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螺旋編 三章:螺旋の未来
生きた結果
しおりを挟む三十年の時を超えて再会を迎えたエリクとグラドは、力強く右手で握手を交わす。
エリクにとって半年にも満たない期間での再会だったが、それでも目の前のグラドが目に見える老い方をしている事で、三十年の時間経過を否応無く感じさせられていた。
それはグラドも感じていたようで、互いに手を離した後に口元を微笑ませながら話し掛ける。
「なるほど。報告通り、お前さんは若いままか」
「ああ。……お前は、白髪が増えたな」
「もう七十手前だからな。本当は十年くらい前に引退してたんだが、この状況だとそうもいかん。俺みたいな老いぼれでも、使わざるをえんのさ」
「……そうか。やはり、厳しいのか」
「ああ。……まぁ、辛気臭い話は後だ。お仲間達も、そこに座ってくれ」
グラドはそう話しながら、木箱を椅子代わりに同行しているケイル達にも座るように勧める。
そして気を効かせた副官が木箱に布地を被せると、そこに三人は座りながらグラドと向かい合う形で話が続けられた。
「……で、話に聞いているとは思うが。俺が首都防衛部隊の分隊長を務めてる、グラドだ。よろしくな」
「ああ」
「よろしくー!」
「そっちのお仲間も、昔見た時と変わらねぇな。……事情は西方海軍から報告で届いてたんだが、あれはマジか?」
「ああ。気付いたら、三十年後のこの世界にいた」
「そうか。世の中ってのは、色々と不思議な事も起こるんだな。……世界がこんなになっちまってる事を考えると、そう不思議でも無いか」
「……魔導国が、世界中に戦争を仕掛けている話か?」
「ああ。皇国の貴族制度が無くなって、王政から共和政になったのも驚いてたのによ。今度は都市が空に浮いてそこから兵器を送り込んでるなんて話、色んな意味でぶっ飛んでるぜ」
「……確かに、そうだな」
「俺等はそういう時代の流れみたいなモンを見て来たから、納得はしてるんだ。だがお前さん達からしてみたら、まだワケの分からん事が多いよな」
「ああ……」
グラドは報告に聞いていたエリク達が三十年前の世界から訪れ、この世界の混乱に巻き込まれて憔悴している様子を悟る。
それを諭しながら緩やかに話を進め、隣に立っている人物を改めて紹介した。
「そうそう。エリク、コイツを覚えてるか?」
「……港都市の戦いで、会ったか?」
「そう。お前さんがコイツを助けてくれたってのを聞いて、俺も驚いたぜ。……ヒューイだよ。お前さんが昔会った時に、チビだった俺の息子だ」
「!」
グラドは息子であるヒューイの背中を軽く叩き、エリクの前に歩み寄らせる。
そして敬礼しながらエリクと改めて対面するヒューイは、成長した姿を見せながら話し始めた。
「先日は窮地を救って頂き、ありがとうございます!」
「……そうか、あの時の子供か。三十年も経っているなら、確かにそうなるのか」
「はい! 三十年前にも、エリクさんに姉と共に救って頂きました。本当に、ありがとうございます!」
「いや……。……他の家族は、どうしている?」
そう尋ねるエリクの言葉に、グラドとヒューイが僅かに言い淀む。
その様子を一瞬で察したエリクは、表情を影を宿して俯いた。
「……すまない」
「いや、気にすんな。……丁度、俺が軍から引退して首都から田舎領地に引っ越した時に、空襲に遭ってな。腰と足を悪くしてた妻は、逃げ遅れた」
「……ッ」
「娘の方は、俺の部下だった男と結婚して首都で暮らしてた。……だが、空襲後に送り込まれて来る魔導国の兵器と戦って、夫だった男が死んだ」
「……」
「今は、疎開した集落で子供と一緒に暮らしてる。……この俺も、今は爺ちゃんなんて呼ばれてるんだぜ?」
「……そうか」
「このヒューイも、結婚してるんだ。嫁はヴィータと一緒に暮らしてて、子供もいる。……だからお前さんが助けてくれて、本当に良かった。ありがとう」
グラドは微笑みながらヒューイの背中を叩き、礼を述べる。
