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南国編 一章:マシラ共和国

不穏の報せ

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 南国の首都マシラに到着したアリアとエリク。
 そして新たに仲間に加わったケイルは、到着した商団と共に馬車を降り、マシラの首都に置かれた傭兵ギルドの前に辿り着いた。

 辺り一帯は既に夕闇に覆われ、夜に差し掛かる。
 その中で他の傭兵達やケイルとは一旦離れ、傭兵ギルドの内部まで同行を求められたアリアとエリクは、途中合流した【赤い稲妻】のジョニーとリックハルトと共に首都マシラの傭兵ギルドマスターに面会した。

 傭兵ギルドマスターの自室で迎えたのは、ドルフとは真逆な禿げ頭に口髭を生やした、黒く肌に焼けている大男だった。

「おう、リックハルト。お疲れ」

「お久し振りですね、グラシウスさん」

「【赤い稲妻サンダーレッド】も御苦労さん。報酬は受付に用意させてるから、受け取ってきてくれ」

 グラシウスと呼ばれたギルドマスターと挨拶を交わし、ジョニーに報酬の件を話して自室から離れさせた。
 ギルドマスターの自室にはグラシウスとリックハルト、そしてアリアとエリクだけが残された。
 三人に椅子に座るよう促したグラシウスが、口を開いて会話を進めた。

「とりあえず、ここの椅子に座ってくれ。……まず挨拶だ。俺の名前はグラシウス。このマシラで傭兵ギルドのマスターをしている」

「エリクだ」

「アリアよ」

「ああ、話はドルフから聞いてるぜ。羽振りの良い仕事だってことで、こっちにも後で分け前が届く予定になっててな。割の良い仕事をくれて、感謝してるさ」

 そうグラシウスは笑いながら話しつつ、アリアとエリクから視線を逸らしてリックハルトの方へ顔を向けた。

「リックハルト。遠路遥々、本当に御苦労だったな。こっちの大陸に上がってから何か異常はあったか?」

「そうですね。麦の値や野菜などがやや高騰しているのが気掛かりでしたが、それ以外は」

「ああ。お前が向こうに言ってる間に、ちょっとあってな」

「何か災害が?」

「例年通り。魔物と魔獣が冬の為に食べ物を掻き集め出したんだ。畑や運搬馬車が幾つかやられてるな。その分、傭兵ギルドにも魔物や魔獣退治の依頼が殺到してるのさ」

「なるほど。どうやらこちらで、仕事に困る事は無さそうですよ。二人とも」

 グラシウスとリックハルトに話題を振られ、代表するようにアリアが質問をした。

「グラシウスさん。私達は今後、傭兵としてここで活動する事を許されるのでしょうか?」

「ああ、このマシラを中心に活動する事は許可するぜ。何より、貴重で有望な【二等級】傭兵が二人も参加するんだ。お手並みを拝見だな」

「では、傭兵ギルドの制約以外は、特に制限を受ける事は無いと?」

「ああ。……いや、マシラだと他にも色々と取り決めはある。お前等、マシラ共和国の法はどの程度のことまで知ってる?」

「私は、外交上の関係で帝国公文で書かれている内容は熟知しています。エリクは知らないので、後で教えます」

「ああ。その事も含めて、今のマシラは内外の情勢で少し荒れててな。落ち着くまで、出来るだけ大人しくしといたほうがいいというのが、忠告だ」

「荒れている?」

「……そういえば、お嬢ちゃんは帝国のローゼン公爵家の娘だっけか?」

「そうですが……」

 それを聞いたグラシウスが悩みつつ、リックハルトにも目を向けた。
 グラシウスしか知り得ていない情報であり、南の国を離れていたリックハルトも把握していない情報を、この場で情報共有するか悩んだ様子だった。
 そして決断したグラシウスは、この場で話した。

「ふむ。まぁ、関係者ばっかりだし伝えておこう。……まず、ベルグリンド王国とガルミッシュ帝国で、戦争が始まった」

「!」

「ドルフの情報だと、情勢は始めこそ王国側が優勢だったらしい。帝国側が迎え撃つのに遅れて、幾つかの領地と村々が獲られたそうだ」

「……ッ」

「帝国側は迎撃する為の準備を整えるのに遅れたが、襲われそうな村や町からは住民達を避難させるのには、ある程度は成功したそうだ。そうした時に王国軍を迎撃する自領の軍を率いて相対したのが、ローゼン公爵家当主。クラウス=イスカル=フォン=ローゼン。あんたの父親だ」

「……お父様……」

「情勢は現状、互いに膠着しつつも帝国側が有利だろうってのがドルフの話だ。何せ、王国側は数こそ揃えてるが、実戦経験が乏しい民兵を率いてるらしいからな。帝国側ほど軍の錬度は洗練されていないだろうってな」

