597 / 1,360
螺旋編 五章:螺旋の戦争
掴む者
しおりを挟む聖剣に魂を宿すユグナリスによって刻まれた『七聖痕』によって、炎に包まれた『悪魔』は身に宿す瘴気を全て焼失させる。
そしてケイルの持つ赤い魔剣を依り代に、『火』と成ったユグナリスは永い眠りに入った。
『神』や『悪魔』ですら無くなったアルトリアは、瘴気を燃やし尽くされる。
そして焦げた瘴気を破るように藻掻き、身を伏した状態で瓦礫の上に、まるで息絶えたように倒れ込んだ。
消えるユグナリスと倒れるアルトリアの姿を、遠巻きに身を置いていたアレクは確認する。
そして負傷し痛めた身体を動かし、深手を負った部分に自身で治癒魔法を施しながら近付いた。
「――……聖痕で、瘴気の気配が完全に消えてる。……流石です、ユグナリスさん……」
アレクは『悪魔』から生み出され身に宿していた瘴気が完全に消え失せている事を確認し、ケイルを見ながらユグナリスに賛辞を贈る。
そしてケイルの方に歩み寄りながら身体を抱え持つと、倒れるアルトリアを見ながら寂しそうな表情で呟いた。
「……死霊術でアリアお姉さんの魂は現世に留まっていた。……その呪縛が既に無く、聖痕の炎で魂に植え付けられた『悪魔』の種と根が燃え尽きた。……アリアさんは、もう……」
そう語り呟くアレクは、倒れ伏すアルトリアがもう動く事は無いと察する。
そしてアルトリアから目を逸らしながらケイルを抱えて移動しながら、箱舟二号機がある方角を確認した。
箱舟を襲っていた黒い竜巻は『悪魔』の焼失と同時に消え失せ、瘴気を含んだ黒い砂も瞬く間に焼けるように全て消失している。
それによって箱舟近辺の生存者達が危機を脱した事を悟ったアレクは安堵の溜息を漏らしながら、大きく傷付いたマギルスやエリクのいる場所まで赴き、治癒を施そうと考えていた。
「……ありがとうございます。エリクさん、マギルスさん。……それに、リディア叔母さんも……」
アレクはそう呟きながら三人に感謝を述べ、アルトリアの死で寂しさを宿す表情ながらも口元を微笑ませる。
この時、アレクは完全に全ての事が終わったと思っていた。
だからこそ、まだ事が終わっていない状況である事を察せられない。
それが形としてアレクに襲い掛かったのは、その背後から鋭く細い白い光線がアレクの右肺を貫いた時だった。
「――……え……? ……ッ!!」
アレクは白い光線に貫かれた熱さを感じ取った瞬間、初めて自分が右胸を貫かれたのだと察する。
その痛みと数秒後に訪れる身体の揺らぎで前に倒れながらもケイルを庇い、口から僅かな吐血を見せながら驚愕した表情で振り返った。
その時に、信じられない光景がアレクの目に入る。
それはあり得ない人物が立ち上がり、アレクに向けて人差し指を向けている光景だった。
「……アリア、お姉さん……ッ!?」
「――……許さない……。絶対に……お前達は……ッ!!」
そこに立っていたのは、死霊術の呪縛と悪魔の種からも解放され、死者に戻ったはずのアルトリア。
その肌は血の気を失くし一層の白さを見せながらも、確実に青い瞳を見開き身体を動かしながら、明確な敵意を持ってアレクに攻撃をした事が分かった。
「なんで……? ガフ、ハァ……ッ!! ……死霊術も、悪魔の種も消えたはずなのに、なんで……!?」
「……死霊術が解けたなんて、言った覚えはないわよ」
「……まさか……!!」
「死霊術の秘術なら、私も使えるのよ……」
「……自分の魂に、死霊術を施したなんて……。そんな事が……!」
アルトリアが死者でありながら立ち上がる光景を目にし、アレクはその手段を察し驚愕する。
『死霊術』は、死者の魂を現世に留める秘術。
それを施す死霊術師が死者に対して秘術を用いる事はあっても、その死霊術を死霊術師自身が施したという前例はアレクが知る限り存在しない。
だからこそ、死んだアルトリアに死霊術を施した術者を殺せば、その死霊術の呪縛は解ける。
残るは魂に宿らせた『悪魔』の種を除去する事で、アルトリアは死者に戻ると確信さえ抱いていた。
しかし解けた死霊術の呪縛を自分自身の魂に再び施していたアルトリアの行動を、アレクは予想できていなかった。
「……クッ!!」
アレクは右肺を貫かれながらも立ち上がり、起き上がったアルトリアと対峙しようとする。
しかしそれを阻むように、アルトリアは自身の両手に集めた魔力をアレクに向けて大出力で放った。
「――……死ねぇえええッ!!」
「――……ッ!!」
放たれた白い魔力の砲撃は、起き上がるアレクと同時に倒れ伏すケイルを巻き込むように放たれる。
それを察しケイルを抱え避ける時間が無い事を悟ったアレクは、自身の身体を盾にするようにケイルを庇った。
