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螺旋編 四章:螺旋の邂逅
支える者
しおりを挟むガルミッシュ帝国とベルグリンド王国の大規模な戦争から七年後、それぞれの国では政治的情勢に大きな変化が訪れている。
帝国側は皇帝ゴルディオスを中心に、皇帝の弟ローゼン公爵と同盟領主達で固めた貴族派閥が主軸となり、帝国を支えていた。
逆に七年前の戦いで大きく勢力と権力を削がれた反発貴族達は、帝国貴族の一つであるゲルガルド伯爵派閥に取り込まれる。
ゲルガルド伯爵家はガルミッシュ帝国が建国した時から存在する家であり、没落や落命を迎える他の帝国貴族達と比べてもその歴史は古く、また領地の規模も今現在のローゼン公爵領と同等に近い。
しかし当主であるゲルガルド伯爵は三十年ほど前から社交界を遠退き、皇帝ゴルディオスが即位した折すら代理人である執事を遣わせ祝辞の書状を渡しただけだった。
そうした経緯から伯爵自身がどのような状態であるか第三者は確認できず、接触しようとする者も伯爵領地と使用人達に阻まれ、謎の多い人物と言われている。
実質的にガルミッシュ帝国は、ローゼン公爵派閥とゲルガルド伯爵派閥で別れて対立を見せていた。
一方でベルグリンド王国も、王の後継者として第三王子ウォーリスが確実だと囁かれ始める。
第一王子と第二王子は七年前の敗戦から各派閥貴族達に見放されるようになり、振るうべき権力も金銭も乏しく立ち行かなくなっていた。
そして利を求める貴族達は第三王子派閥に自ら取り入るように加わり、第三王子ウォーリスを擁立する動きを見せる。
そのウォーリス王子自身も、務め交流していた領地で商い指揮する商業形態を大きく発展させ、輸出品と輸入品で他の追随を許さない大きな利益を得ていた。
主に畜産の動物や農作物の種子を輸入し、それ等を領地で繁殖させながら民衆に行き届く形で適正価格で売り、民の心と腹具合を満たしていく。
更に魔石を始めとした魔道具の導入も行い、苦しい民の生活を助けるように町や都市にそれ等を配置し、民衆の生活を大きく改善させた。
それ等は民衆にとって大きな支持を得るに十分な実績であり、また人当たりの良い好青年である事も伝えられ、多くの民衆から若き王の誕生を願われる。
第一王子と第二王子は人々の記憶から消えるように失脚し、今年はウォーリス=フォン=ベルグリンドが王都と王城へその身を赴かせると噂されていた。
そうした王国情勢の中で、エリクが率いる黒獣傭兵団の勇名は国内でも無視できない程に大きい。
七年前の帝国侵攻から今まで、黒獣傭兵団は幾多の戦場と多くの魔物の討伐で実力と実績を積み上げた。
そして王都の下町と貧民街の治安を黒獣傭兵団が支え、平民と貧民から確固たる信頼を得る。
更に傭兵団として若い人員も多く、各地からは黒獣傭兵団に憧れ入団を希望する者達が王都まで多く訪れていた。
そうした入団希望者達に対して、対応するのはワーグナーやマチスなどの傭兵団内の幹部達。
あまりにも多い入団希望者達に対してある程度の選別を行う為に試験を行い、それを満たせない場合には王都での黒獣傭兵団には所属できず、見所があり将来性を感じられる者に対してはマチス等が施す訓練を課していた。
しかし即戦力と呼べる入団希望者は少なく、そのほとんどが訓練課程に回されて、訓練に耐えられない者は逃げてしまう。
そうした状態にワーグナーは溜息を吐き出し、マチスと共にこんな話をしていた。
「――……種は、育てればちゃんとした実になる」
「え?」
「昔、おやっさんが言ってた。どんな奴でも、育てれば使えるようになるってな」
「そりゃ、そうっすね」
「だが、育ててる最中に枯れちまったり、荒らされちまったり、食われちまったりする。……まともに育って実になるのは、極一部だけだってな」
「なるほどね。……前年の入団希望者も、九割くらいは脱退っすかね」
「根性がねぇな。俺やエリクがおやっさんに鍛えられた時より、よっぽど優しくしてやってるってのによ」
