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修羅編 閑話:裏舞台を表に

言葉の槍 (閑話その七十二)

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 ガルミッシュ帝国と結ぶ盟約に関して、樹海の各族長達は賛同の意思を見せる。
 しかしその場に参じたガルミッシュ帝国貴族であり樹海を含んだ領地を治めるガゼル子爵家当主フリューゲルは、その盟約に関する賛同を跳ね除けるかのような言葉と態度を見せた。

 ガゼル子爵の言葉を通訳するパールは、驚愕し表情を強張らせる各部族長達の様子を見て小さな驚きを秘める。
 その驚きは、数日前にガゼル子爵とクラウスが見えた密室内で行われた会話が起因していた。

『――……それで、私は何を……?』

『フッ。それはな――……お前が参加する族長会、族長達に対して盟約に反対している意思を見せろ』

『えっ!?』

『!』

 クラウスに求められる事を聞いたガゼル子爵は、口を窄めながら驚きを浮かべる。
 それを傍で聞いていたパールも驚き、ガゼル子爵が慌てながら尋ね返した。

『な、なぜです!? 閣下は、盟約を成功させたいのでは……!?』

『そうだ。だから反対する意思を見せるのだ』

『ど、どうしてそうなるのです!? 私は、樹海の方々に盟約に参加して貰う為にここに来たのに!』

『そう。そのお前の態度が、盟約の意味を失わせる』

『!』

 クラウスはそう告げ、静かながらも力強い声色でガゼル子爵を制する。
 その言葉は二人に更なる驚きを与え、クラウスは低い声色とは裏腹に静かなに語り始めた。

『いいか? 前回と違い、今回の族長達は盟約に賛同するだろう』

『!』

『奴等もまた人間だ。己に利がある事だと理解すれば、それに賛成する。見ろ、この村がその例だ』

『こ、この村が……?』

『外敵を阻むだけの力と技術が自分達に無い事を知った樹海人もりびとは、最終的には俺を受け入れ力と技術を得ることに賛同した。それが己の利になると判断し、割り切ったとも言っていい』

『……!』

『前回の族長会で、族長達は盟約に利があることを察した。そしてお前が赴き開かれる族長会では、族長達はお前に強気の姿勢を見せようとするはずだ』

『つ、強気……?』

『盟約は受け入れる。だが主導権は樹海側こちらが握る。上に立つ者の思考など、そんなモノだろう。故にお前が訪れた場で、奴等はかなり強気な条件を言い渡して来るはずだ。……それを言われた時、お前は受け入れるつもりだっただろう?』

『そ、それは……』

『確かにこの盟約は、皇帝あにうえが行うと決めた事。それが反故になれば、お前は帝国と盟約を交わす事に承諾した皇帝あにうえの威信を傷付ける。それを恐れるお前が樹海側の要望を鵜呑みにしてしまえば、奴等はお前を侮り、対等な立場とは見ようとしないだろう』

『……!!』

族長達やつらに侮られず、盟約の上で樹海と帝国が対等な立場であると理解させる方法。それこそ、お前の強い意志を見せる必要があるのだ』

『……わ、私の……強い意志……』

『奴等が強気な態度に出て交渉を持ち掛けようとする前に、その出鼻でばなくじけ。必ず結ばれると思っている盟約が破綻すると思わせ、族長達を焦らせるのだ』

『そ、その為に、反対の意思を……?』

『そうだ。――……お前も帝国貴族の端くれならば、樹海の田舎者共に教えてやれ。世界そとの大きさをな』

 クラウスは悪い笑みを浮かべながら、ガゼル子爵にそう述べる。
 それを聞いていたガゼル子爵とパールは、僅かに寒気を浮かべていた。

 そしてガゼル子爵は、各族長達が盟約に対して賛成の意思を見せ交渉の話に移る直前に不満の意思を見せる。
 族長達はクラウスの思惑通り、盟約に不満を見せるガゼル子爵の言葉に焦りを含んだ驚きを示していた。

 その不満を述べた後、ガゼル子爵は言葉を続ける。
 パールは互いの言葉を翻訳しながら、互いに言葉を伝えていく。

「――……私は、我が帝国の頂点たる皇帝陛下の決定に従っているだけに過ぎません。そして今回の盟約に関する皇帝陛下の代理人として、樹海側あなたがたと交渉の席に着いています。……しかし私は、この盟約そのものに不満がある」

「『……!!』」

「先程の述べた通り、この樹海を含む帝国の領地を皇帝陛下の代理人として治める我がガゼル子爵家を無視し、盟約の交渉を皇帝陛下に行う。それが如何に不愉快であったか、理解して頂けますか?」

