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螺旋編 四章:螺旋の邂逅

待ち伏せ

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 山猫の奇襲を受け、不穏な視線と雰囲気を感じるエリクとワーグナーの進言を受けたガルドは、山を下りる事を決断する。
 しかし命令を聞かずに渋る若い団員の幾人かは残り、今現在はガルドを含めて九名の黒獣傭兵団が移動していた。
 
 後ろからは現地むこうの傭兵団も付いて来てはいるが、急ぎ走るガルドの速度ペースに付いていけない者も多く、息を乱しながら夥しい汗を流している。
 その団員達を率いる団長が、ガルドに対して怒鳴るように伝えた。

「――……お、おい! ペースを少し落としてくれ!!」

「ダメだ! この場から一刻も早く離れるぞ!」

「な、なんでそんなに……!? 山猫の生き残りぐらい、アンタ等なら!」

「ただの山猫じゃねぇ!」

「!?」

「あの山猫やろう、兎を囮にしやがった!」

「え!?」

「普通の魔物程度が、あんな待ち伏せの知恵を働かせるワケがねぇ!」

「!!」

「それに奴は、喉を噛み切った後に冷静に逃げやがった。……あの山猫に指示している奴が、確実にいる!」

「か、考え過ぎじゃねぇか!?」

「考え過ぎるぐらいがいいんだよ!!」

 そう怒鳴り合いながら山道を下っていくガルドに、向こうの団長は怪訝そうな表情をしながらも団員達を気にする。

 そして急斜面を下る最中、向こうの団員が幾人か窪んだ地面に躓き、転倒してしまった。
 それに巻き込まれるように複数の団員も転倒し、向こうの傭兵団の足が止まる。

 それによって立ち止まった向こうの団長は、ガルドに再び怒鳴り伝えた。

「おい!」

「あ!?」

「少し待ってくれ! 立て直す!!」

「チッ、早くしろ!! エリク、ワーグナー、マチス。周囲をしっかり見てろ」

「了解!」

 後ろの状況を確認したガルドは、舌打ちを鳴らしながら仕方なく足を止める。
 そして三人に周囲の監視を命じたガルドは、睨むように向こうの傭兵団が立ち直す姿を苛立ちながら見ていた。

 その時、ガルド達が来た方角から異質な声が木霊こだまする。

「――……ギャアアアアッ!!」

「!?」

「な、なんだ!?」

「悲鳴!?」

「……あの、馬鹿《バカ》共め!」

 若い団員達や向こうの傭兵団は来た方角から聞こえる悲鳴に驚愕し、若い団員達は困惑し強張った表情を見せる。
 その中でガルドは怒りが宿った表情を見せながらも、声の主と状況を冷静に察していた。

 そのガルドは起き上がる者達を確認し、怒鳴るように伝える。

「急げ!!」

「え!?」

「で、でも。あの悲鳴は……」
 
「奴等はもう助からん!!」

「!?」

「俺等だけでも山を下りて、この事態を伝えるんだ!! でなきゃ、俺達も二の舞だぞ!!」

 そう伝えるガルドは、全員の同意を待たずに走り始める。
 それにワーグナーやエリク、そしてマチスは淀みなく後を追い、他の若い団員達も出遅れながら走り始めた。

「―――……ァァアアッ!!」

「!?」

「ひっ」

「だ、団長! どうすれば!?」

「チッ!! 行くぞ!!」

 事態を飲み込めず困惑する現地むこうの傭兵団だったが、更に聞こえる悲鳴を聞いて全員が異常事態だとようやく察する。
 それに対して舌打ちをしながらも、向こうを指揮している団長はガルドの後を追うように走り始め、それに団員達も追従した。

 一行は急斜面を急ぎ下り、時には飛ぶように着地して麓の町まで戻る事を急ぐ。
 しかし後方からは更なる悲鳴が聞こえ、戻る団員達は不安と怯えの表情を色濃くし始めた。

 そのせいか後ろを気にして足元を確認せずに転倒する団員達もいたが、それでも遅れながらガルドの後を追う。
 今の異常事態に対してガルドの判断こそが正しいのだと、この場の全員が思考を一致させていた。

