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修羅編 一章:別れ道
選ぶ道先
しおりを挟むアリアに執着するエリクを指摘したケイルが、ルクソード皇国に戻りフォウル国に向かう案を述べてから数日後の事。
『黄』の七大聖人ミネルヴァが再び隠れ家の付近に赴き、麓近くで合流したマギルスにある情報を伝える。
その情報はマギルスを通じて、家に居たエリクとケイルにも伝えられた。
「――……入り込んだ傭兵共が、南部に向かってるだと?」
「らしいよ? 『黄』のお姉さんが言うにはね――……」
その伝言をマギルスは述べ、状況を説明する。
それは山の麓に赴いたミネルヴァが、端的に述べた結論と結果だった。
砂漠に入った賞金首達が姿を見せず、高い実力者集団が砂漠の中で魔獣等に殺されたとは考え難い。
海路や航路を塞いでいる以上、何等かの手段で賞金首達が砂漠から脱出したのたと、包囲していた特級傭兵達と【結社】は考え至った。
その手段の一つとして、転移魔法が挙げられる。
転移魔法を誰にも気付かれずに小規模で扱える高い技量の魔法師は、この人間大陸では指の数ほどに限られていた。
追っているアリアは転移魔法を使えない事は、『青』を通じて特級傭兵達にも知られている。
ならば小規模の転移魔法を少数あるいは単独で行える候補者として、アリア達と接触し捕らえられたことのあるミネルヴァの身辺が調べられ、彼女の故郷であるこの地を調べる為に傭兵達が赴こうとしている事が伝えられたのだ。
「――……っていう、話みたいだよ?」
「……いくらなんでも、早過ぎるだろ。いや、それだけ転移魔法の使い手が人間大陸に居ないから、絞り込まれたってことか……」
「前に皇国で捕まった時に、『黄』のお姉さんを捕まえたでしょ? それで宗教国家の人達も、もしかして暗示か洗脳をされたんじゃないかって疑ってるみたい」
「あの時にミネルヴァを捕まえたのが、裏目に出たってことか」
「あっ、違った。実際には『暗示を解かれた』と宗教国家は思ってるのかな? 『黄』のお姉さんの聖紋に暗示の細工をしてたけど、それをクロエが解いちゃったらしいし」
「……全部が全部、裏目じゃねぇか」
「クロエのことだから、僕達がこうしてる状況も視えてたのかもね」
「……ありえそうだな」
マギルスが笑い告げる言葉に、ケイルは否定できずに呆れたように苦笑を漏らす。
ミネルヴァのおかげで一時的に隠れ潜む事に成功しながらも、逆にそれが要因となってエリクはアリアと共に隠れ続けていた。
それをクロエは『繋がり』を視る瞳で見通して懸念し、皇国でアリアが捕らえたミネルヴァと関係性を持たせたのだとしたら。
そんな考えを思い浮かべ、有り得そうだと考えてしまうケイルは軽く溜め息を漏らし、顔を上げて同じ部屋に居るエリクに視線を向けた。
「――……それで、どうする? エリク」
「……」
「前に言った通りの状況になった。……ここが見つかるのも、時間の問題だぜ。せいぜい隠し通せても、一週間かそこらが限度だろう」
「……ッ」
「マギルス、ミネルヴァは?」
「明日、また来るってさ。その時にまでには決めてくれって」
「そうか。……エリク、期限日は明日だ。聞いてるな?」
「……ああ、聞いている」
「ミネルヴァの転移魔法だったら、アタシ達と一緒にアリアを皇国に運べる。……そして、何度も攻め込んでいるフォウル国にも行けるはずだ」
「……」
「アリアをどうするかは、お前が決めろよ。……お前は、そいつの相棒なんだろ?」
「ケイル……」
「アタシはもう、お前等の事で口を出す気は無い。……どうせ明日には、お別れだ」
「……え?」
ケイルが述べる言葉に、椅子に腰掛けて眠るアリアを見ていたエリクも思わず顔を向ける。
それを見て少し嬉しそうに、けれど寂しそうにケイルは伝えた。