「『……こ、ここは我々が先祖代々から守って来た樹海もりだ! お前の許可など要らない!』」

「いいえ。この領地は我がガゼル子爵家が先祖代々から守り、受け継いできた領地です。貴方達がこの樹海に今も棲んでいられるのは、互いの先祖が交渉した結果に過ぎない」

「『その交渉で交わされた盟約も、結局は守られなかったではないか!』」

「『そうだ!』」

「先年の事ですね。あれは我が帝国の頂点である皇帝陛下が直々に命じ、国軍を遣わせたのです。私はガゼル子爵家の当主として樹海の盟約は守り、我が領地の兵士は一人たりとも樹海に足を踏み入れてはいません」

「『な……っ!!』」

「ガゼル子爵家と樹海の者達が結んだ盟約を守り、貴方達に関して不干渉を貫きました。貴方達もまた、樹海に入る者以外は不干渉を守るという盟約だったはず。……にも関わらず、勝手に帝都まで赴き皇帝陛下と見えて盟約を結ぶ交渉を行うなど。非常に不愉快です」

 厳かな表情を浮かべるガゼル子爵の言葉をパールは正確に翻訳し、族長達に聞かせる。
 その言葉を聞いた族長達は歯を見せながら表情を強張らせ、ガゼル子爵からパールに視線を向けて声を発した。

「『……か、勝手に盟約を取り付けて来たのは、我々では無い! そこのパールが、センチネル部族が勝手に行った事だ!』」

「『そうだ! 我々は盟約を破ってはいない!』」

「『そもそも、センチネル部族が外の者と迂闊に入れるから――……』」

「『……見苦しい』」

「『!?』」

 族長達が矛先をパールやセンチネル部族の族長ラカムに切り替え、罵声を飛ばそうとした時。
 族長ラカムは静かながらも低い声で族長達を威圧し、鋭い視線を向けながら声を発した。

「『外の者とは、使徒であるアリス殿や、あのクラウスの事か?』」
 
「『……そうだ! 樹海に攻め込んで来た者は、あのアリスという使徒を狙っていたではないか!』」

「『しかも、攻め込んで来た長であるクラウスまで村に置き続けて!』」

「『そのクラウスが、更に外の者を招き、奇怪な物を作り続けている! もうセンチネル部族は、樹海もりの守護者とは呼べん!』」

「『大族長! センチネル部族を樹海から追放する許可をッ!!』」

「『大族長!』」

 族長達は口々にそうした言葉を出し、センチネル部族である族長ラカムやパールを批難する。
 そして大族長に対してセンチネル部族の追放を求めようとした時、パールが静かに立ち上がりながら告げた。

「『――……その大族長が許可し、族長達おまえたちもまた使徒アリスを樹海もりに受け入れたはずだ』」

「『!』」

「『クラウスも同じ。奴から樹海を守る更なる力を得る為に、大族長と族長達おまえたち樹海もりに居続ける事を承諾した』」

「『そ、それは……!!』」

「『そのクラウスが我々の為に必要だと考え、帝国との盟約を交わす為に私を使者として遣わせた。そしてお前達は、その盟約に先程はっきりと賛同した』」

「『……!』」

「『クラウスが外の者を招き雇ったことも、我々が力を得る為に必要だったからだ。それに賛同した大族長に対して、族長達おまえたちは結果として受け入れた。異を唱え続けずに』」

「『……ッ』」

「『クラウスの言っていた事が、ようやく分かった。――……例え大族長の決定であろうと、族長達おまえたちが強く反対すれば、お前達が述べた事は全て防げた。なのにお前達は、自分が決めた事をまるで他者が決めた事のように言い、自分達に責が無いように考える。……そんな族長など、樹海の勇士には要らない!』」

 はっきりとした物言いで族長達にパールは告げ、厳しく鋭い視線を向ける。
 それによって向けられた言葉の槍は族長達に反論を許さず、全員の口を噤み表情を顰めさせる様子を見せる事になった。

 パール自身も、使者として樹海の外に出なければこうした言葉は出なかっただろうと考えている。
 しかし外に出て世界の広さを知り、帝国では国を担う者達の在り方を見たからこそ、この考え方が生まれた。

 今のパールにとって、族長達の姿と態度は帝国皇帝ゴルディオス帝国宰相セルジアスよりも遥かに矮小と思える。
 樹海もりの代表者として帝国に赴いたパールの意識は、そうした者達が率いる帝国と対等に立ち合える者でなければならないという意識に変わっていた。

 ガゼル子爵の言葉から始まる混沌とした族長会の場は、パールの言葉から放たれた槍によって沈黙を迎える。
 そして暗雲とした場で最初に言葉を発したのは、皺枯れた声ながら遺跡の室内に響く大族長の声だった。

「『――……パール。ガゼルなる者に、儂の言葉を訳してくれ』」

「『……はい』」

「『樹海もりを代表し、そちらへの非礼を詫びる』」

「『!』」

「『……大族長っ!?』」

「『静まれ』」

 大族長の謝罪染みた言葉が出た事で、他の族長達が止めるように声を上げる。
 しかし枯れながらも低く響く大族長の声がそれを制止させ、再びパールに訳させる為に言葉を続けた。