「……ええ、そうですね。それに今の王国には、【黒獣】傭兵団と主力であるエリクという脅威がいません。帝国は十分に迎え撃ち、王国に勝てます」

「ああ、ドルフも同じこと言ってたぜ。流石は帝国の元貴族様達だ」

 そう笑いつつグラシウスは話す中で、先程の話を思い出したように教えた。

「ああ、そうだ。それも物価の高騰に関係してるんだわ」

「……王国側が、戦争の為に南の国から物資を買い付けているんですか?」

「当たりだ。王国の商人共がこっちで物資を色々揃えて、自国に戻してるらしい。まぁ、航路を辿って持つのは極一部の物だけだろうがな。しかし、マシラ側も急いで関税費を高くして、こっちの物資を取り過ぎないように規制してるところだ」

「懸命な対応だと思います。マシラ共和国の政府は優秀ですね」

「ああ。だが、この時期ってのがマズい。魔物が活発に食料を集めだす時期だからな。芋なんかは幾らでも育つからマシなんだが、麦や米、それに鉄や塩胡椒も持っていかれると、数が少なくなってくる。その内、マシラ全体の鉄や食料物価は著しく上がるだろうな」

「……国自体に保有している食料の備蓄は?」

「それを開放するまではないと思うがな。最悪、帝国と王国の戦争が長引くと、吊り上げた関税でも構わずに王国側は金を集めて引っ張りかねん」

「……」

「今回の戦争。大局的に見れば質の高い帝国軍が勝ちそうに見える。だが、あと少しで訪れる冬を考えると、まだこっちまで手を伸ばしていない帝国側の食料が枯渇したら、戦争は王国側の勝利で終わる可能性も高いぜ」

「……ッ」

「出来るだけ早く戦争が終わってくれる事を祈るしかねぇな。こっちの食料を吸い上げ尽くすより早く、帝国が滅びるか。王国が打ち負かされるかを祈ってな」

 グラシウスが現状を伝え終わると、席を立って窓の外から見える夜の街並みを見ながら、次の情報を聞かせた。
 それに応えたのは、リックハルトだった。

「で、マシラ側だが。その王国と帝国との戦争に関して落ち着いた対応に見せてはいるが、ちと問題が起きててな」

「問題とは?」

「……実は、マシラ王が急病で倒れたって噂だ」

「まだ若い、マシラ王が……!?」

「まだ噂程度なんだが、傭兵ギルドでは確証に近い情報が届いてる。それでちと、面倒臭い事態が起こっててな」

「面倒な事態?」

「……マシラ王の唯一の息子、アレクサンデル王子が行方不明らしい」

「!!」

「傭兵ギルドでもアレクサンデル王子の行方を捜してくれって極秘依頼が、マシラの王政府から届いてる状態だ。これは内密にしておいてくれ」

「……まだ若いマシラ王の急な病、そしてアレクサンデル王子の行方不明……。まさか……」

「……というわけで、こっちも色々とゴタゴタ状態でな。出来るだけ、大人しくしといてくれると助かるわ」

 そうした会話をグラシウスとリックハルトが行う中で、エリクがアリアに小声で疑問を投げ掛けた。

「この国にも、王がいるのか?」

「マシラは少し前まで王制の国だったけど、同じ大陸の他国との共存を計って、各国と同盟を結んだ後に、民主的な要素を取り入れた国になったの。それがマシラ共和国。だから王様も、いるにはいるわ」

「王国や帝国と、何か違いがあるのか?」

「この国では王様を象徴的な存在で、政治的権限は持ってないの。代わりに政治的権利を有しているのが、政府を設立した【元老院】という組織。元老院は民衆の代表者が運営して、国の内政と外政を行う形にしてるのよ」

「元老院というのは、帝国や王国の貴族と同じ、支配者ということか」

「厳密に言えば同じようなものね。ただ王制と違って、元老院の半数以上の承諾が得られない限り、政治的な権限は執行できないようになってる。帝国や王国とは、異なる政治体制なのよね」

「……そ、そうか。凄いな」

「はいはい、後で詳しく教えてあげるから。……それにしても、あのマシラ王が急病ねぇ。少し胡散臭い話ね」

「君は、この国の王を知っているのか?」

「マシラは王制時代からガルミッシュ帝国とは協定を結んでるの。私が小さな時に、マシラ王が国の代表団を連れて帝国に来訪した時があったわ。その時に見たけど、伯父様に比べて若いなぁって印象は残ってるわね」

「そうか」

 自分達の出身国である帝国と王国の戦争開始。
 そしてマシラ王の不予と、その息子である王子の消息不明。
 マシラ共和国に訪れたアリアとエリクだったが、身体の休まりは得られても、心の休まりはまだ得られそうになかった。
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