「アタシは、アズマの国を目指す」
「……アズマ国……!?」
「お前等はフォウル国だぞ、間違えんなよ」
「何故、アズマ国に……!? 一緒に、フォウル国に行くんじゃないのか?」
「行っても、アタシは役に立たん。逆に足手纏いになる」
「そんなことは――……」
「もし、フォウル国の狙いがお前だとして。そしてフォウル国が、お前に何かをさせようと考えているなら。……お前と一緒に付いて来たアタシを人質にして、お前に言う事を聞かせようと迫る可能性も考えておくべきだ」
「!」
「お前が人質に取られたアタシを無視できるってんなら、話は別だがな」
「……それは……」
「アタシを黒獣傭兵団に潜入させ、お前の仲間としてフォウル国まで赴かせる勧誘役に選んだのも。もしかしたらお前が仲間思いな事を知っていて、いざという時の為に人質として使おうとしてたのかもな。……そう考えたら、魔人とギリギリ戦える程度の実力じゃ、アタシは足手纏いだ。違うか?」
「……」
ケイルは自身に担われた【結社】の依頼がどのような意味を含むのか冷静に分析し、そうした状況に陥る可能性を伝える。
それを否定できないエリクは首を項垂れさせ、言葉を詰まらせてしまった。
そんなエリクを見つめるケイルは、改めて述べる。
「……アタシだって、お前等の足手纏いになりたくない。だからアズマ国に行って、師匠の下で鍛え直して来る」
「!」
「もし四年後に、王国と帝国で騒動が起こるとしたら。それを防ぐ為にも、更なる実力が必要になるはずだ。……何せ相手は、アリアに死霊術を施して【悪魔】にするような奴だからな。今のアタシじゃ、戦いの役には立てん」
「……ケイル、お前は……」
「念の為に言っとくがな、お前の為にやるんじゃないぞ。ましてや、そこで呑気に寝てる御嬢様の為でもない。……アタシが、アタシの為にやると決めただけだ」
「……そうか」
ケイルは苛立ちを込めた口調と言葉で告げ、エリクとアリアに右手の人差し指を向ける。
それを聞いたエリクは僅かに安堵した表情を見せながら息を漏らし、それに頷いて見せた。
ケイルはそれを見て呆れたように振り返り、マギルスにも尋ねる。
「……で、マギルス。お前は?」
「僕はもちろん、フォウル国に行く!」
「そうか。……後は、お前だけだぜ。エリク」
マギルスの答えも聞いたケイルは、再びエリクに問い掛ける。
明日には二人ともここを離れ、それぞれが目指す場所に赴く。
それを聞き一つの方向に答えを示されてしまったエリクは、僅かに悩む様子を見せた。
そして右側を向き、ベッドで眠るアリアの顔を見る。
静かに寝息を立てるアリアの姿を見て瞳を閉じたエリクは、数日前から問われ考え続けていた自分の答えを伝えた。
「――……アリアを、皇国に預ける。……そして俺も、フォウル国に行く」
「そうか。……んじゃ、出発の準備だ。大急ぎでな」
「だね!」
「分かった」
エリクが答えを述べ、それに応じるようにケイルとマギルスも納得し口元に笑みを浮かべる。
三十年後を経験し生死を懸けた戦いを経て、それぞれが心に抱いた道を指し示した。
エリクはアリアの安全を確保し、その未来を守る為の道を。
ケイルは自身の実力不足を自覚し、それを補い高める為の道を。
マギルスは友達との約束を果たす、誓いの道を。
三者はそれぞれ違う道を見ながらも、その道は重なるようにある着地点を交差している。
四年後に起こる事件を起点とした、未来の惨劇。
それを防ぐという一点の着地点を目標に、三人はそれぞれの道を選び決めた。
それから三日後。
隠れ家周辺に赴いた特級傭兵とその配下一味によって、山の中腹に在った隠れ家を発見される。
しかしそこは蛻の殻であり、誰の姿も見つける事は出来なかった。
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