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螺旋編 四章:螺旋の邂逅

路地裏の影

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 娘と再会し、食堂で頼んだ食事を終えたワーグナーとエリクは、金銭を机に置いて席を立つ。
 そして店を出ようとする二人に気付いた娘は、扉を開けようとするワーグナーに声を掛けた。

「あ、あの!」

「ん?」

「え、えっと……」

「……そういえば、あんたの名前を聞いてなかったな」

「!」

「名前。前に俺は教えたろ? ワーグナーだって」

「あっ」

「もしかして、忘れてたか?」

「ご、ごめん……」

「いや、いいけどよ。それで、あんたは?」

「……マチルダ」

「マチルダか。……ここの鶏肉はやっぱ美味かったし、また来るよ。生きてたらだけど」

「……」

「じゃあ、元気でな」

「……そっちもね」

 そう笑いながら店を出るワーグナーと、少し寂し気な表情を浮かべるマチルダはその日の別れを告げる。
 エリクはその後を追うように店を出ると、同じように寂しそうな笑みを浮かべたワーグナーの表情が見えた。

 その時の二人は、まだ気付けない。
 食堂から出た後、二人を見ていた者達が追跡していた事を。
 
 必要な武具を購入し、食堂で昼食を終えた二人は表通りから離れ、傭兵団の詰め所へ戻ろうとする。
 その中で、エリクは思い出すように脇道を見て立ち止まった。

「……」

「――……あれ、どうした? エリク」

「いきたい、ところ。ある」

「エリクが行きたい場所? ああ、いいぜ。行こうか」

 珍しくエリクが自分の意思を伝えた事で、ワーグナーは小さく驚きながらもそれを受け入れる。
 エリクは脇道に入り、それを追うようにワーグナーも付いて行った。

 そうしてしばらく歩き、表通りから離れて人通りが少ない裏道が続く。
 昼間でも影が刺し込み暗い道がある場所を通りながら、二人は広々とした道へ出た。

 その道にある小さな門を通り抜けると、外壁に覆われたある空間へ辿り着く。
 そこにある物を見た時、ワーグナーは目を小さく見開く。

「……ここは……」

 ワーグナーが見たのは、王都内の隅に置かれた小さな墓地。
 その場所には小さな墓石が並び、埋められていた。

 その墓地に訝し気な目で見ているワーグナーを他所に、エリクは躊躇せずに中に入る。
 それを追うワーグナーも歩くと、エリクはとある墓石の前で止まって屈んだ。

 そして墓石の周辺にある雑草を抜き始めるエリクに、ワーグナーは首を傾げながら訪ねる。

「……何、やってんだ?」

「わからない」

「え?」

「ときどき、やってた」

「え? お前が?」

「ちがう」

「違うって、誰かがそれをしてたのか?」

「うん」

「誰が?」

「しらない」

「え……? 知らない奴がやってた事を、やってるのか?」

 エリクが意味の分からない言葉と行動をしている事を、ワーグナーは眉を潜めながら見ている。
 そうして雑草を全て抜き、墓地の片隅にある納屋の前にある小さな堀へ置いたエリクは、再びその墓石の前に来た。

 そしてエリクは手と手を合わせ、目を閉じる。
 その動作で何かを察したワーグナーは、不可解な表情を見せながらもエリクに尋ねた。

「……誰かの、墓なのか?」

「うん」

「誰のだ?」

「しらない」

「知らないって、なんで……」

「かいてある、なまえ。よめない」

「ああ、そっか。ちょっと待ってろ、俺が読んでやるから」

 そう言いながら歩み出て屈むワーグナーは、小さな墓石に刻まれた名前を見る。
 その名前を呟くと、ワーグナーの表情は少しずつ驚愕に変わった。

「えーっと、なになに。……『エリク』だって?」

「?」

「これ、お前の名前じゃねぇかよ」

「そうか」

「そうかって、お前……。なんで自分の名前が刻まれた墓石になんか……」

「……おれ、そだてた。じいさん、してた」

「爺さん……? お前の家族か?」

「わからない。ひろった、じいさん、いってた」

「……そうか。その爺さんは?」

「しんだ」

「死んだ後は?」

「へいし、もっていった」

「……そうか」

 ワーグナーはその時、エリクの生い立ちが初めて見えて来る。

 エリクは恐らく、その老人に拾われた子供だったということ。
 そしてその老人がエリクに名付けた名前こそ、この墓石に刻まれた人物と同じ名前だったのだろうということ。
 エリクはそうした事実を知らないまま、老人が時々していた行動を真似るか、手伝っていた事をやっているのだ。
 
