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螺旋編 四章:螺旋の邂逅

土壌の実り

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 ウォーリス王子の側近アルフレッドと騎士団に拘束されたエリクは、そのまま貴族街を抜けて王城まで連行される。
 その間に本拠である詰め所へ戻ったワーグナーは、留守組とマチスが指揮している諜報班から情報を聞いた。

「――……それで、なんで俺達が村を襲った事になってる?」

「未確認ですが、騎士団にそうした報告が上げられたと。その情報筋が騎士団には信用に値するらしく、恐らくはウォーリス王子派閥が独自に築いている情報網ではないかと思います」

「あの王子の差し金か。……あの依頼も、俺達を嵌める為に用意した偽物だったわけか」

「王都内でも、意図的に情報が流されています。黒獣傭兵団が村を襲い、住民達を虐殺したと。その情報が流れている出所も、恐らくは……」

「チッ、根回しが行き届いてやがる」

「それと、この周辺も……」

「分かってる。そこら中で、監視されてるな」

「はい」

 諜報班から情報を聞き、傭兵団の詰め所周辺に意識を向けているワーグナーは不機嫌そうな表情を浮かべる。

 詰め所周辺に監視者が付き、更にその周囲には多くの兵士達が巡回していた。
 団長であるエリク以外の黒獣傭兵団で拘束された者はいないが、明らかに団員達を監視し何かあれば対処する算段を向こうが行っている事を、ワーグナー達は否応なく感じさせられる。

 その上で、ワーグナーは諜報班の団員に伝えた。

「マチスとケイル達は、どうしてる?」

「私達の使いが報告を届けていれば、王都周辺で隠れながら待機している状態かと。……それと、申し訳ありません。団長や副団長もマチス班長と一緒だと思い、報告が遅れてしまいました」

「いや、あの二人に情報が伝わってれば十分だ。あの二人なら、今やるべき事は分かるはずだからな」

「では……」

「こんな事もあるだろうと、準備しちゃいたがな。……あの王子と取り巻き共は、すっかり王都を支配したつもりになってるようだが。こっちが二十年の時間で作り上げたモンを、舐めるなよ」

 そう口元を吊り上げ微笑みながらも、憤怒の瞳を宿すワーグナーは呟く。
 そして他の団員達もそれに頷き、決意と覚悟の表情を見せた。

 エリクが団長に、そしてワーグナーが副団長になってから。
 黒獣傭兵団は表ではエリクの武勇伝と共に信頼を得ながら、裏ではワーグナーとマチスの主導で王都内で不正を働く貴族やそれに繋がる者達を排除していた。
 その実績と信頼は王国の民から厚く、同時に王都内では絶対的な信頼を得ている。

 その黒獣傭兵団が農村を襲い全滅させ、更に団長であるエリクがあの王国騎士団によって拘束されたとなれば、それを伝え聞いた王国民はどう思うか。

 純朴に信じる者もいるだろうが、それは絶対的な少数と言ってもいいだろう。
 ウォーリス王子とその一派に信頼を置いている者達がそうした状況を作り出したとしても、長年に渡る王国貴族や騎士団に対する不信は国民の中では簡単には拭えない。
 そして貴族や騎士団が行って来た悪行の数々を敢えて国民に意図的に伝わるように広めていたワーグナーは、ウォーリス王子一派の広めた情報が逆効果だと察していた。

 ワーグナーの予想通り、王都民は黒獣傭兵団の虐殺行為を聞くと、動揺や困惑よりも呆気と嫌悪に近い空気を宿らせる。
 しかし団長であるエリク本人が拘束されたという情報が広まると、一気に民から不信と不満の声が上がった。

