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結社編 閑話:舞台袖の役者達

逃亡劇の裏側 (閑話その二十四)

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 新年が明けたガルミッシュ帝国に届くアリアの健在と活躍。

 ルクソード皇国に内在していた不穏分子の排除に一役を買い、更に不穏分子による皇都襲撃の際には襲撃者に対抗して皇都の民を救済したという報告が、兄セルジアスと皇帝ゴルディオスを中心に帝国貴族内に伝わる。
 更に未確認情報ながら、大国であるフラムブルグ宗教国が宣戦布告し、皇都へ攻め入ろうとした『黄』の七大聖人セブンスワンミネルヴァを、『赤』のシルエスカと共に協力し退けたという情報が、多くの者達を驚かせた。

 ローゼン公爵家からアリアが出奔した事件は、ユグナリスの謹慎処分と共にガルミッシュ帝国内部で帝国貴族達から知れ渡っている。
 そして女皇ナルヴァニアの病死が伝わると、帝国貴族達のどよめきは一層強いモノへと変化した。

 アリアがルクソード皇国の皇王となる血筋であり、兄セルジアスと並ぶ皇王候補者である事は帝国貴族達も知っている。
 そして父親であるクラウス亡き後、兄セルジアスがローゼン公爵家を継いだ事で、必然的にアリアが皇王後継者として唯一無二の存在となった。

 七大聖人セブンスワンと並び立ちルクソード皇国を救済したアリアの話が伝え広まる帝国貴族内部では、ルクソード皇国の次の皇王に選ばれるのはアリアだと囁かれる。
 そうした中で、帝都の城内である王室にて新ローゼン公爵セルジアスと皇帝ゴルディオスが密談を行っていた。

「――……あのアルトリア嬢が、こうも見事にやってしまうとは……」

「私も驚いています。兄である私自身、妹の実力を過小評価していました」
 
 互いに報告を聞いた二人は、思いもしないアリアの活躍に驚きを伝える。

 マシラでの騒動の一端も帝国に情報は届いていたが、それに関してアリアが強く関わるような報告のされ方はなかった。
 しかし昏睡し病床に伏していたマシラ王が目覚めたという報告には、セルジアスはアリアが関与している事を秘かに察している。

 それでも今回のような大々的に、そしてルクソード皇国の重鎮であるハルバニカ公爵家の御触れとして情報が届くという事態を、セルジアスもゴルディオスも予期する事は出来ていなかった。

「……皇国のハルバニカ公爵家。余の祖父方であり、君の曽祖父にあたる家から帝国へこれ等の情報が発信されておるが……。これをどう見るね? セルジアスよ」

「ハルバニカ公爵家は次の皇王を求めています。そして新たな皇王に、アルトリアを選び推している。そういう事でしょう」

「やはりそうか……。しかし、アルトリア嬢は出奔した身。それが叶うであろうか?」

父上クラウスはアルトリアの出奔を承諾したわけでも、命じたわけでもありません。ルクソード皇国側から見れば、アルトリアはまだ皇王候補者としての資格を有しているという事でしょう」

「……そして、この確認か」

 ゴルディオスは机に置いていた一枚の書状を、セルジアスにも見せる形で広げる。

 そこに書かれていた内容を短的に述べると、同じ候補者であるセルジアスがルクソード皇国へ赴き、皇王になる気はあるかという質問が書かれていた。
 今回、二人が密談という形で王室にて面会している理由は、この書状が届いたからでもある。

「セルジアス、君の意見を聞きたい。これにどう応じる?」

「私はローゼン公爵家を引き継ぎました。それを放棄し私まで皇国へ赴き、皇王候補者として名を挙げてしまえば、ローゼン公爵領と各同盟領の結束が途絶えます。ここは、辞退を伝えるのが最善かと」

「そうか。しかしそうなると、いよいよアルトリア嬢が次の皇王となる。君はそれで良いのかね?」

「妹が私より立場が上になる事で、嫉妬してしまうのではという御心配でしょうか?」

「君を貶める意味で言うのではない。……若い頃の余にも、優秀な弟に何度か劣情を抱くこともあった。そうした僅かな不満も、抱く事は無いと言えるかね?」

「そういう不満や不安は、既に子供の頃に失せました。妹と自分の才能の差に関する悩みは、既に克服済みです」

「そうか。……つまり、アルトリアがルクソード皇国の新たな皇王となるか。余は姪御が上役となる事に、些か複雑さを感じてしまうな」

 ゴルディオスは過去を思い出し、優秀な弟と比べられていた頃を思い出す。
 そしてアリアとセルジアスにも幼少時と僅かな衝突が存在し、それに対する耐性が備わっている事を確認した。

