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修羅編 閑話:裏舞台を表に

師弟の旅立ち (閑話その八十六)

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 リエスティア姫と正式な婚姻を認める為に実兄ウォーリスが突き付けた条件の一つは、アリアを帝国に戻し彼女の目と足を癒すことだった。
 それを突き付けられた帝国皇子ユグナリスがアリアの捜索を望む中で、皇帝ゴルディオスは老騎士ログウェルにその依頼を頼む。
 それに同行する事が決まったユグナリスは、すぐに旅支度を始めた。

 それは同時に、愛するリエスティアとしばしの別れも意味する。
 皇后クレアに誘われ茶会に訪れていたリエスティアは、そこに訪れたユグナリスに出立の話を聞かされた。

「――……えっ」

「今日の夜には、出発する事になったんだ。それまでに準備を整えなくてはならない」

「そ、そんな。……急に……」

「ごめん、ティア。……でも、君の兄上に僕達の仲を認めてもらうには、どうしてもアルトリアの助けが必要だ」

「それは、そうですが……」

「……君が足や目を治したくないことは、ちゃんと覚えてるよ」

「!」

「アルトリアを連れ戻すという事は、君の意思を無視して身体を治してしまう事になる。……君は、それが嫌なんだね?」

 リエスティアの前に跪きながら手に触れるユグナリスは、そう尋ねる。
 それを聞き口を僅かに噤んだ後、リエスティアは震える唇から本音を漏らし伝えた。

「……私は、怖いんです」

「……」

「この目が、また見えるようになってしまったら。また怖いモノを、見てしまうかもしれない……。足が動くようになったら、自分の足で、怖いモノがある世界を、自分で歩かなければいけない……。それが、とても怖いんです……」

「ティア……」

「私は、臆病なんです……。ユグナリス様のように、何も恐れずに真っ直ぐに向き合う事は出来ないんです……。……ユグナリス様の事は、本当に信じています。でも、ごめんなさい……」

 自分の目と足が癒えることを恐れるリエスティアは、自身の臆病さから治療を受けたくない事を漏らす。
 それを聞き顔を伏せたユグナリスは、おもむろに顔を上げてリエスティアに語り掛けた。

「……俺にも、怖いモノは沢山あるよ」

「!」

「俺は子供の頃、自分が誰からも愛される事が当たり前だと思ってた。立派な父上と母上に愛されて、周りの者達や初めて会う人からも微笑まれて、自分は誰からも愛される存在なんだと思ってた」

「……」

「でも、そんな俺に初めて怖いと思わせた奴が居た。……それが、アルトリアだった」

「……!」

「アイツは初対面の俺に、周りから甘やかされている俺が嫌いだと言った。……俺は初めて、人に嫌われる事があるのだと知り、人に嫌われる怖さも知った」

「……嫌われる、怖さ……」

「だから俺は、アルトリアに好かれようとして色々とした。剣の稽古をしている姿を見せたり、贈り物をしたり。……でもアルトリアは、俺を愛するどころか更に嫌いになっていった。それが何でなのか、理由が分からなくて怖かった」

「……」

「だから俺も、もうアルトリアに愛されなくてもいいと思った。そして嫌いになった。それからは口喧嘩も数え切らない程して、嫌いなアルトリアに事ある毎に挑んだ。……でも負けてばかりだった。そしてアルトリアに負けた俺を見る者達の視線が、とても怖くなった」

「……ユグナリス様……」

「俺にとって、アルトリアは誰よりも嫌いな奴で、何よりも怖い存在だ。本当だったら、もう二度と俺の前に現れないでくれと願ってる。……でも、愛する君と結ばれる為だったら。俺はアルトリアと再び会い、君の足と目を治してくれるまで挑み続ける」

「!」

「だから君も、一度だけその恐怖に挑んで欲しい。……もし君の目と足が治って、怖いと思うことがあっても、俺がずっと傍に居る。そして君を、怖いモノから守り抜く。そう誓うよ」

 自身の恐怖に挑むユグナリスは、リエスティアにも恐怖に挑む事を諭すように頼む。
 それを聞き数秒ほど沈黙したリエスティアは、僅かに顔を上げてから頷くような仕草を見せて言葉を伝えた。

「……分かりました。私も、自分の恐怖に挑みます……」

「ティア……!」

「でも、約束してください。……必ず、私の所に戻って来ると……」

「……ああ。必ずアルトリアを連れ戻して、君が待つ帝国ここに戻って来るよ」

 ユグナリスは微笑みながら約束を交わし、リエスティアもまた微笑みを浮かべて治療を受ける覚悟を決める。
 それを後ろで窺うように見ていた皇后クレアは、ユグナリスに向けて尋ねた。

「――……ユグナリス。再びつのですね」

「はい。母上」

「そうですか。……リエスティアさんの事は、私と陛下に任せなさい。貴方は自分が成すべきだと決めたのなら、必ず果たしなさい」

「はい!」

 母親として息子の成長を確認したクレアは、一人の男として旅立つ事を決めたユグナリスを送り出す。
 その意思に応えるように、ユグナリスは力強い意思を秘めた声を発し、リエスティアの頬に唇を重ねた後に茶会の場から立ち去った。

 そして夜が訪れた帝都から、二人の人影が出発する。
 馬にも乗らず凄まじい速さで先頭を走るログウェルに、ユグナリスもまたそれに劣らぬ速度で追い掛けながら走っていた。

「――……ほっほっほっ。ちゃんと付いて来れているようじゃな」

「……当たり前だ! その為に、ずっと訓練してたさ!」

「そうかそうか」

 余裕の表情を見せながら走るログウェルに対して、ユグナリスはまだ余裕の無さが窺える。
 しかし全力ではないユグナリスは少し速度を上げ、横並びになったログウェルに声を掛けた。

「……ところで! 聞いてなかったけど、アルトリアの行方に心当たりがあるのか?」

「ほっほっほっ。無いのぉ」

「えっ!?」

「じゃが、アルトリア様は皇国にったんじゃろ? ならば皇国に行けば、多少の手掛かりは掴めるじゃろうて」

「そ、そんな行き当たりばったりみたいな事で、アルトリアを探し出せるのか!?」

い風が吹けば、すぐに見つけられるかもしれんのぉ」

い風?」

「皇国には、ちと古い知り合いがおる。その者ならば、アルトリア様の行方くらいは把握しておるじゃろうて」

「古い知り合いって?」

「お前さんにとっても、古いえんがある者じゃな」

「古いえん?」

「初代『赤』の七大聖人セブンスワンルクソードを、実際に目にした事がある一人じゃよ」

「!」

「ほっほっほっ。ほれ、朝までには南の港町まで辿り着くぞぃ。しっかり走りなされ」

「ちょっ、はやッ!?」

 ログウェルは微笑みを浮かべながら更に速度を上げ、ユグナリスと一気に離れて差を広げる。
 それに焦るユグナリスも更に走る速度を上げ、二人は暗闇が広がる夜を風のように疾走した。

 こうしてログウェルとユグナリスは、アリアの行方を辿る為にルクソード皇国へ向かう。
 この時点で、ユグナリスとリエスティアに大きな発展が起きている事を知るのは、この世では青髪を靡かせながら魔大陸を駆け回る一人の少年だけだった。
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