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螺旋編 五章:螺旋の戦争
希望の代価
しおりを挟むアリアの死と同時に現れたクロエは、エリクに対して真実を語る。
そしてクロエの言葉によって世界は色褪せた灰色に変貌し、灰色の空に巨大な歯車群が出現した。
異様な光景に包まれる世界をエリクは見上げながら、目を見開き身体と表情を強張らせる。
その時、不時着している箱舟二号機に居た人々にも異変が起きていた。
「――……世界の流れが止まった。……『黒』、やはりこれが目的であったか……」
箱舟を守り船体上部に立っていた『青』は、灰色に染まった世界と上空に出現した歯車を見据える。
そして見下ろす光景には、箱舟の内外に居た兵士達や闘士達が一概となって灰色に染まり、そのままの姿勢で微動せずに停止していた。
「……儂を選んだのか。……分かった。今回は、貴様に従うとしよう……」
『青』はそう言いながら瞳を閉じ、『黒』が起こす事の成り行きに介入しない意思を見せる。
そして色褪せた世界に染まらない『青』と同様に、幾人か灰色に染まっていない者達も居た。
瓦礫の上で倒れるケイルとその右手に持たれる赤い魔剣、その近くに倒れ重傷を負った青年アレクサンデル。
更に透明化している青馬も灰色に染まっておらず、その傍で重傷を負い瓦礫の上に仰向けになっていたマギルスは薄く瞳を開けて灰色に染まった空と歯車を見上げた。
「――……なに、あれ……?」
『……ブルルッ』
「……クロエ……ッ」
マギルスは自分だけが視認できる青馬に状況を尋ね、それに答えるように青馬をある方向を見て鼻を鳴らす。
それを聞いたマギルスは目を見開きながらクロエの名を呟き、手に持つ大鎌の柄を支えにしながら傷を負った身体で立ち上がろうとしていた。
こうして幾人かが灰色に染まった世界の中で正常な様子を見せる中で、死体のアリアとエリク、そしてクロエも同じように灰色に染まってはいない。
しかし今までの経緯と状況を察しクロエを見上げるエリクは、強張った表情で問い質すように怒鳴った。
「――……なんだ、コレは……!? クロエ、お前がやっているのか!?」
「そうだよ」
「何をする気だ……!?」
「言っていたはずだよ? 私は『調律者』だとね」
「そのチューナーというのは、何なんだ!?」
「世界の理を正す者。歪みを戻す者。それが『調律者』なんだ」
「意味が分からない……!! これは、お前が起こしている魔法なのか!?」
「君達からすれば、これも『魔法』に定義されるモノなんだろうね。……でも、実際には違う」
「……!!」
クロエはそう言いながら両腕を降ろし、エリクに向けて微笑みながら声を向ける。
そしてこの現象が魔法ではない事を告げるクロエの言葉は更に続き、エリクを驚愕させた。
「エリクさん。この世界が……星が、どうやって出来ているか知っているかい?」
「……?」
「この星は、ある一人の人物が作った世界。――……スケールは比べ物にならないけど、魔導国を浮遊させていた箱庭と、この世界は同じ箱庭なんだ」
「……!?」
「君達が見ていた青い空や、太陽と月、夜空に浮かぶ星空。そして自然。――……君達が見ていた世界は、たった一人が作った箱庭なんだよ」
「……!!」
「この箱庭を作った人を、私達は『創造神』と呼んでいる。……その『創造神』から私達はそれぞれに役割を与えられて、この箱庭を管理しているんだ」
「……」
「そして私は、この箱庭に流れる『時』を管理する者。『時』の到達者というわけさ」
「……時の、管理者……?」
「そんな私が、この箱庭で『時』を管理する為の能力を使うには条件がある。――……その一つが、世界の理が乱れた場合さ」
「……アリアがやったことか?」
「そうだよ。アリアさんは死者でありながら生者の世界に留まり、あまつさえ輪廻に送られるはずの魂達を束縛し、『創造神』が定めた現世と輪廻の理から外れる行為を起こした。――……その乱れが、管理者として私が動ける条件を満たした」
「……!!」
「彼女の行いは世界の理を歪め、『時』の流れにも歪みを生んだ。……少し前に言ったと思うけど、それが『螺旋』となって人間大陸全体を箱庭から分け隔ててしまった」
「……『螺旋の迷宮』のことか?」
「そうだね。彼女は記憶を失いながらも一時的に『螺旋の迷宮』を破壊した。でも彼女が死者として現世に留まった事で、彼女自身が現世を歪める『螺旋』を生み始めんだ。……その『螺旋』が大規模になり、世界に影響を及ぼしてしまった」
「……ッ」
「彼女が『螺旋』の中心地。そして歪みを広げるように死者達を現世に留め続ける限り、私が『時』の能力を使う事は不可能だったんだよ。――……でも、彼女はやっと逝ってくれた。おかげで、螺旋の綻びが紐解ける」
「……綻び……?」
「彼女を中心に、多くの運命という名の紐が絡まるように重なり、この未来が出来上がった。――……その綻びを紐解く事で、世界は再び重なりの無い綺麗な紐になるんだよ」
「……言っている意味が、分からない……! お前は、何をやろうとしている……!?」
クロエの話をエリクは理解できず、表情を強張らせながら痛む身体を引きずるように前に歩み出る。
そんなエリクに軽く微笑の息を漏らすクロエは、簡潔に簡略に今から起こる事を説明した。
「――……アリアさんという『螺旋』が去なくなり、絡まりに因って生まれた『未来』は紐解かれる。……この状態で私が『時』の能力を使えば、世界は歪む前の過去へ戻れるのさ」
「……過去に、戻る……!?」
「その能力を使う際に、幾つか特典もあるんだよ? このまま時を戻したとしても、結局は同じ未来を辿る事もあるからね。……それを防ぐ為に、私は『選別』が出来るんだ」
「選別……?」
「時を戻した時、その影響で時間そのものが逆行すると、人々の肉体や記憶も過去の状態に戻ってしまう。――……でも私が選別した特定数の人物だけは、その影響が及ばない」
「!」
「エリクさん。貴方をその一人に選んだ。他にも、ケイルさんやマギルス、あと数名を選んでおいたよ」
「……そ、そんな事が……!?」
「出来るんだよね。私には」
そう微笑み伝えるクロエの言葉に、エリクは必死に頭を回して理解した。
クロエの語る能力が本当であれば、アリアが『螺旋』の未来を生み出す原因となった過去まで、自分達は戻ることが出来る。
それはこの世界で殺された者達も、そしてアリア自身の死すらも未然に回避が出来るということ。
エリクにとってその話は、陰りを生んでいた感情に光を差し込ませるような話でもあった。
しかし次の瞬間、クロエは新たな条件を伝え、エリクを驚愕させる。
「――……でも一つだけ。この能力を発動させるには、ある条件が残ってるんだ」
「条件……?」
「世界の時間を逆行させるには、それ相応の巨大なエネルギーが必要になるんだよ。ただエネルギーに関しては、蒸発し満ちている魔鋼の魔力で十分なんだけど。……もう一つ、そのエネルギーを扱い導ける魂が必要になる」
「……!?」
「というわけなんだけど、エリクさん。――……私を、殺してくれないかな?」
そう微笑みながら頼むクロエに、エリクは僅かに差し込んだ喜びの笑みを強張らせた表情と共に奥に戻す。
それは過去に戻るという希望に支払われる、大きな代価だった。
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