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南国編 三章:マシラの秘術

王の帰還

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アリアと王子が共に意識を失ってから、
現世では十数分の時間が経過していた。

横たわるアリアと王子を見つつ、
眠るマシラ王にも意識を向けていたのは、
王室で待つ闘士長ゴズヴァール。


「…………」


アリアと王子がいつ戻ってくるか分からない中で、
ゴズヴァールは徐々に危機感を強めながらも、
ただ静かに待ち続けるしかなかった。


「……!?」


すると机の上に置かれた羊皮紙に変化が訪れ、
アリアの血で塗れた魔法陣が青白い光を放ち始めた。

その異変に気付いたゴズヴァールは、
反射に近い形で咄嗟に身構えると、
その青白い発光は数秒後に収まり、
ただ魔法陣の描かれた羊皮紙に戻った。


「……なんだ。何が起こった……?」


机に歩み寄り羊皮紙を確認したゴズヴァールは、
何が起こったのかを確認する。

魔人として確かな実力を持つゴズヴァールだったが、
魔法に関連した知識に一定の疎さを持つ為に、
アリアが施した魔法も、マシラ血族の秘術にも精通していない。


「――……ぅ……」

「!?」


その無知に後悔を感じる中で、
僅かな音をゴズヴァールは察知し、振り返った。

床に寝かされたアリアが顔を僅かに動かし、
隣で寝ている王子も指と腕が微かに動く。

気付いたゴズヴァールは屈み、
意識を取り戻した二人に声を掛けた。


「おい、戻ったのか!?」

「……ぅ……」

「おい!」

「……あー、うっさいわねぇ……。耳元で怒鳴らないでよ……」


ゴズヴァールの大声にアリアが文句を呟き、
上半身を起こしつつ意識を取り戻した。
隣の王子も瞳を開け、身体を起こして立ち上がる。

二人が意識を取り戻した事で、
ゴズヴァールは安堵の溜息を吐き出しながら、
気付くように眠るマシラ王の方を見た。

しかし、マシラ王にまだ覚醒の様子が見えない事で、
再び怒鳴りながらアリアに聞いた。


「王は、王はどうした!?」

「あー、うるさい。なに、まだ戻ってないの?」

「戻ってないとは、どういうことだ!?」

「だからウルサイっての。何ヶ月も魂と肉体が乖離してたんだから、魂が肉体に戻るのに手こずってるんでしょうよ」

「な、なんだと……!?」

「私達だって、向こうの世界で何年分と彷徨って、戻ってきたらコレなのよ。王様なんか、もっとやばくなってるのなんて承知の上でしょ」

「ク……ッ」


アリアが愚痴る言葉に返す言葉が無いゴズヴァールは、
マシラ王の眠る寝床まで歩み、マシラ王の様子を見た。

アリアも立ち上がりマシラ王の顔を覗き込むと、
少し考えながら呟いた。


「……衰弱した器としての肉体と、戻ってきた魂が不一致を起こさない為に変質してる。だから私達より、起きるのに時間が掛かってるようね」

「め、目覚めるんだろうな?」

「目覚めるわよ。目覚めなきゃ困るのは私なの」


そう呆れるように告げるアリアの言葉に、
ゴズヴァールは焦りながらマシラ王を見続けた。
起き上がった王子も父親であるマシラ王の近くに訪れ、
顔を覗き込むように近寄った。


「……お父さん……」

「な……っ。王子が、喋って……!?」


呟くように喋った王子に気付き、
ゴズヴァールが更なる驚きに苛まれる。
そこにアリアは呆れつつ、補足して話した。


「言ったでしょ。向こうの世界で私達は何年分と彷徨ったって。その子の精神性も成長したのよ。元から秘術のせいで偏った教育をされてたみたいだし。喋るのなんて普通よ」

「……」

「この子が正しく教育を施されて喋れてれば、私が誘拐犯ではないって主張出来たんでしょうけどね」

「……アレクサンデル王子は、幼い時から他者と接する事を苦手としていた。給仕や教育係を付けようにも、身を隠してしまい、普通に接する事さえ難しかった」

「そりゃあ、そうでしょうね。母親から引き離されて、父親である王様が自分に関心も示してくれなければ、捻くれてグレなかっただけ感謝しなさいよ」

「……どうして、その事を貴様が……」

「向こうの世界で聞いたわ。アンタ達がこの子の母親を蔑ろにした事はね」

「王子の前で、その話はやめろ」

「アンタこそ、忠義を果たす王様が愛した女さえ守らずに、偉そうにしてんじゃないわよ」

「……」


睨み見つめるアリアの鋭い瞳と言葉に、
ゴズヴァールは苦々しく厳かな表情を浮かべて睨み返す。

そうして対立する二人を他所に、
マシラ王を見ていた王子が呟いた。


「……あ……っ」

「!」

「お目覚めね」


マシラ王が眠り閉じた瞼の裏側で、
眼球の動きが確認して見える。
それに気付いた王子とアリア、
そしてゴズヴァールは王の覚醒を待った。

数分後。

マシラ王もアリア達と同じように目を開け、
現世に戻り意識を取り戻した。


「……戻って、きたのか」

「ええ、ここは現実よ。マシラ王」

「……アレク……。ゴズヴァール……。それに、アルトリア……」

「お父さん……」

「王よ……」


瞳を開けて顔を動かし、
自分を覗き込む者達の顔をマシラ王は呟いた。
ゴズヴァールは厳つい顔を僅かに喜びに変え、
王子も父親が目覚めた事に笑みを零した。


「ゴホ、ゴホ……」

「王よ、水を……」


咳き込み声を枯らせたマシラ王に、
ゴズヴァールが水を注ぎ渡す。
しかしアリアは二人と相反した、
厳しく鋭い視線をマシラ王に向けて話し掛けた。


「戻って来て早速だけど。話をしましょうか、マシラ王ウルクルス」

「何を言っている……。まだ王は目覚めたばかりだ、身体も弱りきっている。今は休む事が――……」

「黙りなさい」

「!?」


会話を中断させようとしたゴズヴァールに怒鳴り、
アリアは鋭く怒りを秘めた表情で、再びマシラ王に問い掛けた。


「マシラ王。アンタの起こした所業のせいで多くの人々が迷惑を被った。その責任を、果たしなさい」


その言葉を聞いたマシラ王は、
衰弱した身体の上半身を起こそうとし、
ゴズヴァールはそれを助けるように背中を手で支えた。

そしてマシラ王は、覚悟に近い落ち着きある表情で聞いた。


「……話してくれ。私が起こした事で発生した、出来事の全てを」

「ええ、話してあげる。その後始末も全て、貴方がやるのよ。いいわね?」

「……ああ」


アリアは鋭く冷徹な青い瞳をマシラ王に向け、
近くにある椅子に腰掛けて話し始めた。

今回の騒動で発生した、全ての出来事を。



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