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南国編 三章:マシラの秘術

偽りの仮面

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確実にケイルの後ろ首は捉えられ、
エアハルトの牙に食い千切られたと思われた瞬間。

ケイルは首に纏う黄色の外套を素早く脱ぎ捨て、
人狼の牙は外套のみを食い千切った。
そしてケイルは腰に収めた長剣を引き抜き、
外套の布を噛み締めるエアハルトの首を狙った。

あと数ミリで長剣の刃がエアハルトの首に届く時、
その場に怒声が響き通った。


「そこまでだ!!」

「!」

「……」


首に刃を付け止めたケイルと、
止められ硬直したエアハルトは、
互いに瞳を動かし、同じ方向を見た。

怒声の正体は、闘士長ゴズヴァール。
その傍にはマギルスを連れて歩きながら、
ゴズヴァールは歩み寄りつつ告げた。


「ケイティル、剣を引け。お前達の企みは果たされた」

「……」

「エアハルト、お前の負けだ。いや、我々の負けだ」

「ゴズヴァール、何故……!?」


ゴズヴァールの言葉を聞き、
驚きと疑問を漏らすエアハルトを他所に、
ケイルは長剣を引かせて鞘に収めた。
そのケイルを睨みつつも、
エアハルトは苦悶の表情でゴズヴァールを見た。

ゴズヴァールはその返事として、状況を伝えた。


「ウルクルス王が目覚めた」

「!?」

「今から王の下へ、元老院と審問官を召集する。エアハルトは元老院の各々の下へ赴き、王室へ集まるように伝えろ。俺は王室に控え、待つ」

「どういう事なんだ、ゴズヴァール!?」

「これは王命だ。従え、エアハルト」

「……ッ」


ゴズヴァールの命令を理解しながらも、
自身が抱く感情と意思の捌け口の発散の場を失い、
エアハルトは苦々しく重い表情を浮かべた。

そしてケイルを一瞥して睨んだ後、
エアハルトは歩きつつ人狼の姿から人間に戻り、
その場から離れるように動いた。
しかしケイルの傍を通り過ぎる際、
エアハルトは小声で呟いた。


「……ケイティル、貴様は許さん。絶対に……」

「無能な貴方に憎まれたところで、負け犬の遠吠えとしか思えません」

「ッ!!」

「エアハルト!!」


ケイルの小声に思わず振り返ったエアハルトに、
容赦無くゴズヴァールの怒声が飛んだ。
エアハルトは歯を食い縛りながら、
怒りを収めずそのまま歩き出し、命じられた行動に戻る。

そうして離れて行くエアハルトを確認しながら、
ゴズヴァールはケイルに歩み寄り、
それに追従するマギルスも付いて行く。

その際にゴズヴァールは、
仮面を付けていないケイルの素顔を見て、
僅かに疑問の目を凝視させ、
近付くにつれて目の感情が驚きに変わった。


「……お前は、あの時の女……。……待て、お前は……」


暴走したエリクを静めたアリアと対立したゴズヴァール。
その間を割るように入り込んできた女の姿を、
ゴズヴァールは思い出した。

その時にケイルの顔を見ていなかったゴズヴァールだったが、
今になって確認して停止すると、
漏ゴズヴァールから驚きの声が零れた。


「……ケイティル。まさか、お前は……」

「無事に、王は目覚めたのですか」

「……ああ」

「そうですか。では、私の役目も終わりました。……今回の件、元老院の許可無く王宮へ踏み込んだ私一人が、処罰を受けるでしょう」

「なに……?」

「どうしました。私以外に何者かが侵入したという証拠が、何処かに存在するのですか?」

「……人形で侵入したのは、それが狙いだったのか」

「何を言っているか理解できませんが、私以外を処罰するのは不可能でしょう。証拠は、何も無いのですから」


ケイルは侵入者が自身のみだと言い、
ゴズヴァールは改めてアリアが人形で侵入した意図を掴んだ。

魂と精神のみ憑依させた人形のアリアが、
肉体をそのまま拘束された状態であると確認されれば、
今回の王宮侵入に際してアリアの関与は否定できる。
仮に人形を使用した憑依の魔法を指摘されたとしても、
偽装魔法での外見的特徴や持ち物は関与した証拠としては乏しく、
憑依者がアリア本人だとは断定し難い。

アリアは自身の施した術式を徹底して隠し、
マネキン人形に憑依して今回の出来事に及んだ。
アリア以上の魔法師でなければ、
マネキン人形を調べられない限り、
魔法式の解析と術式の使用者は特定すら不可能だろう。