そして白く巨大な魔力砲撃が、アレクに直撃しケイルを巻き込む形で吹き飛ばす。
その威力と衝撃で周囲の瓦礫が四散しながら消滅し、土埃が舞う中でアルトリアは砲撃を放った場所を鋭く睨んだ。
「……ふっ、アハ……ッ。……アハハハッ!!」
「――……」
アルトリアの目に映ったのは、瓦礫の中に埋もれるように倒れ伏すアレクとケイルの姿。
特にアレクは、ケイルを庇った為に背中を削り取られたかのような深手を負い、血を流しながら瀕死の状態で気を失っていた。
健在だったアレクが瀕死であり自己治癒も施せない状態だと確認したアルトリアは、短く高笑いを上げながらもすぐに鋭く厳しい表情に戻る。
そして遠くで倒れ伏すマギルスや二人から視線を逸らし、最も近くで倒れている人物が居る場所に視線を向けた。
「……一人ずつ、確実に……消す……ッ!!」
「――……ゥ……ッ」
アルトリアが視線を向けたのは、砲撃で生み出した窪みの中心に倒れている瀕死のエリク。
他の三名に比べて最も近くに居たエリクを先に始末しようと、アルトリアは身体を揺らしながら一歩ずつ進んで窪みを降りた。
そしてアルトリアは血に塗れ倒れるエリクを見下ろしながら跨り、自身の両手をエリクの首に据え掴む。
更に両手に魔力を集め、エリクの肉体と魂を消滅させる為の準備を始めた。
その時、エリクは薄く瞼を開く。
そして目の前で自分の首を絞め掴むアルトリアを確認すると、右手で掴んでいた大剣の柄を離してアリアの左腕に触れた。
「……アリ……ア……」
「その名で私を呼ぶなと、何度言えば……ッ!!」
「……俺にとって……君はやはり、アリアだ……」
「黙れッ!!」
「……ッ」
「お前の魂を破壊して、肉体も消滅させるッ!! お前の仲間達も、ここに居る全員もッ!! 私の居場所を奪い、夢を壊した人類を全員、この世から消すッ!!」
「……すまない……」
「!」
「……君を、守れなかった……。……君を、一人にしてしまった……。……君の全てを、奪ってしまった……」
「……ッ!!」
「……君になら、俺は殺されていい。……すまなかった……」
謝りながら自身の死を受け入れるエリクは瞼を閉じ、アルトリアは歯を食い縛りながら首を掴む力を強める。
それに僅かな息苦しさを感じ始めた時、エリクは自身の顔に何かが滴り落ちた事に気付いた。
エリクが再び瞳を開けると、アルトリアの青い瞳から涙が溢れ流れる事に気付く。
それにはアルトリア自身も驚愕した様子であり、不可解に流れる自身の涙に怒鳴り声を上げた。
「――……なんで、なんでよ……ッ!!」
「……」
「なんで、涙なんか出るのよ……!! 私は、コイツを殺したいのに……!!」
「……!」
「もう、私は死んでるのに……ッ!! 生きていないのに……!! ……なんで、涙なんかが……!! ……胸もこんなに、苦しくなるのよ……ッ!!」
「……アリア……」
「ウルサイッ!!」
「……ッ」
「お前が憎いッ!! 殺したいッ!! ……なのに、なんで……ッ!!」
アルトリアはそう叫びながらも涙を溢れさせ、エリクの身体や顔に零れ落ちさせる。
その反面、首を絞め息苦しさが強くなるエリクは右腕を降ろし、薄れる意識と共に瞳を閉じようとした。
その時、エリクは自身の魂から発せられる声を聞く。
それはエリクにとって、瞳を再び開ける程に驚愕すべき声だった。
『――……まったく、呆れるわ。貴方にも、そして私自身にも』
「……!?」
『コイツの事は、私に任せなさい』
魂から響く声がそう述べると同時に、エリクの胸部分から光を纏った半透明な細い右腕が出現する。
突如として出現した右腕はアルトリアの胸を掴む勢いで伸び、その身体を通過しながら胸の内部に在る何かを掴んだ。
アルトリアは自身に及んだ異変に気付き、エリクから伸びる半透明の腕に気付く。
そして思わず身を退いた時、半透明な人物も引かれながらその全貌を見せた。
「……な……っ!?」
『――……やっと掴めたわ。私の魂をね』
「……アリア……?」
エリクの魂から出現し、アルトリアの魂を掴み取った透明な人物。
それは魂を賭して死者の怨念と瘴気を消失させたはずの、アリアの魂だった。
0
お気に入りに追加
382
あなたにおすすめの小説
慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)
浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。
運命のまま彼女は命を落とす。
だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。
噂の醜女とは私の事です〜蔑まれた令嬢は、その身に秘められた規格外の魔力で呪われた運命を打ち砕く〜