「そういうのって、なんか年寄り臭いっすね」
「うっせぇ!」
四十歳を超えたワーグナーは、マチスのニヤけた笑いと言葉に冗談交じりに怒鳴る。
七年前には新生し若い黒獣傭兵団だったが、その主力を担う面々は主に三十代から四十代の年齢に達していた。
そして後続となる若者を育てる為に、ワーグナーは入団希望者達の中で素質が見える者達に訓練を施す事を考える。
このまま十年も経てば黒獣傭兵団の平均年齢は更に上がり、現在の主力を担う者達も年老いてしまうだろう。
それは年齢的にも戦力的にも危うくなる事を察しているワーグナーは、先を考えて若者達の入団と訓練による選別に重点を置いていた。
しかし蓋を開ければ、そのほとんどが逃げ出す者ばかり。
入団希望者のほとんどは黒獣傭兵団を名声を利用しようとする者や、憧れや理想を抱きながら来る者が多い。
そうした者達の入団希望理由を問わず、ワーグナーはガルドに鍛えられた際の訓練を入団希望者達に行うが、遅ければ一ヵ月、早ければ一日で逃げ出す者が出てしまう。
即戦力の入団も見込めず、訓練から逃げ出す者ばかりで呆れながらも危惧するワーグナーは、マチスからこう提案された。
「訓練の難易度、下げたらどうっすか?」
「……いや、ダメだ」
「どうして?」
「中途半端に鍛えたら、おやっさんが死んだ時の団員と同じ状況になりかねない」
「……確かに、そうっすね」
「俺やエリク、そしてお前がいなくても、ある程度は自分で考えて行動できるくらいの頭がある奴が欲しい」
「次のリーダーって事っすか?」
「まぁな。……今頃になって、おやっさんがどうして俺やエリクを徹底的に鍛えたか、気持ちが分かってきたぜ」
「?」
「俺も、あと十年もしたら五十を超えちまう。そうしたら、前線には立てなくなるだろう。立ててもきついはずだ。……そうなった時に、エリクや傭兵団を支えてやれるだけの人材が欲しい」
「なるほど……」
ワーグナーは先を考え、自分に代わる人材を求めている。
それを察したマチスは考えるように悩み、ある閃きを浮かべて口に出した。
「――……外の傭兵を雇うってのは?」
「外の? 外国のってことか」
「ええ」
「だが、外の傭兵って言ってもどうやって……」
「最近、大陸の南東の方にある港町で、傭兵ギルドっていうのが立ったらしいんっすよ」
「傭兵ギルド?」
「そうっす。そこには各国の傭兵達が所属して、仕事を探してあちこちを転々としてるらしいっすよ」
「ほぉ。んで、そのギルドから傭兵を雇い入れるって事か?」
「雇うってより、引き抜くって感じっすかね」
「引き抜く……。でもよ、この国で傭兵をやりたがる奴がいるか?」
「まぁ、そうっすけどね。でもダメ元で一度、その傭兵ギルドで王国で傭兵やりたい奴を探すのも有りかなって」
「ふーむ……」
マチスの提案にワーグナーは悩み、現在の状況と照らし合わせて思考する。
そして軽く鼻で息を吐き出しながら、ワーグナーは頷いた。
「――……分かった。とりあえずそれで探してもダメなら、他の手を考えるしかないな」
「じゃあ、俺が今度その傭兵ギルドってとこに行って、良さそうなのを誘ってみるっすよ」
「頼んだ。ただ、変なのは連れて来ないでくれよ? そういうのは、エリクだけで十分だ」
「ははっ、分かりましたよ」
二人はそう話し合い、外国の傭兵を引き込む事を実行する。
マチスは休暇と称して港のある東側へ向かい、船に乗って傭兵ギルドのある港町まで向かった。
そして二ヵ月後、マチスは十数人の傭兵達を連れて来る。
その全員が二十代と若く、マチスが選んだだけあり腕の実力に覚えのある者達が多かった。
その中に一人、ある人物も混ざっている。
色濃い赤毛をした長身の女性であり、両腰に大小の剣を携えた剣士風の出で立ちをした女傭兵。
その時の彼女の名は、ケイティルだった。
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