 そしてゴルディオスの複雑な心境を察したセルジアスは、それに対して意見を述べる。

「ゴルディオス皇帝陛下。その心配は不要かと思われます」

「どうしてかね?」

「恐らくアルトリアはハルバニカ公爵家の思惑には乗らず、皇王になる事を拒むでしょう」

「!」

「今のルクソード皇国は全盛期の輝きを表面上は保っていますが、女皇ナルヴァニアの専横に伴う各所の軋轢で、皇国の基盤となる者達は崩れかけている。ルクソード皇国の内情を知ったアルトリアが、それに乗じて皇王になるとは考え難い」

「ふむ。……しかしハルバニカ公爵家は、アルトリア嬢を引き止めておる。それはアルトリア嬢自身が、皇王へ選ばれる事を承諾したとも考えられぬか?」

「未確認ながらも、前年の内にルクソード皇国に対してフラムブルグ宗教国とホルツヴァーグ魔導国の二国が同時期に宣戦布告を告げたとか。ハルバニカ公爵家はルクソード皇国を存続させる為に、各同盟国や傘下国、更には皇国内の貴族達との団結力と連携を強める存在が必要になる。その支柱として、アルトリアの存在を宣伝しているのだと考えられます」

「つまり、これはハルバニカ公爵家の独断による宣伝であり、アルトリア嬢は皇王になる前提で事を拡げていると。そしてアルトリア嬢は承諾する気はないと、君は思っているのか?」

「はい。仮に皇王になったとしても、すぐに皇国に嫌気が差して抜け出すでしょう。あのアルトリアが『上』に立ち実行を強要する事を、『下』に立つ皇国貴族達が快く了承するはずもありませんから」

「なるほど……。君がそれほど言うのであれば、そうなのだろう。……そうなった場合、どちらにしても皇国は間違いなく混乱に陥るのだろうな」

「はい。その余波を受けない為にも、私は帝国から離れるわけにはいきません。下手をすれば、皇国内で新たな戦乱が起こり巻き込まれかねない。その戦乱の流入を未然に防ぐ事が、私の役目だと考えます」

「……分かった。この書状の返事と共に、その対応も君に任せる。ローゼン公爵」

「御命令、謹んで御受け致します。皇帝陛下」

 ハルバニカ公爵から届いた書状を渡すゴルディオスは、改めて皇国内で起こる問題の流入を防ぐ事をセルジアスに命じる。
 それを受け取り承諾したセルジアスは、一礼し頭を上げた。

 そんな厳かだったゴルディオスが、少し悩む表情を浮かべる。
 それに気付いたセルジアスは、気付きに身を委ね口を開いた。

「何か、気掛かりでも?」

「……セルジアスよ、余は思うのだ。クラウスはこうなる事を承知で、アルトリア嬢が出奔する事を許したのか?」

「許した、と申しますと?」

「余の知る弟は、勇猛な将軍であり常に先を考え行動する策士でもある。そんなクラウスが娘であるアルトリア嬢に逃げられ、マシラへの渡航を防げなかったと聞いてから疑問を抱いていた。アルトリア嬢が優秀故に、取り逃がしたのではとも考えていたが……」

「……」

「だが君の話を聞いて、僅かな確信を得た。これをクラウスが予期していたからこそ、自分の死を宣伝するよう伝えたのではと考え至った。違うかね?」

「……御明察、恐れ入ります。陛下」

「やはりか」

 不可解に悩んでいたゴルディオスは、セルジアスの答えを聞いて納得の表情を示す。
 その種明かしとして、セルジアスは父親であるクラウスの思惑を伝えた。

「父上は帝国内の貴族派閥に、皇国の女皇ナルヴァニアが手を伸ばしている事を見抜いていました。そして彼等が時期を見て内乱を起こし、次の皇王候補者に成り得る私やアルトリア、そして皇子ユグナリスを抹殺する事を察していた」

「!」

「その企てを防ぐ為に、ユグナリスとアルトリアの学園に通わせそれ等に近付く不穏分子を炙り出し、その繋がりから反乱勢力の人材を削る事に始めは尽力しておりました。……しかしユグナリスの茶番とアルトリアの逃亡で、当初計画していた予定が大きく狂いました」

「……」

「父上は始めこそ、アルトリアを連れ戻しユグナリスと共に領地へ幽閉する事を考えていたようです。しかしどういう心変わりか、それを中断してアルトリアの逃亡を邪魔する事を止めた。そしてベルグリンド王国の侵攻に伴い、計画の変更しました。父上自身が率いる領軍を囮にし、ベルグリンド王国の侵攻に乗じた反乱貴族が決起する時期を早めたのです」

「!」

「そして敵の逸りと味方の団結力を高める為に、父は自分が囮になる事で死亡したという報告を私達に行わせた。それに関しては、また別の思惑もありました」

「別の思惑……?」

「女皇ナルヴァニアが最も警戒していたのは、恐らく父上クラウスです。そして父上の死を聞いて次に警戒するのは、父上の子供である私とアルトリア。その片方の私がローゼン公爵家を継ぎ、帝国の内乱とベルグリンド王国の侵攻で忙しく動き回る事を聞けば、女皇ナルヴァニアは最も近しい場所にいるもう一人を警戒するでしょう」