秘密 (秘翠ミツキ)
ファンタジー
*『ねぇ、姉さん。姉さんの心臓を僕に頂戴』
◆◆◆
*『お姉様って、本当に醜いわ』
幼い頃、妹を庇い代わりに呪いを受けたフィオナだがその妹にすら蔑まれて……。
◆◆◆
侯爵令嬢であるフィオナは、幼い頃妹を庇い魔女の呪いなるものをその身に受けた。美しかった顔は、その半分以上を覆う程のアザが出来て醜い顔に変わった。家族や周囲から醜女と呼ばれ、庇った妹にすら「お姉様って、本当に醜いわね」と嘲笑われ、母からはみっともないからと仮面をつける様に言われる。
こんな顔じゃ結婚は望めないと、フィオナは一人で生きれる様にひたすらに勉学に励む。白塗りで赤く塗られた唇が一際目立つ仮面を被り、白い目を向けられながらも学院に通う日々。
そんな中、ある青年と知り合い恋に落ちて婚約まで結ぶが……フィオナの素顔を見た彼は「ごめん、やっぱり無理だ……」そう言って婚約破棄をし去って行った。
それから社交界ではフィオナの素顔で話題は持ちきりになり、仮面の下を見たいが為だけに次から次へと婚約を申し込む者達が後を経たない。そして仮面の下を見た男達は直ぐに婚約破棄をし去って行く。それが今社交界での流行りであり、暇な貴族達の遊びだった……。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
婚約破棄は誰が為の
瀬織董李
ファンタジー
学園の卒業パーティーで起こった婚約破棄。
宣言した王太子は気付いていなかった。
この婚約破棄を誰よりも望んでいたのが、目の前の令嬢であることを……
10話程度の予定。1話約千文字です
10/9日HOTランキング5位
10/10HOTランキング1位になりました!
ありがとうございます!!
出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る
拓海のり
ファンタジー
階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。
頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。
破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。
ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。
タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。
完結しました。ありがとうございました。
アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!
アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。
「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」
王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。
背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。
受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ!
そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた!
すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!?
※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。
※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。
※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。
やはり婚約破棄ですか…あら?ヒロインはどこかしら?
桜梅花 空木
ファンタジー
「アリソン嬢、婚約破棄をしていただけませんか?」
やはり避けられなかった。頑張ったのですがね…。
婚姻発表をする予定だった社交会での婚約破棄。所詮私は悪役令嬢。目の前にいるであろう第2王子にせめて笑顔で挨拶しようと顔を上げる。
あら?王子様に騎士様など攻略メンバーは勢揃い…。けどヒロインが見当たらないわ……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる