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修羅編 二章:修羅の鍛錬
家族の出迎え
しおりを挟むアズマ国の都、京から少し離れ田畑が広がる地域に設けられた屋敷に訪れたケイルは、そこで御庭番衆の元頭領である千代の歓迎を受ける。
その歓迎を乗り越え改めて部屋に招かれたケイルは、千代の出した熱い茶を啜り飲む。
そして一息を吐いた後、向かい合う二人は話を交える時間を設けた。
「――……師匠はやっぱり、アタシが出て行ったことを怒ってますか?」
「そうだねぇ。お怒りになっていないと言えば、嘘になるだろう」
「……」
「私の目から見ても、あんたは天才だ。娘の巴と親方様の課した鍛錬を耐え抜き、僅か七年余りで月影流の奥義を習得するに至った。巴も親方様も、アンタに自分の技を教えるのが楽しくてしょうがないように見えたよ」
「……アタシには、地獄の鬼みたいな笑みを浮かべた二人にやらされた修行に思えましたけどね」
「それだけ、あんたの才に惚れ込んでいたのさ。愛弟子としても、義理の娘としてもね。……その手塩に懸けた弟子が、一つの書き置きだけ残して出て行ったんだ。それから二人とも、あんたの事を何も言わなくなったけれど。思う事はあっただろうね」
「……そうですか」
千代の言葉を聞いたケイルは僅かに表情を曇らせ、視線を落として御茶が残る器を見つめる。
そんなケイルに対して、千代は皺の多い顔を引き締めるように問い始めた。
「――……それで。十一年前に出て行ったあんたが、どうしてここに戻って来たんだい?」
「……アタシは、天才なんかじゃなかった。それが分かったんです」
「?」
「十一年前、アタシは当理流の『月』の技を全て教え込まれた。それを師匠から聞いた時、アタシは自分に……自分の才能と、身に付けた実力と、積み重ねた努力に自惚れたんです。……そして、ここで何も教わる事はもう無いのだと思い、心の中でずっと引っ掛かっていた家族探しをやりたくて、この国から出ました」
「……」
「でも、世界は広かった。……自分より強く、自分より才能が有り、自分より努力を積み、自分より過酷な状況に陥りながら生きる為に戦ってる奴がいる。……アタシは、そういう奴等と戦って一度も勝てた記憶がありません。特に最近は、負けっぱなしです」
「そうかい。……それで、また鍛え直してもらう為にここに来たのかい?」
「……師匠や巴さんが、許してくれるのなら」
ケイルの要望を聞いた千代は、自身の前にある茶を一啜りする。
そして数秒ほど間を空け、ケイルに対して言葉を掛けた。
「……軽流。元頭領として私があんたを見る限り、既にあんたの『武』は完成している」
「!」
「この十一年で、それなりの場数と経験は踏んだのも動きを見て分かるよ。……ただ、あんたの『武』は完成しているけれど、極めてはいない」
「……極めていない?」
「『武』とはね、完成させるモンじゃない。極めるものなんだ。あんたの場合、習得した『月』の技を完成させちゃいるけど、極めちゃいない。型通りの事しか出来てないんだろう」
「!」
「『表』『裏』『月』。その三種の技を覚えたあんたは、確かに親方様の教えた月影流を完璧に出来るようになった。だが、それを極められなかった。……例え天才だとしても、七年余りで極められる者はいないだろうね」
「……ッ」
「一朝一夕で技を業で煮やせる程、甘いもんじゃないのさ。……親方様も自分の父親にそう言われて、外の国へ修練に出された程だからねぇ」
「師匠も……」
「昔の親方様も、世界の広さを知り自分に足りないモノを見つけた。それを試行錯誤し数十年以上も懸けて、ようやく父親と同じ『極意』と呼べる域に踏み込みつつある」
「……師匠ですら、まだ極めていないと?」
「そうだよ。……親方様なら、きっと今のあんたにこう言うだろう。『儂は儂が足りぬモノを見つけた。それをお前に教えても意味は無い。自分に足りぬモノは、自分で見つけて身に付けろ』とね」
「……ッ」
千代の言葉を聞いたケイルは、苦悶の表情を浮かべながら顔を伏せる。
この二年余りの時間、ケイルは常軌を逸した幾多の戦闘経験を積んでいる。
更にあの一行に加わる事で、自分がアリアのような才能や影響力を持たず、エリクのように揺るがぬ意思と力が足りない事を悟り、それを補う形に収まるよう心掛けていた。
それ故に旅の最中では理性的な思考を保ち、個々の意思が激しい一行の中で調整役や仲裁役を演じていた部分がある。
しかし結果は伴わず、皇国で起こした裏切り行為を始め、土壇場に見舞われると精神と実力が足りずに助けになる事すら出来なかった。
