずに真っ直ぐに向き合う事は出来ないんです……。……ユグナリス様の事は、本当に信じています。でも、ごめんなさい……」
自分の目と足が癒えることを恐れるリエスティアは、自身の臆病さから治療を受けたくない事を漏らす。
それを聞き顔を伏せたユグナリスは、徐に顔を上げてリエスティアに語り掛けた。
「……俺にも、怖いモノは沢山あるよ」
「!」
「俺は子供の頃、自分が誰からも愛される事が当たり前だと思ってた。立派な父上と母上に愛されて、周りの者達や初めて会う人からも微笑まれて、自分は誰からも愛される存在なんだと思ってた」
「……」
「でも、そんな俺に初めて怖いと思わせた奴が居た。……それが、アルトリアだった」
「……!」
「アイツは初対面の俺に、周りから甘やかされている俺が嫌いだと言った。……俺は初めて、人に嫌われる事があるのだと知り、人に嫌われる怖さも知った」
「……嫌われる、怖さ……」
「だから俺は、アルトリアに好かれようとして色々とした。剣の稽古をしている姿を見せたり、贈り物をしたり。……でもアルトリアは、俺を愛するどころか更に嫌いになっていった。それが何でなのか、理由が分からなくて怖かった」
「……」
「だから俺も、もうアルトリアに愛されなくてもいいと思った。そして嫌いになった。それからは口喧嘩も数え切らない程して、嫌いなアルトリアに事ある毎に挑んだ。……でも負けてばかりだった。そしてアルトリアに負けた俺を見る者達の視線が、とても怖くなった」
「……ユグナリス様……」
「俺にとって、アルトリアは誰よりも嫌いな奴で、何よりも怖い存在だ。本当だったら、もう二度と俺の前に現れないでくれと願ってる。……でも、愛する君と結ばれる為だったら。俺はアルトリアと再び会い、君の足と目を治してくれるまで挑み続ける」
「!」
「だから君も、一度だけその恐怖に挑んで欲しい。……もし君の目と足が治って、怖いと思うことがあっても、俺がずっと傍に居る。そして君を、怖いモノから守り抜く。そう誓うよ」
自身の恐怖に挑むユグナリスは、リエスティアにも恐怖に挑む事を諭すように頼む。
それを聞き数秒ほど沈黙したリエスティアは、僅かに顔を上げてから頷くような仕草を見せて言葉を伝えた。
「……分かりました。私も、自分の恐怖に挑みます……」
「ティア……!」
「でも、約束してください。……必ず、私の所に戻って来ると……」
「……ああ。必ずアルトリアを連れ戻して、君が待つ帝国に戻って来るよ」
ユグナリスは微笑みながら約束を交わし、リエスティアもまた微笑みを浮かべて治療を受ける覚悟を決める。
それを後ろで窺うように見ていた皇后クレアは、ユグナリスに向けて尋ねた。
「――……ユグナリス。再び発つのですね」
「はい。母上」
「そうですか。……リエスティアさんの事は、私と陛下に任せなさい。貴方は自分が成すべきだと決めたのなら、必ず果たしなさい」
「はい!」
母親として息子の成長を確認したクレアは、一人の男として旅立つ事を決めたユグナリスを送り出す。
その意思に応えるように、ユグナリスは力強い意思を秘めた声を発し、リエスティアの頬に唇を重ねた後に茶会の場から立ち去った。
そして夜が訪れた帝都から、二人の人影が出発する。
馬にも乗らず凄まじい速さで先頭を走るログウェルに、ユグナリスもまたそれに劣らぬ速度で追い掛けながら走っていた。
「――……ほっほっほっ。ちゃんと付いて来れているようじゃな」
「……当たり前だ! その為に、ずっと訓練してたさ!」
「そうかそうか」
余裕の表情を見せながら走るログウェルに対して、ユグナリスはまだ余裕の無さが窺える。
しかし全力ではないユグナリスは少し速度を上げ、横並びになったログウェルに声を掛けた。
「……ところで! 聞いてなかったけど、アルトリアの行方に心当たりがあるのか?」
「ほっほっほっ。無いのぉ」
「えっ!?」
「じゃが、アルトリア様は皇国に居ったんじゃろ? ならば皇国に行けば、多少の手掛かりは掴めるじゃろうて」
「そ、そんな行き当たりばったりみたいな事で、アルトリアを探し出せるのか!?」
「良い風が吹けば、すぐに見つけられるかもしれんのぉ」
「良い風?」
「皇国には、ちと古い知り合いがおる。その者ならば、アルトリア様の行方くらいは把握しておるじゃろうて」
「古い知り合いって?」
「お前さんにとっても、古い縁がある者じゃな」
「古い縁?」
「初代『赤』の七大聖人ルクソードを、実際に目にした事がある一人じゃよ」
「!」
「ほっほっほっ。ほれ、朝までには南の港町まで辿り着くぞぃ。しっかり走りなされ」
「ちょっ、速ッ!?」
ログウェルは微笑みを浮かべながら更に速度を上げ、ユグナリスと一気に離れて差を広げる。
それに焦るユグナリスも更に走る速度を上げ、二人は暗闇が広がる夜を風のように疾走した。
こうしてログウェルとユグナリスは、アリアの行方を辿る為にルクソード皇国へ向かう。
この時点で、ユグナリスとリエスティアに大きな発展が起きている事を知るのは、この世では青髪を靡かせながら魔大陸を駆け回る一人の少年だけだった。
0
お気に入りに追加
381
あなたにおすすめの小説
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
最強転生悪役令嬢は人生を謳歌したい!~今更SSクラスに戻れと言われても『もう遅い!』Cクラスで最強を目指します!~【改稿版】
てんてんどんどん
ファンタジー
ベビーベッドの上からこんにちは。
私はセレスティア・ラル・シャンデール(0歳)。聖王国のお姫様。
私はなぜかRPGの裏ボス令嬢に転生したようです。
何故それを思い出したかというと、ごくごくとミルクを飲んでいるときに、兄(4歳)のアレスが、「僕も飲みたいー!」と哺乳瓶を取り上げてしまい、「何してくれるんじゃワレ!??」と怒った途端――私は闇の女神の力が覚醒しました。
闇の女神の力も、転生した記憶も。
本来なら、愛する家族が目の前で魔族に惨殺され、愛した国民たちが目の前で魔族に食われていく様に泣き崩れ見ながら、魔王に復讐を誓ったその途端目覚める力を、私はミルクを取られた途端に目覚めさせてしまったのです。
とりあえず、0歳は何も出来なくて暇なのでちょっと魔王を倒して来ようと思います。デコピンで。
--これは最強裏ボスに転生した脳筋主人公が最弱クラスで最強を目指す勘違いTueee物語--
※最強裏ボス転生令嬢は友情を謳歌したい!の改稿版です(5万文字から10万文字にふえています)
※27話あたりからが新規です
※作中で主人公最強、たぶん神様も敵わない(でも陰キャ)
※超ご都合主義。深く考えたらきっと負け
※主人公はそこまで考えてないのに周囲が勝手に深読みして有能に祀り上げられる勘違いもの。
※副題が完結した時点で物語は終了します。俺たちの戦いはこれからだ!
※他Webサイトにも投稿しております。
巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?
サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。
*この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。
**週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**
ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話
ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。
異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。
「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」
異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…
はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる