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結社編 閑話:舞台袖の役者達
祝宴の終わり (閑話その十九)
しおりを挟む捕らえたミネルヴァと三十名弱の神官達は、猿轡と手足を拘束された状態で皇城内の庭園へ集められた。
その周囲を『皇国騎士団』と『赤薔薇の騎士』が固め、ダニアスやシルエスカはフォウル国の使者三名と共にその場に控えている。
そして指揮するダニアスは、使者であるタマモへ問い掛けた。
「――……そちらの御要望通り、ミネルヴァを含める神官達を全て集めましたが……」
「ありがとねぇ。こんくらいしか来んかったん?」
「百名余りの神官達が攻め込んできましたが、三割近くは戦闘で死亡し、生き残りを捕らえようとした際に口内に仕込んでいた毒で自害しようとした者達が居た為、ここにいる半数以下しか生き残っておりません」
「相変わらずやねぇ、あの国も。でもそれだけ殺ったんなら、この国も被害はそれなりやったんやろねぇ?」
「いいえ。彼等の侵攻に対して、こちらの被害は何もありません」
「あら。そこの赤い子と、あんさんだけでやったん?」
「こちらで雇った傭兵達が、彼等の迎撃と捕獲に協力してくれました」
「そうなんやね。なら、その傭兵はんはあんさん等より強いんやねぇ」
「!」
「ミネルヴァ。あの子はこの百年間、干支衆と一番戦り合うてる聖人やからね。あんさんやそこの赤い子が二人で掛かっても、逆立ちしたって勝てへんやん」
「……ッ」
タマモの話す言葉に対して、後ろで横で並ぶシルエスカは表情を強張らせた。
しかしその発言自体は事実を突いている為に、シルエスカは反論も何も述べずに睨むだけで気を治める。
それに気付きながら微笑むタマモは扇子越しに微笑み、ダニアスとの話を続けた。
「その傭兵はん。もしかして噂の子達やの?」
「……噂とは?」
「聖人と魔人が一緒になって旅してる言う、面白い噂ですわ。ここに来たんやろ?」
「……」
「隠さんでもええのに。今は何処に居るん? 少し挨拶したいわぁ。ねぇ?」
「強い魔人もいるなら、挨拶したいね!」
「うむ」
フォウル国の使者達が噂の傭兵達に興味を示し、ダニアスにその居所を聞こうとする。
それに対して解答を求められるダニアスは、張り付いたような笑みで伝えた。
「残念ながら、彼等は一ヶ月ほど前にこの国を出立しました」
「あら、残念やわ。何処に行ったん?」
「それは私達にも分かりません。彼等は行き先を伝えずに旅立ちましたから」
「そうなん? 残念やわぁ。『牛』の子を負かしたいう子達にも、会いたかったんやけどねぇ」
「残念だね!」
「うむ……」
ダニアスは使者達の質問に対して、真実で答える。
アリア達はルクソード皇国の面々に行き先を伝えずに旅立った。
しかしマギルスの話やアリア達の動向を聞いているダニアスは、彼等が大陸の西側を目指している事を察している。
そして次の行き先は、大陸が隣接しているフラムブルグ宗教国やホルツヴァーグ魔導国の支配大陸ではなく、砂漠の大陸だという事も察していた。
敢えてアリア達の行く先を察するダニアスはその情報を伏せ、その話題を変えるようにミネルヴァを含む神官達へ視線を向けた。
「それで、彼等をどのように国へ送還させるのでしょうか?」
「ああ、そうやね。さっさと終わらせましょか」
ダニアスは話を戻し、ミネルヴァ達を自国へ送還する手段を尋ねる。
使者である彼等は三名でしか訪れていない。
外に移送手段や人員を用意しているかと思えば、それらしいモノが皇都周辺には存在しないのだ。
だからこそダニアスや皇国騎士達は始めこそ不審に思ったが、使者である証明としてフォウル国の紋章である鬼模様が刺繍された襷を身に付けている。
そして微笑むタマモは同じ使者である『申』の少年シンに紙札の束を渡し、それをミネルヴァ達の周囲の地面へ置き始めた。
それを見るダニアスは、横に佇むタマモに訊ねる。
「あの紙は? それに彼は、何をしているのです?」
「ええから見とき。それと、騎士さん達は離れたほうがええで」
「……?」
タマモの助言を聞き、ダニアスは老執事の将軍に視線を向けて包囲している騎士達を下げさせる。
そして紙札を円形状にして貼り終えたシンを確認したタマモは、口元を隠す扇子を畳み先端をミネルヴァ達に向けた。
「それじゃあ、飛ばしますぇ」
「!?」
タマモがそう述べた瞬間、紙札に記された黒い文字が突如として光を放ち始める。
そして円内に収まっている気絶するミネルヴァと神官達の周囲に魔力の光が集中し、凄まじい光を放ち始めた。
「これは、まさか……!?」
「転移魔法……!?」
「違います。これは空間転移や」
「!?」
ダニアスとシルエスカが驚きを浮かべて呟き、それをタマモは微笑みながら否定する。
そして紙札を触媒とした魔術が発動し、ミネルヴァ達は光に完全に包まれた。
凄まじい発光から十数秒後。
ダニアスやシルエスカ、そして老執事と騎士達は瞳を開けて光が収まる景色を見つめる。
そこには庭園の地面の一部を円形状に切り取った光景と、そこに居た三十名以上の神官とミネルヴァが姿を消失させていた。
それに驚くダニアスは、タマモに顔を向けて訊ねる。
「これは……!?」
