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螺旋編 閑話:舞台裏の変化
悪夢を知る者 (閑話その五十七)
しおりを挟むガルミッシュ帝国とベルグリンド王国の主要人物達が、それぞれ思惑と動きを見せている頃。
その二国が在る大陸から更に南下した大陸に構えるマシラ共和国でもまた、小さな変化が見えていた。
マシラ共和国ではルクソード皇国と同じく、三ヶ月ほど前に起きた悪夢を民衆は見ている。
その悪夢は一時的に噂となって広まったが、既に他国と同様に民衆の中では過去の話となっていた。
しかし一人だけ、マシラ共和国のその悪夢を覚えている者がいる。
それは現マシラ国王ウルクルスの一子、五歳になったアレクサンデル=ガラント=マシラだった。
「――……これが、僕の知っている未来の出来事です」
「……」
「……むぅ……」
マシラ王宮内部に設けられた王室の一つに、マシラ王ウルクルスとそれに仕える魔人ゴズヴァール、そしてアレクサンデルの三者が共に顔を合わせている。
誕生日を迎え五歳になったアレクが朝に目覚めると、突如として二人と話があると伝えた。
その声色や口調が今までのモノと違い、子供ながらにしっかりとした人格が形成されている事が話を聞いていた二人には理解できる。
そんなアレクの口から、突拍子も無い事が語られた。
今から四年後に父親であるウルクルスが死に、そして五年後にはガルミッシュ帝国とベルグリンド王国が滅亡する。
それ等の所業を【悪魔】が企み、記憶を失ったあのアルトリア=ユースシス=フォン=ローゼンを利用し世界に混沌と惨劇を招いた未来の出来事が、アレクの口から二人に伝えられた。
それを聞いた当初、ウルクルスとゴズヴァールは互いに顔を見合わせ複雑な表情を浮かべる。
幼いアレクの変わり様と、その口から述べられる数々の出来事に対して、理解が思考に追い付いていなかった。
そして息子に対して、父親であるウルクルスは述べる。
「……アレク。さっきの話は、三ヶ月前に皆が見たという悪夢の内容なのかい?」
「はい」
「ほとんどの……いや、君以外の者は悪夢の内容を覚えていないと聞く。私は悪夢を見てすらいないけれど。それを何故、君だけが覚えているんだい?」
「それは、僕にも分かりません。……でも、本当の事なんです。四年後に父上はゴズヴァールと共に、ガルミッシュ帝国とベルグリンド王国の境に設けられた同盟都市の式典に参加します。……しかしそこで起きる暴動に巻き込まれ、死んでしまいます……」
「……」
「お願いです、信じてください! ……僕は、父上に死んで欲しくないんです……。……そして十五年後に起こる世界で起こる虐殺を、食い止めたいんです……!」
「アレク……」
懇願し涙を流すアレクサンデルの姿に、ウルクルスは困惑した様子を見せる。
そしてその表情をゴズヴァールに向け、問い掛けた。
「……ゴズヴァール。貴方は、アレクの話をどう思う……?」
「正直に言えば、信じ難い話です。……アレクサンデル様」
「……はい」
「貴方の述べる話が、悪夢の内容だったと信じる事は出来ます。……しかしそれが、本当に未来で起こる話だとは信じ難い。それは分かりますか?」
「それは……分かります」
「恐らく年月が経てば、貴方が述べた事が本当の事か、ただの悪夢だったのかも分かるでしょう。ウルクルス様が死ぬというその式典も本当にあるのなら、その時に代理の者を寄越すなりで対応すれば――……」
「それじゃあ、根本的な解決は出来ません! ……父上が死なないようにするのは、勿論そうです。でも僕が止めたいのは、十五年後に世界中で起こる虐殺と、それに起因する者達の動きを止めることなんです……!!」
「つまり、貴方はその元凶となった人物。ベルグリンド王国の国王、ウォーリス=フォン=ベルグリンドを殺すように、我々に言っているのですか?」
「……それは……」
ゴズヴァールのはっきりとした指摘に、アレクは表情を強張らせて言葉を詰まらせる。
未来に起きる出来事を防ぐ為に、一国の王を殺める。
その実行を迫る幼いアレクの要望は、マシラ共和国の王であるウルクルスとそれに付き従うゴズヴァールをただ信じて叶えてしまえば、何が起こるのか。
それを察せられるアレクは自分が性急に述べている事がどれ程に無謀な事か思い至り、言葉を詰まらせるしかない。
そうした思考を見せ精神の年齢が跳ね上がっているアレクの様子を、ゴズヴァールは静かに観察していた。
「ウォーリスなる王を殺めるよう命じられるのであれば、私が彼の国に赴きそれを叶える事も出来ましょう。しかしそれを行えば、マシラ共和国そのものが他国の王を殺めた罪に供せられ、ベルグリンド王国と敵対します。大陸間とは言え、戦争となればマシラの民に犠牲が出ることになる。それでも構いませんか?」
「……でも……ッ」
「貴方の見た悪夢が本当に起こる出来事だとしても、第三者である我々に打てる手は少ないのです」
「……それでも、やれる事があるはずです!」
「では、何をやれますか?」
「!」
「幼い貴方では、私のように戦う事も儘ならない。ならば周りを利用し事を成すのが常套でしょう。……貴方は我々を利用し、何を成せるか考えが有るのですか?」
「……それは、まだ……」
「ならば考えなさい。そして必要と思える事を述べ、形として成しなせるようにしなさい。……貴方が見たという悪夢を、防ぐ為に」
ゴズヴァールは膝を屈め視線を落とし、幼いアレクの左肩に右手を乗せる。
ただ漠然と未来の出来事を防ぎたいと述べるアレクに対して、ゴズヴァールは冷静な言葉と面持ちで静めてみせた。
そして諭される言葉が正しい事をアレクは痛感し、自身が急ぎ事を進めようとしていた事を反省する。
そんなアレクに対して、ゴズヴァールはもう一つの可能性も考えながらウルクルスに述べ提案した。
「ウルクルス様。一つ、アレクサンデル様の状態を確認させたい者がいます」
「それは……?」
「テクラノスです」
「!」
「奴隷紋を再び施し投獄していますが、奴はこの国で未知の物事に関する随一の専門家です。三ヶ月前に私も含めて国民の多くが見たという悪夢、そしてその内容を覚え語るアレクサンデル様の状態を、テクラノスから確認する必要はあるかと」
「……確かに、その必要はあるかもしれない。……ゴズヴァール、テクラノスを一時的に牢獄から出して、アレクや悪夢を見た者達の状態を確認して意見を聞いて欲しい」
「ハッ」
ゴズヴァールの進言にウルクルスは同意し、テクラノスの一時釈放を命じる。
そして立ち上がったゴズヴァールは王室を出て行くと、ウルクルスはアレクの頭を優しく撫でた。
「……父上」
「アレク、お前の話を蔑《ないがし》ろにはしない。だが、確認は必要なことだ。それを待ちながら、よく考えなさい」
「……はい」
ウルクルスは微笑みながら伝え、アレクを説得する。
それに応じるアレクは、懐かしいとさえ思えてしまう父親の温かく大きな手に再び涙を溢れさせた。
こうしてマシラ共和国では、未来を知るアレクの言葉が主要人物達に伝わる。
それによって時代の流れに僅かな違いが起き始め、悪夢に僅かな変化が見え始めた。
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