それを悔やみながらも、更に三十年後の戦いを経て圧倒される状況に対応できない自分の弱さに気付いてしまったケイルは、エリク達から離れて心身共に鍛錬をし直す必要があると考える。
それが三年余りの時間で身に付けられるはずも無く、また誰かに教えられて身に付くモノでも無い。
千代にそれを指摘されたケイルは、改めて自分が縋るべきモノが無いのだという事を自覚した。
そんなケイルの後悔にも似た雰囲気を悟っているのか、千代は微笑みながら述べる。
「――……まったく。若い時から焦るもんじゃないよ」
「……!」
「年寄りから言わせちまえば、あんたみたいな若いのが未熟を自覚できるだけで、ちゃんと成長してると感じられるよ。……単に極められてないのも、その若さに見合った経験しかしてないからさ。今のあんたに足りないモノがあったとしても、歳を重ねていれば積み重なり、自分に足りないモンを勝手に付け足して、自然と身に付けるようになるだろうさ」
「……今からじゃないと、間に合わないんです」
「ん?」
「三年以内に、アタシは今より強くならなきゃいけない。……化物だなんだと自分を下に置いて、弱いまま連中を見上げることしか出来ない自分は、もう嫌なんです」
「……あんたがそんな事を言うなんて、よっぽどの事があったんだろうね」
「……」
「分かった、止めやしないよ。親方様が戻って来たら相談してみな。年寄りの私よりも、もしかしたら良い案を出してくれるかもしれない」
「……ありがとうございます」
「それと、しばらく居座るなら家事を手伝いな。ついでに畑仕事もね。じゃなきゃ、親方様が許しても私と巴が許さないよ」
「は、はい」
「早速、夕飯作りでも手伝ってもらおうか。……久し振りにあんたが作った料理を出せば、親方様も巴も少しは機嫌が良くなるだろうさ」
「分かりました」
「あんたの部屋は、掃除はしてるけどそのまんまだ。巴の服を渡すから、あんたは髪に塗ってるのを落として風呂場で落としな。掃除も忘れるんじゃないよ。終わったら、着替えて台所に来な」
「はい。……本当に、ありがとうございます。お千代さん」
互いの湯飲みを盆に乗せて立ち上がる千代を見ながら、ケイルは深々と頭を下げて感謝の言葉を伝える。
それに対して千代は何も返さず、そのまま襖を開けて部屋を出た。
そして廊下を歩きながら、千代は小さく呟く。
「――……まったく。私も、義孫には甘いねぇ」
僅かに微笑みを浮かべる千代は、そのまま台所に向かい歩いて行く。
その後に続く形でケイルも部屋から出ると、幼い頃に自分の使ったいた部屋に訪れ、懐かしむ様子で部屋の中を見回した。
「……本当に、昔のままなんだな……」
綺麗に整えられ埃すら無い六畳半程の部屋に感慨を浸らせる最中、千代が訪れて部屋着用の着物を与える。
それを受け取ったケイルは風呂場に赴き、一時的に特殊な塗料で染めていた黒髪を赤に戻し、台所で夕飯を用意する千代を手伝った。
その晩、ケイルの師匠である武玄と巴が屋敷に戻る。
それを千代と共に床に頭を伏せながら玄関で迎えたケイルは、緊張感を持ちながら二人に声を向けた。
「――……師匠、頭領。おかえりなさい」
「……馬鹿者め。言うとる立場が逆じゃろうが」
「……ッ」
床に頭を下げているケイルは、怒気を含んだ武玄の声を聞き僅かに焦る。
そして数秒の沈黙が漂った後、師である武玄から新たな言葉が発せられた。
「――……飯は出来とるのか? 軽流」
「はい」
「今日は?」
「人参・蓮根・芋を加えた鶏肉の味噌煮込みと、筍の炊き飯。鮎の塩焼きと、松茸の澄まし汁。漬け合わせは、大根と胡瓜の味噌漬けです」
「そうか。……今日は都まで赴いた。儂も巴も腹が減っておる。大盛で用意せい」
「はい」
武玄の言葉にケイルは応じ、顔を伏せたまま立ち上がり振り返る。
そして台所に用意している食事を二人に出す為に、音を立てずに廊下を小走りした。
その後に続く千代が去った後、玄関に佇んだままでいた武玄に巴は含み笑いを浮かべて話し掛ける。
「――……親方様。顔が笑っておりますよ」
「……仕方あるまい」
「あの子に見られなくて良かったですね。師としての威厳が台無しでした」
「そういうお前こそ、笑っとるではないか」
「親方様のように、露骨に見せてはおりません」
「むっ」
「……後で私達も、『おかえり』と言ってあげましょう」
「……そうじゃな」
二人は互いにそう述べ、玄関で具足を脱いで食事処となる部屋に向かう。
こうしてケイルは幼い頃の師である武玄と巴に再会し、自分が作った料理を振る舞う。
それに対して厳かな表情ながらも秘かに満足して食す二人に僅かな怯えを持ちつつ、ケイルは屋敷に迎えられることとなった。
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