「『儂が幼子の頃に結ばれた、互いの先祖の盟約。確かにこちらは、樹海に入る者以外の不干渉。故に儂は、それを部族の者達に掟として守らせた』」

「……」

「『老いた儂等は、古の盟約と続け樹海もりを守る為に必要な力を育て生むことだけを考えた。しかし若い勇士……そこのパールのような若者達は、樹海もりを守る為には外の者達との新たな対話を必要だと考え、そして行動した。その結果が、今回の盟約となった』」

「『……ッ』」

「『長きに渡り閉ざした樹海もりに、新たな風が吹いている。神の使徒が訪れたことから始まり、それに導かれるように来た使徒の父クラウス。そのクラウスによって新たな考えを魅せられ、行動する若い勇士達。……全ては神の導きによって成された事だったのだろう』」

「『……!!』」

「『儂は神の導きを信じ、クラウスとセンチネル部族の行いを許した。……ガゼルよ。お主との出会いもまた、神の導きなのだと思う』」

「……神の、導き……」

 大族長はそう述べながら頭を下げ、パールはその言葉をガゼル子爵に通訳する。
 それを聞き若干ながら困惑するガゼル子爵だったが、頭を上げた大族長が再び言葉を発し始めた。

「『――……我々の非礼を詫びる。どうかそれで怒りを治め、盟約のを留めて欲しい』」 

「……分かりました。私も帝国に仕える貴族として、皇帝陛下が命じた盟約を果たす必要はあります。ここ私情を抑え、前向きに貴方達と向き合いましょう」

「『ありがとう。新たな鹿ガゼルの子よ。――……お前達』」

「『!』」

「『この者は、我々と対等で在ることを望んでいる。……おのれが立つ位置を見失い、相手の立つ位置までもたがえるでないぞ』」

「『……はっ』」

 ガゼルは大族長の謝罪を受け入れ、ガゼル子爵の反意を引かせる。
 そして叱るような言葉を族長達に浴びせ、それを受けた彼等も同じようにガゼル子爵に頭を下げた。

 こうした一波乱が起きながらも、改めて族長会の場でガゼル子爵は対等な交渉相手であると認識される。
 ガゼル子爵は内心で安堵の溜息を漏らし、パールもまた混沌とした場を治めた大族長を見ながら、あの枯れ木のような老人が今も大族長の立場に居る理由に納得した。

 そうしてガゼル子爵と大族長が中心となり、パールが通訳を行いながら交渉が進められる。

 今回の交渉で取り決められたのは、主に樹海側が盟約に賛同する意思があるのかという確認と、賛同の意思を持った状態で盟約に関する樹海側と帝国側の双方が述べる要望を持ち帰り検討すること。
 特に帝国側は樹海の資源に目を向けている事が話され、帝国側には無い植物や魔物の生態を調査する為に、帝国研究室の職員とガゼル子爵の部下を樹海に入れ、生態調査をさせて欲しいという要望が出された。

 それに対して樹海側は案内と称した監視役を付けることで調査を認め、その案内役をセンチネル部族の族長ラカムに担わせる。
 そしてその他に関する事も、センチネル部族を中心に協力させる事が決まった。 

 今回の盟約が行われた発端であり、最初の賛同者であるラカムは、言い出した張本人という形で面倒事を全て押し付けられた状態に等しい。
 しかしクラウスという存在以上の面倒事など無いと考えるラカムは、潔くその取り決めに従う意思を見せた。

 こうして盟約に関する互いの要望が述べられ、互いに譲る部分を見せながら族長会が解散しようとする直後。
 今まで隣に控える男性に喋らせていた大族長が、再び声を発して全員に注目を向けさせた。

「『――……みなに、話しておくことがある』」

「『!』」

「?」

「『新たな盟約が成され、我々部族が再び樹海もりの安寧を迎えられた時。――……儂は大族長としての立場を、センチネル部族の勇士パールに譲る』」

「『なっ!?』」

「『……!?』」

「……大族長殿は、何を言ったのですか? パール殿」

 大族長はそう述べた後、隣に控える男性に支えられながら立ち上がり、緩やかな足取りでその場から立ち去っていく。
 その後ろ姿を驚愕しながら見つめる部族の者達全員は、室内から去った大族長の次にパールに驚きの目を向けた。

 パール自身も驚愕した様子を見せながら、大族長が去った出入り口を見つめている。
 そうした面々の様子や言葉が分からないガゼル子爵は、不思議そうに首を傾げるしかなかった。

 無事に終えるかに見えた盟約の場は、また別の事柄によって波乱の様相を見せる。
 樹海もりの守護者を代表する次の大族長に、女勇士パールが選ばれた。
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