「言うたやろ? これは空間転移。うちの魔符術や」
「魔符術……?」
「人間の魔法師も魔石を使うて魔法の触媒にしてはるやろ? それの魔術版や」
「触媒を用いた魔術が……。しかし先程の紙が、魔石のように魔力を内包しているようには見えませんでしたが……」
「何言うてるん? 紙に魔力は込めてへんよ。込めてるのは『文字』の方やね」
「文字に……?」
「人間が使う魔法はややこしい式や構築理論や言うて、魔力のある魔石に魔法陣を刻んで魔力を循環させようとするけど。うちの魔符術は、文字に魔力を込めて札に書いてるねん」
「……!?」
「だから札がどれだけ離れとっても、うちの魔力に反応した魔符が魔術を行使する。これがうちの一族が代々伝えてきた、秘伝魔術や」
「……秘伝と呼ぶほどの物を、そんな簡単に見せて教えても良いのですか?」
「何言うてますん? 誰も真似できへんからこその、秘伝やで」
「!!」
「人間には勿論、普通の魔人や魔族も真似できまへん。似たようなのはアズマの国にあるけれど、あれは性質が全く違うもんや。魔符術が出来るんは、妖弧族だけですわ」
そう話しながら、タマモは扇子を広げて再び口元を隠して微笑む。
それを聞いていたダニアスとシルエスカは、驚きと共に再び空間転移された場所を見た。
本来、人間の四大国家が行う緊急時用の転移魔法は人数が極少数に限られ、更にそれを行使する為に大多数の魔法師を必要とする。
単独での転移魔法を可能としていたのは、一部の七大聖人のみ。
それでも防壁無しでは転移時に通り抜けるという時空間に肉体が耐え切れず、生命の危険性もあるのが転移現象の特徴でもある。
それをたった一人の魔人が、易々と三十人以上を一度に転移させた。
その事実はダニアスやシルエスカを驚かせるに十分だった。
「さて、仕事も終わったし。うちら、祭り見てきてええ?」
「え……?」
「今、祭りやってるんやろ? だったら回ってみたいわぁ。姫様にも御土産を買うて行きたいし」
「僕も見たい! 買いたい! 食べたい!」
「うむ」
「は、はい。それでは、案内に誰かを……」
「要らんよ。祭り堪能したら、うちらはすぐ帰るさかい」
「えっ。そのまま、お帰りになるんですか? こちらで宿泊などの御用意はしていますが……」
「見たやろ、うちの空間転移。あれ使えばすぐ国には帰れますもん」
「そ、そうですね……」
祭りの話題に変えたタマモは、ダニアスの疑問に即答する。
そして他の二名に顔を向け、微笑みながら使者であるはずの三人は祭りに興じる話をし始めた。
「国の外に出るん、数十年振りやからなぁ。人間の祭りもどんな風に変わっとるか、楽しみや」
「僕、美味しい物を食べる!」
「うむ」
「無理ちゃう? 人間の国やし、魔人が美味しい思う食べ物は無いやろ」
「そういえばそうだった!」
「うむ……」
「残念がらんと。御土産いっぱい買うていこか。姫様、喜ぶで」
「だね!」
「うむ」
そう話しながら庭園から離れて行く三人は、皇城から去ろうとする。
それを慌てて追うダニアスとシルエスカは、外までの案内を務めた。
そして三人を連れてダニアスは皇城の外まで出ると、一人の騎士を付けて流民街まで案内するように指示する。
その気配りに応じたタマモは、微笑みながらダニアスに礼を述べた。
「ありがとさんね。それじゃあ、うちらはこの辺で」
「はい。どうぞ、お気をつけてお帰りを」
「それは心配要らんね。ほな」
「じゃあね!」
「さよなら」
タマモを含む三人の魔人は、そうして皇城から去っていく
奇妙な緊張感と驚きの連続で、精神的な疲弊を見せたダニアスは小さな溜息を吐き出した時、タマモだけが振り返り微笑みながら質問をして来た。
「……あ、そうや。一つ、個人的に訊ねたいことがあったんやけど、聞いていい?」
「何をでしょうか?」
「うちに似とる、クビアっちゅう子を知らん?」
「私が知る限りでは、聞き覚えの無い名前ですね」
「そうなん? 残念やわぁ」
「クビアという方は、貴方の御家族ですか?」
「双子なんやけどね。うちが姉で、あっちが妹。五十年ちょっと前に国を出たらしいんやけど。それから行方が分からんのよ」
「……もしや、【結社】に所属しているとか?」
「あるかもなぁ。うちみたいに出来が良うないから、死んでしもとるかもしれんねぇ」
「妹さんが、心配なのですね」
「いいや、ちゃうで?」
「?」
「死んどるなら別にええんよ。でも生きて近くにおるなら、うちがきっちりトドメ刺さなアカンからねぇ」
「!?」
「それじゃあ、おおきに」
そう微笑むタマモは背中を見せ、待っていた二人と共に流民街の祭りへ繰り出す。
それを見送るダニアスとシルエスカは、最後に見せたタマモの冷たい笑みに寒気を引き起こされた。
フォウル国から訪れた魔人の使者達。
三名がそれぞれに強い個性と力量を見せつけ、更に人間や聖人とはまた違う別種の生き物だということを、否応なく理解させられた。
そして皇都の祭りは夜を迎え、フォウル国の使者達が皇都から出た事が伝わる。
こうして『黄』のミネルヴァと神官達はフラムブルグ宗教国へ送還され、戦争を回避させる事に成功したルクソード皇国は最後に催した祭りを終えた。
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