 そのガルドは更なる悲鳴を聞き、憤りを宿すした表情で舌打ちしながら言葉を吐き出す。

「チッ! 奴等、あの馬鹿共を囮に使ってやがる!!」

「囮!?」

「俺達があの馬鹿共の悲鳴を聞いて、戻って来るように誘い込んでるんだよ!!」

「な……!?」

「ただの魔物が、そんな知恵を持ってるワケがねぇ!!」

 ガルドを追いながら話を聞いたワーグナーは、驚愕と寒気を感じて身震いする。

 動物が魔物に進化すると、確かに体格が大きくなり各種の能力が向上する。 
 しかし知恵は普通の動物と違いは見えず、むしろ力を付けたからこそ動物だった時のように知恵の無い力任せの行動をし易い。

 しかし今回、姿を見せた魔物の山猫は奇妙な動きを見せた。
 更に後ろで悲鳴を上げている者達を囮にするよう痛めつけている事からも、ガルドやワーグナーが知る魔物よりも遥かに高い知能を有している者が指揮している事が分かる。
 今までそうした事が起こらず、また経験もしていないワーグナーは、困惑しながらも気を引き締めてガルドを追いながら走り続けた。

 その時、同じく横を走っていたエリクが正面を見て表情を強張らせる。
 エリクは何かを察し、それを伝える為に隣で飛び下りて着地したワーグナーに声を掛けた。

「ワーグナー!」

「なんだ!?」

「前に、何かいる!」

「なに!? おやっさん!」

「!」

 エリクが何かを察知した事を聞いたワーグナーは、急ぎ前を走るガルドに声を掛ける。
 それに気付いたガルドは止まり、ワーグナーが見るエリクへ視線と顔を向けた。

「どうした!?」

「前に……いや、周りに!」

「!!」

 エリクが前を指さそうとした時、その手が止まって周りに指を向ける。
 その行動にガルドとワーグナーは驚き、後を付いて来ていた若い団員や向こうの傭兵団も息を乱しながら立ち止まったガルド達を見て困惑していた。

「ど、どうしたんだ……?」

「……囲まれたってことだ」

「え?」

 ガルドがそう呟きながら、木々と茂みに囲まれた周囲を見る。
 それを見様見真似で、他の傭兵団や若い団員達も見た。

「……!!」

 その時、木々と茂みを揺らすように擦れた音が鳴り響く。
 自分達の周囲に何かがいる事を察し、更にガルドが無言で右手を上げた事で、その場の全員が荷物を置いて武器を手に持った。

 そして数秒後、複数の山猫が姿を現す。
 全て三メートル程に成長している個体であり、先日の洞窟で倒した群れを率いていたと思われる山猫と同じくらいの大きさだった。

 しかし数は更に増え、合計でニ十匹に近い数がその姿を晒す。
 魔物の群れを統率できる程の個体がそれほどの数で群れて包囲している姿に、ガルドを始めとした傭兵達は驚愕の表情を晒した。

「な……!?」

「な、なんだよこれ……」

「山猫の、群れ……!?」
 
「でも、昨日やった奴よりも多い……」

「それに、デカい……」

 囲む山猫達の数と大きさに驚愕し、驚きの声を傭兵達が漏らす。
 しかし、更なる驚愕が彼等の目に飛び込んだ。

「……!?」

 囲む三メートルの山猫達の、更に後ろ。
 高い地面から姿を現した山猫達に、全員が驚愕する。

 合計で五匹、体格の大きさから四メートルを確かに超えている山猫達がいた。
 しかも通常の山猫が持つ茶色の毛皮ではなく、黒い斑模様がその毛皮に浮彫となっている。

 それを知る者達は、その黒斑の山猫を見て小さな悲鳴を呟いた。

「……あ、あれは……」

「斑山猫《オセロット》……!?」

「レ……下級魔獣レッサーより上の、中級魔獣……!?」

 目の前に姿を見せた五匹の正体に気付き、武器を持つ手を震わせる。
 それは騎士団や高い実力を持つ者達を多く動員しなければ討伐が出来ないと知られている、中級魔獣だった。
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