上 下
442 / 1,360
螺旋編 四章:螺旋の邂逅

墜とされる獣

しおりを挟む
 ウォーリス王子が語る黒獣傭兵団の成り立ちに、集まった民衆達は動揺する。

 黒獣傭兵団を作ったガルドという男が元王国貴族であり、更に元王国騎士団長だったこと。
 それ等を辞し一傭兵へ身を墜とした理由が、各国に蔓延る犯罪組織に与していた可能性があったからということ。

 集まった民衆達はその話を聞き、それぞれが顔を見合わせながら疑心に揺らぐ。
 しかし自分達の中にあった黒獣傭兵団のイメージ像が揺らぎ崩れそうになる民衆達の中で、ウォーリス王子に向けて疑問にも似た罵声を浴びせる声はまだ残っていた。

「――……だ、だからどうしたんだよ!!」

「そ、そうよ!」

「そのガルドって人、確か死んだんでしょ!?」

「ずっと前にな! 今の黒獣傭兵団と関係ねぇよ!」

 そうした声が届き、再び民衆達の空気は黒獣傭兵団を擁護へ戻り始める。
 しかしそれを阻むように、ウォーリス王子は更に声を掛けた。

「――……黒獣傭兵団のエリク殿。そしてその副団長を務めるワーグナー殿。黒獣傭兵団の中では特に有名なその二人ですが、彼等は二十年以上前にガルド氏に拾われ、黒獣傭兵団へ加入したそうです」

「!」

「そ、それがどうしたってんだよ!?」

「彼等はガルド氏を強く師事していたそうです。ガルド氏の教えを守り、傭兵稼業を営める程にまで育てられたと公言していたとも聞く。違いますか?」

「……」

「き、聞いたことあるかも……」

「【結社】に与していた可能性があるガルド氏は、確かに二十年前に亡くなりました。しかし彼を師事した二人の弟子とも言うべき者達が、今の黒獣傭兵団の中心人物となって活動している。……それは、どう思われますか?」

「……!!」

 そう呼び掛けながら訪ねるウォーリス王子に、民衆は表情を強張らせながら口を噤む。
 それぞれの頭の中にはその関連性が浮かび上がり、口に出さずとも否応なく嫌な方向を思考で誘導させられてしまう。

 犯罪組織に与していた師の弟子達が、師が興した傭兵団を継いだ。
 必然としてその傭兵団は師の意向を汲み、行動理念を実行する。
 ならばその傭兵団がどういう行動をしているのか、民衆達は自身が抱いていた黒獣傭兵団のイメージを崩され始めていた。

 それに追い打ちするように、ウォーリス王子は騎士の一人に視線を向けながら頷く。
 視線を向けられた騎士は複数の紙を持ちながら歩み寄り、ウォーリス王子に手渡した。
 それを受け取ったウォーリス王子は紙に書かれた内容に目を通しながら、民衆達に呼び掛ける。

「……実は私は、黒獣傭兵団にそうした嫌疑がある可能性を考え、数年に渡る調査を友人達に頼みました。そこで、いくつか浮上した情報があります。それを皆さんにお伝えし、皆さんの判断を仰ぎましょう」

「!」

「この紙に書かれているのは、今まで王国法の裁きを受けるべき罪人と呼ぶべき者達の名が書かれています。この中には王国貴族も含まれており、ほぼ全員が法を軽視し悪辣な非道を民に行う者達でした」

「……」

「私は彼等を調べ、捕らえる為に準備をしていた。……しかしそうした中で、この中に書かれたほとんどの者達が忽然と姿を消しているのです。しかも、王都に赴いた後にです」

「!!」

「私は消息が掴めない彼等の足跡を辿るよう、調査を頼みました。……その結果、彼等と思しき遺体が王都近辺で埋められているのを発見されたと聞いたのです」

「……!?」

「そして彼等が行ってきた違法行動を調べた結果、どれも王都の民を……つまり貴方達を苦しめるようなモノが多かった。同時に、ある傭兵団の団員と思しき者達と揉めていたという情報も得ました」

「……!」

「皆さんもお察しの通り、それが黒獣傭兵団です」

「!!」

「彼等と揉めた後、ここに書かれた者達は消息を絶ち、王都周辺の森や山、そして深めの川底などに重りとなる石を入れた袋に詰められて死んでいたそうです。……中には遺体の損傷が激しく、酷い拷問を受けた後もあったとか」

「……!!」

「彼等は確かに法に背き、貴方達のような善良な民衆を騙し、苦しい思いをさせていたのでしょう。……しかし法で裁かず、最も残酷な死に方を強いられる程に罪人であったのか。私はそれを疑問に思っています」