それにエリクは僅かな微笑みで返しながらも、救えなかった者達の事を思い出して表情を沈めた。
「……だが、助けられなかった者もいる」
「……ここで起きた戦闘の事は聞いてる。お前さんを送り届けた、西方艦隊のことだな?」
「そうだ。……彼等は、俺達を助けて死んだ。俺では、彼等を助けられなかった」
「……」
俯きながら話すエリクに、グラドは厳しい表情を浮かべる。
そして歩み寄ったグラドは、エリクの胸倉を掴みながら立ち上がらせた。
「!」
「エリク。死んだ奴等を、侮辱すんな」
「……!?」
「兵士ってのはな、守る為に戦ってるんだ。死ぬ為に戦ってるんじゃねぇ。……お前の言い方は、そいつ等の生き方を侮辱してるぞ」
「……」
「そりゃあ、お前は俺達より何倍も、いや何十倍、何百倍と強い。だから守れる奴等も多いし、救える奴等もいるだろ。……でもな、お前より力の無い奴等だって、守りたいモンがあるんだ。俺やヒューイを含めて、ここにいる兵士全員が、そういう奴等だ」
「!」
「そいつ等が守ったモンを、守ろうとしてるモンを否定して、貶めんな。……分かったか?」
「……ああ、すまない」
「よし、分かればいいんだよ!」
グラドはエリクの胸倉から手を離し、笑いながらエリクの背中を強めに叩く。
エリクは払拭しきれていなかった思いは、グラドの叱咤で答えを得たように感じた。
エリクはこの戦いで、助けられる者達を全て助けたいと思っていた。
それと同じように、戦い続けていた兵士達も自分達で助けられる者達を必死に助けようとした。
その結果、エリク達は僅かながらも兵士とそれに守られていた民間人を守り、そのエリク達を兵士達も守る。
しかし過程で艦隊が全滅してしまった事を後悔し続けていたエリクは、その後悔が艦隊の兵士達と司令官の思いを否定している事なのだと気付いた。
そして気付かせてくれたグラドに対して、口元を微笑ませたエリクが頷く。
落ち込んでいる様子だったエリクが僅かに気力を戻した事が分かると、グラドは椅子代わりの木箱に座って改めて話し始めた。
「……さて。本題だが、俺達がお前等を首都まで送り届けるよう命じられてる。異論とかは、無いよな?」
「ああ。……その前にグラド、聞きたい事がある」
「ん?」
「アリアが、三十年前に皇国に運ばれたらしい。アリアは、首都にいるのか?」
「……確か、俺を助けてくれたあの金髪の綺麗な子だよな? ……少なくとも、俺は知らんな。首都でもそれらしい子は、見た覚えがない。今も昔もな」
「そうか……」
「ダニアス議長やシルエスカ元帥だったら、何か知ってるかもしれんな。首都に着いたら、俺がお前さん等と一緒に連れて行って、聞いてみるさ」
「頼む」
「一応、ここに来てる首都の兵力を各方面に分けて、移動する避難民や兵士の護衛をしながら首都方面に向かう。急いで来た分、兵士達が結構疲弊してるんでな。部隊の振り分け方と休息時間も設けて、二日後の朝に首都へ向かい始めようかと思うが、それでいいか?」
「分かった」
「よし。そうと決まれば早速、各部隊との調整だ。俺、そういう話し合いとか事務的なのは苦手だから、副官殿に任せるぞ!」
「分かっております。分隊長殿」
エリク達に出発日時を伝えたグラドは、副官に事務的な事を委ねながら準備を行う事を決める。
そして各方面の救援部隊で話し合いが行われ、港都市から出る避難民達を受け入れる先を振り分けながら、生き残った港都市の兵力と共に各方面へ護衛できる兵力が再編された。
グラドの息子であるヒューイは、生き残った訓練兵達と共に違う都市へ向かう事が決まる。
それを承知したグラドは、息子と抱き合い背中を強く叩き、諦めずに生き残るようにと伝えた。
そして予定通り、二日後に各方面へ避難民と兵士達が移動し始める。
そして一台の戦車を同行させた荷馬車に乗る部隊が、エリク達と共に首都方面へ向かった。
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