「……アルトリア嬢か?」

「はい。皇王後継者の筆頭となったアルトリアがルクソード皇国の大地を踏めば、間違いなく女皇ナルヴァニアはそちらに注目し警戒を抱きます。そしてアルトリアの実力であれば差し向けられる刺客を退け、ナルヴァニアの陰謀を破り逆撃する事が出来るかもしれない。そう父上は考えていたのだと、私は思います」

「……クラウスがそこまで考え、アルトリアを逃がしたと?」

「はい。……仮に父上が生存したまま反乱勢力を退け、女皇ナルヴァニアが今回のように失脚し病死として扱われた時。ハルバニカ公爵家は私とアルトリアのどちらかを皇王候補者として招集する事を求めたでしょう。ルクソード皇族の血を継ぐ者は少ない今、男である私が筆頭候補になる可能性も高かった」

「……確かに、そうであろうな」

「そして今、父上は私にローゼン公爵家を引き継がせた。更に内乱やベルグリンド王国との情勢下で、流石のハルバニカ公爵家も私を指名し皇王へ選出する意向を突き付ける難しい。ならば容易な立場となったアルトリアを新たな皇王として上へと立たせる方が簡単だと、考えるでしょう」

「……クラウスの死を早々に伝えた理由は、あのナルヴァニアの油断による失脚を狙い、新たな皇王選出で生じるこの国への内政干渉を防ぐ事が目的であったと……?」

「その通りです。陛下」

 ゴルディオスの疑問にセルジアスは返答し、父クラウスの真意を伝える。

 女皇ナルヴァニアの暗躍はルクソード皇国のみならずガルミッシュ帝国にも及び、残るルクソードの血を絶やす為に反乱の機会を窺い続けていた。
 それを阻止する為に動いていたクラウスは息子セルジアスと共に反乱勢力の割り出しと戦力と人材を削り切りたかったが、娘アルトリアの逃亡を気に事態の展開が急速に進む。

 反乱勢力への割り出しを諦めたクラウスはベルグリンド王国の侵攻を利用し、逆に自分を囮にした反乱勢力の決起を更に早めた。
 そして王国の侵攻に暗躍していた反乱勢力は予想通りに決起し、クラウスとセルジアスを殺す為に王国軍と各領軍で包囲網を築く。
 その戦いにおいてクラウスは自身が死んだという情報を大々的に伝えるよう託し、ルクソード皇国や反乱勢力に対する思考誘導を行わせた。

 それを聞いたゴルディオスは椅子に背中を緩やかに預け、眉間の皺を増やしながら呟いた。

「……確かに、クラウスならば考えよう。アルトリア嬢という鳥を逃がす代わりに、投じられる石を弾く策を練っていたということか」

「はい」

「頭の中に掛かる靄が、これで晴れた。……クラウスの捜索はどうなっておる?」

「大陸の主だった場所は調べましたが、父上らしき人物の情報は得られませんでした。更に反乱貴族達を捕らえ尋問も行いましたが、父上を捕らえたという情報は無い。考えられるのは、ベルグリンド王国側に捕らえられたか、襲われた際に大陸南部の樹海まで逃げ込んだか。そのどちらかと」

「そうか……」

「あるいは引き延ばしているベルグリンド王国の和平交渉に、相手方の取引として父上の話が出るかもしれません。少し王国側へ探りを入れようと考えておりますが、宜しいですか?」

「そうしてくれるかね」

「ハッ。それと、春には南部の樹海へ捜索隊を向かわせようと思います。それに関して例の傭兵団に任務を委ねようと考えていますが、それも宜しいですか?」

「アルトリア嬢に付き従うエリクなる男がいた、あの傭兵団か。敵にすると厄介であったが、今は味方側に引き込めたのは僥倖と云うべきか」

「まだ油断はできません。私の考えでは、彼等の中に例の組織に関わる者が紛れ込んでいる可能性も高いかと」

「それにも関わらず雇ったのかね?」

「ベルグリンド王国の英雄、傭兵エリクを貶める事を企てた裏切り者を探し出せ。それが父上が私に残した、最後の宿題です」

「そうか。……では、頼む」

「ハッ」

 話を終えたセルジアスは、王室から退席する。
 その背中を見送るゴルディオスは、弟クラウスの面影をその息子に重ねた。

 クラウスが育てた二人の子供は、それぞれが父親の気質を受け継ぐ。
 息子セルジアスは冷静沈着な部分を、娘アルトリアは勇猛果敢な部分を受け継ぎ、それぞれが別の場所で父親のやり残した事を解決し、次の時代の足掛かりを作っている。

 それは父親という立場を同じくするゴルディオスにとって、父親としての本懐だと思えた。 
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