故に、王宮に侵入したのは闘士である第四席ケイティルのみ。

アリアの罪状を増やさない為の工作行為さえ、
徹底して行っていた事をゴズヴァールは今になって認識した。


「……なるほど。考えたものだ」

「私を連行するなり、拘束するなり御自由にどうぞ。闘士長殿」

「……」


そう唆すケイルの言葉を受け、
ゴズヴァールは数秒ほど思考したが、
目を伏せて首を横に振りつつ、マギルスにも視線を向けた。


「マギルス」

「?」

「ケイティル」

「……」

「王が控える王宮内での戦闘を行い、王宮を破壊した罰は、後ほど受けてもらう。……だが、それ以外の罪は問わない」

「!」

「マギルスは自室にて謹慎しろ。ケイティル、貴様は俺と王の審問に立会い、今回の件を元老院に説明して貰おう」

「えーっ、僕だけ謹慎!?」

「……」


そう告げ押し通したゴズヴァールは、
マギルスに文句を垂れ流されながら、
部屋まで連れて行かせて謹慎させた。

ゴズヴァールはそのままケイルを伴い、
王室へ向かおうとした。
その際、ケイルはゴズヴァールに頼んだ。


「ゴズヴァール、自室に寄らせてください」

「何故だ?」

「予備の仮面を取りに」

「……何故、今まで黙っていた?」

「何の事でしょうか」

「お前を探す為に、ウルクルス王がどれほど苦心していたか……」

「何の事か、私には解りかねます」

「……」

「仮面を取りに行っても、宜しいでしょうか?」

「……ああ」


そう聞いてくるケイルに鼻で溜息を吐き出しながら
ゴズヴァールは無言で首を横に振った。

そしてケイルは自室に辿り着き、
予備の赤い外套と赤い仮面を被り付け、
髪と顔を完全に隠した状態になると、
ゴズヴァールと共に王室へ向かい始めた。

そうして歩きつつ横並びになりながら、
ゴズヴァールはケイルに対して聞いた。


「……もう一度だけ聞く。何故、黙っていた」

「何の事を言っているか、私には解りません」

「……しらを通すつもりか。……ならば言おう。ウルクルス王がまだ王子の頃。その頃から側仕えをしていた女官がいた」

「……」

「ウルクルス王子の懇意を受けて引き取られ、奴隷の女は女官としてウルクルス王子に仕えた。実情は、愛人としてだったが」

「……」

「その女官には妹がおり、奴隷となった際に姉妹が生き別れた事を知ったウルクルス王子は、前王である父親に頼み、その女官の妹を探させた。だが、何処を探してもその名の妹は見つからず、ウルクルス王となった時世には既に捜索は諦められていた」

「……」

「女官の妹の名はリディア。その女官より七つ幼い、同じ赤毛を持つ娘だったという。……ここまで聞き、何か言う事はないのか。ケイティル」

「私には、関係の無い話です」

「……お前が王宮に勤め出したのは、十年ほど前か。元老院の一人が腕利きの剣士だと伝え、王宮で衛兵をしていたのだったな」

「……」

「闘士として序列に加わったのは、確か五年前。その後に貴様は王宮から去りながらも、席に置かれ続けた。……丁度、女官が王の子供を身篭ったと知られ始めた時期だ」

「……」

「元老院からは、他国の偵察をお前に依頼したとしか教えられなかった。……どうして黙っていた」

「……」


そう聞き続けるゴズヴァールに、
ケイルはたた無言で居続けた。
返事の無いケイルにゴズヴァールは諦め、
そのまま王室へ歩み続ける中。

庭園が見える通路を通る際に、
その方角を見たケイルが立ち止まると、
ゴズヴァールはそれに気付いて立ち止まった。


「……どうした?」

「仮に、そのリディアという娘が身分と姿を偽り、この場に居たとして。その妹はこう答えるでしょう。『誰が教えるやるものか』と……」

「!」

「一国の王子の愛人となっている姉を見て、取り残され置いて行かれた妹がどのような気持ちになるか。考えられますか?」

「……」

「それを見た妹は、愛し合う王と姉を、そして探す事に従う周囲に者達に対してこう思うでしょう。『ふざけるな』と……。今更になってそんな姉と再会し、どのような感情と顔を向けろというのでしょうか」

「……ケイティル。お前は……」

「私はその女官の妹の心情を、私なりに解釈して話しただけです。私個人とは一切関係の無い話です」


再び歩み始めたケイルを見ながら、
ゴズヴァールはただ沈黙し、再び並び歩き出した。
それ以降、王室に辿り着くまでゴズヴァールとケイルは沈黙した。

そして王室に辿り着き、元老院と審問官の到着を待った。
訪れる者達を迎えつつ共に王への審問に立ち会った。

こうしてマシラ王と王子に纏わる事件は、
王宮内にて終息を見せ始めた。

マシラ王が目覚めた数日後。

迎賓館でアリアを拘束し留まるガンダルフの元に、
元老院からアリアに対する謝罪文と共に、
拘留からの解放が約束された書状が届けられた。
その書状の中には、エリクの罪状を全て不問にし、
拘束している地下牢獄からの解放も書かれていた。

こうしてアリアとエリクは束縛から解放され、
自由を手に入れたのだった。



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