「……」

「全て状況証拠であり、確かな証拠は私でも掴めませんでした。しかし私はこれらの犯行が黒獣傭兵団が行った事である可能性を考慮しています」

「……良いじゃないか! 殺された連中は悪人だったんだろう!?」

「そ、そうだぜ!」

「黒獣傭兵団が、俺達を守ってくれてたってことじゃないか!!」

「お前達みたいな貴族が、そしてそこにいる騎士共が、そういう悪人共を捕まえなかったからやってくれてたんだろ!?」

「そうだそうだ!!」

 ウォーリス王子の話で、民衆達は悪人の成敗を黒獣傭兵団が行っていた可能性を考え、それに賛同し称える様子を見せる。
 逆にそうした悪人達を今まで放置していた騎士団や王子側へ反感の意を示し、批判を飛ばそうとした。

 しかし、ウォーリス王子が再び伝える話は民衆の声を止めてしまう。

「――……確かに、国の法を司る者達の怠慢を認めます。私はそうした怠慢を無くし、またそうした悪事に加担した者達は、私が登城した二年間で出来る限り法に照らして裁き、平民や貴族に関わらず捕らえて罪人にしてきました」

「!!」

「私はこの国を、民が暮らすに相応しい豊かな良き国にしたいと思っています。その為に、私も勇名を馳せる黒獣傭兵団と手を取り合い、国を良い方向へ進める為の助力をお願いしたいと考えていました」

「だ、だったら……!!」

「しかし、私の中には彼等に対する一つの懸念があります」

「……?」

「それは、黒獣傭兵団がそうした行いを独善でしている可能性が高いということです」

「どく、ぜん……?」

「彼等は民を苦しめる悪道に入った者達を、自身の善意によって死で裁く。時にはそうした義賊行為も望む者や、時代もあるでしょう。……しかし、彼等の意に沿わぬ者達が現れた時。つまり彼等の善意と別の意思を持つ善意が現れた時、彼等はどうするのでしょうか?」

「……それは……」

「私が恐れているのは、彼等は自分達が抱く善意を周囲に押し付け、違う善意によって阻まれた時にはそれを排除する……つまり、そうした存在を殺めてしまうのではないかという事です」

「!?」

「あるいは、理由があり悪に走った者達もいるでしょう。彼等もまた苦しい人生を辿り、そうしなければ生きられない者達だったかもしれない。……しかしそんな者達を法で裁き悔いさせる時間すら与えず、黒獣傭兵団は法を頼らず自分達の判断で殺めている可能性もあるということです」

「……!!」

「彼等は法を頼らない。それ故に独善で自分達が悪と判断した者達を殺める。……彼等の善意と、ここにいる皆さんの善意が異なった時。彼等は貴方達すら法で裁かず殺めてしまうのではないかと、私は懸念しています」

 そう告げるウォーリス王子に、民衆達の心は確実に揺らいでいる。

 民衆達の中には、自分が完全な善良であるという認識を持つ者は少ない。
 少なくとも個人個人に悪い事をした経験や記憶があり、それを心の中に秘めている事もある。

 それがもし、黒獣傭兵団という独善によって裁かれ殺される可能性があるのだとしたら。
 そして自分達の善意を否定され、向こうの善意を押し付けられる可能性があるのなら。

 それを考えてしまった時、民衆は黒獣傭兵団を擁護する思いが冷める自覚をし始めていた
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

誰も要らないなら僕が貰いますが、よろしいでしょうか?

伊東 丘多
ファンタジー
ジャストキルでしか、手に入らないレアな石を取るために冒険します 小さな少年が、独自の方法でスキルアップをして強くなっていく。 そして、田舎の町から王都へ向かいます 登場人物の名前と色 グラン デディーリエ(義母の名字) 8才 若草色の髪 ブルーグリーンの目 アルフ 実父 アダマス 母 エンジュ ミライト 13才 グランの義理姉 桃色の髪 ブルーの瞳 ユーディア ミライト 17才 グランの義理姉 濃い赤紫の髪 ブルーの瞳 コンティ ミライト 7才 グランの義理の弟 フォンシル コンドーラル ベージュ 11才皇太子 ピーター サイマルト 近衛兵 皇太子付き アダマゼイン 魔王 目が透明 ガーゼル 魔王の側近 女の子 ジャスパー フロー  食堂宿の人 宝石の名前関係をもじってます。 色とかもあわせて。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

処理中です...