 ワーグナーはそれを知り、渋い表情を見せながらもエリクを真似て手を合わせる。
 そして軽く目を閉じ、数秒後にはそれを解いて立ち上がった。

「……他に、何かやるのか?」

「いや」

「そうか。じゃあ、帰ろうぜ!」

「ああ」

 そう言いながらワーグナーは笑い、エリクの背中を軽く叩きながら墓地を出る。
 それがワーグナーなりのエリクの励まし方であり、少しエリクという子供の成り立ちを知る事が出来たからこその接し方だった。

 それから二人は路地裏を歩き、傭兵団の詰め所まで戻ろうとする。
 しかしそれを阻むように、二人を路地裏で挟む形で人影が歩み出て来た。

「!」

「……」

「――……へへっ」

 その姿が路地裏の影から明るみになった時、ワーグナーは強張った表情を浮かべる。
 それは軽装鎧を身に着けた王国の兵士達であり、それが前後を挟む形で二人ずつ出て来た。

 狭い路地で挟まれた二人は、互いに背中を庇うように立つ。
 狭い場所で戦う際の心得を団長ガルドから教わっていた事が役立つとワーグナーは思いながらも、相手が兵士であるという事が表情を渋くさせていた。

「おいおい。何の冗談だよ……」

「……さっき、聞いたぜ? 金をたんまり持ってるんだってな」

「!!」

「俺等にも分けてくれよ、なぁ?」

「ガキが金持ってたって、碌な事に使えやしないだろ?」

「へへへっ」

 下卑た笑みを浮かべながらそう告げる兵士達に、ワーグナーは表情を強張らせながら睨む。
 そして状況が理解できていないエリクは、ワーグナーに尋ねた。

「どうする?」 

「……相手は王国兵だ。俺等が迂闊に手を出して、アイツ等が変な報告でもしたら、お尋ね者にされちまう」

「たたかう、ダメ?」

「出来れば逃げたいとこだが、無理そうだな……」

 歩み寄って来る兵士達を見ながら、ワーグナーは必死に考える。

 例えこの数でも、エリクと自分ワーグナーであれば倒す事は出来るだろう。
 しかしそうなった時、この兵士達が後日にどのような行動に出るか分からない。

 下手をすれば、『王国兵を襲った傭兵』として犯罪者として扱われる事もあるだろう。
 それが災いとなって、黒獣傭兵団の全員に迷惑を掛けてしまうかもしれない。

 それがワーグナーには理解する事が出来たし、兵士達も相手が傭兵である事を理解しているからこそ強気の脅迫で金銭を要求して来る。

 本来ならば金を渡して見逃してもらう方が穏便に済むが、ワーグナーやエリクが持っているのは初めて傭兵として働いた報酬だ。
 それを渡す事は渋られたし、またエリクという強い存在がいる事が、ワーグナーに金を渡すという選択肢を渋らせていた。

 その時、ワーグナーが向いている兵士達の後ろから声が放たれる。

「――……ほっほっほっ。随分と治安が悪いのぉ、王国は」

「!?」

「誰だッ!!」

 兵士達はその老人の声を聞き、注目を向ける。
 そこには茶色の外套を羽織り、フードを被り顔を隠した中背の老人が佇んでいた。

 声と見た目の細さから老人であると察した兵士の一人が、怒気を含んだ声で威圧する。

「……なんだ、爺さん? このガキ共の仲間か?」

「違うのぉ。儂は単なる、旅人じゃて」

「旅人だと? だったら旅人らしく、観光でもしてな」

「しておったのじゃが、道に迷ってしまってな。兵士のお前さん達が見えたので道を尋ねようと思ったら、子供を脅して金を奪おうとしておるではないか。ベルグリンド王国の兵士は、粗暴な不埒者ということかの?」

「……なんだと?」

「事実じゃろ?」

「……どうやら、その生意気な口を塞ぐ必要がありそうだな。爺さん」

 感情を刺激された兵士の一人が、拳を固めて握りながら老人に迫る。
 そして怒り任せに殴り掛かった兵士だったが、老人は軽く回避して逆に殴り掛かった兵士の右腕を右手で軽く掴み、それを引いて兵士の体勢を崩すと、左手の手刀を兵士の首筋に落とした。

「――……うぇ?」

「おやすみ、坊や」

 そう呟く老人は笑みを浮かべ、手刀で昏倒させられた兵士は地面へ沈む。
 瞬く間に兵士を鎮圧した老人に、他の兵士達とワーグナーやエリクは驚愕していた。
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