「――……おい、聞いたか? 黒獣傭兵団のエリクが、騎士団に捕まったって」

「えっ、なんで!?」

「知らないのか? 黒獣傭兵団が、村を襲ったんだってさ」

「そんな嘘、誰も信じねぇよ」

「騎士団が捕まえたって? また冤罪かよ!」

「最近は大人しかったくせに、やりやがったな」

「でも、その襲われた村の周辺に黒獣傭兵団がいたのは事実らしいぞ」

「黒獣傭兵団が一つの村なんか襲って、何か得するの?」

「しないな」

「むしろ黒獣傭兵団なら、村なんかより王城を襲う方がずっと遣り甲斐があるんじゃないか?」

「言えてる!」

「捕まった団長のエリクって大男、いつも教会に寄付して祈りを捧げてるらしいぜ」

「へぇ。傭兵団の団長なのに、意外と心神深いのかしら?」

「何度か教会の炊き出しを手伝ってるの、見た事あるわ」

「教会で預けられてる子供達とも、遊んでるそうよ」

「団員の人達も、寄付とか手伝いをしてるって聞いたわ」

「前に流行り病が広まりそうになった時も、薬とか物をあの傭兵団で配ってくれたんだよな」

「見た目は荒っぽそうって話だけど、慈悲深い方達なのね」

「そんな人達が、村を襲ったの?」

「エリクさんも黒獣傭兵団も、そんな事をするワケがねぇよ!」

 エリクが捕まったという報告で、王都民からこうした声が挙がり始める。
 その声は黒獣傭兵団の虐殺騒動と相対するように広まり、黒獣傭兵団よりも騎士団への不信感が一気に高まった。

 中には兵士達に対して情報の真実を聞き出そうと、集団で兵団の詰め所へ訪れ聞く者達もいる。
 そうした彼等は黒獣傭兵団に大きな世話を掛けられた者達で、その勢いは兵士達を困惑させたという。

 一方で兵士側でも情報が錯綜しており、上役である騎士団に命じられて動く兵士達の中にも不信を抱く者も多く、特にワーグナーや団員達と親しい者達は今回の事件に裏があるのだと察する。
 しかし兵士達の中にはウォーリス王子派閥の兵士も加えられており、それ等の人物達が監視し動く為に真正面から騎士団に対する不信を見せる事が出来ず、命令に従うしかない状況だった。

 黒獣傭兵団はこの二十年という時間で、絶対的な信頼を王都民に植え付けた。
 例えウォーリス王子側が王都の土壌に黒獣傭兵団への疑惑と不信を植え付けようとしたとしても、その土壌には既に黒獣傭兵団が築いた実績と信頼が実り花を咲かせている。
 ワーグナーはそれを確信し、嘲笑うように口を吊り上げながら呟いた。

「俺達を嵌めようなんざ、十年早いぜ。小僧共」

 そうして王都内が黒獣傭兵団に対する情報で感情を高ぶらせる中、エリクは王城へ赴き地下の牢獄に辿り着く。
 武器や防具は全て没収され、頑丈そうな鉄の手枷を嵌められて牢獄の檻の中に閉じ込められた。

 それを見送るのは指揮していた騎士の男と、アルフレッドという黒髪の青年。
 そして黒い青年を牢獄の中から睨み見るエリクは、呟くように聞いた。

「――……お前は……」

「?」

「お前は、何だ?」

「……」

「お前からは、人間でも、魔獣でもない気配がする」

「……やはり、勘がいい男だ」

「お前は、何なんだ?」

 そう尋ねるエリクの声に、アルフレッドは答えない。
 そのまま背を向けたアルフレッドは同行している騎士を連れ、地下の牢獄から離れた。
 それを睨むエリクは牢獄内で座り、目を閉じて静かに休む。

 しかし出て行ったアルフレッドは、階段を歩き上る中で騎士に伝えた。

「――……明日の早朝、あの男を処刑する」

「!」

「君にはそれまでの監視と、彼から村を襲った事を自白をさせてほしい」

「ハッ。しかし……」

「何か異論が?」

「い、いえ! ただ、あの男だけはなく。奴が率いる傭兵達の処分は?」

「彼等には、まだ使い道はある。……だがあの男はすぐに処刑しなければ、いずれ『ウォーリス=フォン=ベルグリンド』の敵となるだろう」

「!!」

「君は王子の騎士として、どう応えるべきだと考える?」

「……分かりました。お任せください!」

 アルフレッドは騎士に命じ、地下から出て自室に戻る。
 そして命じられた騎士は再び地下へ向かい、とある部屋の扉を開けた。

 そこには、罪人を取り調べる為に使う拷問器具の数々が置かれていた。
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