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南国編 一章:マシラ共和国
新装備と旧装備
しおりを挟む人間大陸の中で西側に位置する、ベルグリンド王国とガルミッシュ帝国。
彼等の国全体の規模は数十万から百万単位であり、人間大陸全体から見れば、実は極めて小規模な国に当たる。
その中でアリアとエリクが目指す南の国マシラは、人間大陸の南西に位置する大陸に存在する一つの国であり、領土規模も人口規模も王国と帝国の人口を合わせても、倍近くに達する程の大きな国となっている。
その南の国マシラを目指すアリアとエリクは、リックハルトが率いる商団と傭兵達に連れられ、様々な村や町に寄りながら移動していた。
そんな町の一つで休息と補給を行う際、アリアとエリクは話した。
「豊かね。南方大陸の村々って」
「そうか?」
「来る途中、農作物を収穫する畑が多かったでしょ? 広大な土地で広大な農作物を収穫できれば、少なくとも食に関して民衆が細る事がないもの」
「そうなのか」
「市場も食べ物が多く売られてるし、高すぎず安すぎない良い値だ。それを民衆達が買えて生活出来てるって事は、仕事も多くあって金銭的にも食的にも生活が充実しているのよ」
「……そうだな。王国とは違うな」
「帝国とも違うわ。物流がしっかり整ってるのと、現地の収穫物がしっかり採れて保管出来てるんだわ。何より、魔道具が豊富なのよ。帝国でも開発は進んでいるけど、一般にこれだけ多く普及は出来るには、まだ十数年は掛かるかも」
「そうか。だから豊かなんだな、この国は」
「ええ。悔しいけど、帝国はこの国を一度は見て見習うべきね」
アリア達は立ち寄った町の市で興味深く売り物を見ながら、町の中を探索した。
その中でふと、アリアの足と視線が止まった。
アリアの視線の先には、服屋と防具屋を兼ねた店が存在していた。
しばらく立ち止まりエリクに視線を戻したアリアは、微妙な表情を浮かべて話し掛けた。
「……そういえば。服も防具もボロボロね、私もエリクも」
「そうか?」
「そうなの。特にエリクは、馬鹿の剣で燃やされた左手の篭手は爛れるし、ログウェルとやり合って防具には穴まで空いてるし。……樹海生活で他の服も傷んでるし、いっそ防具含めても買い換えましょうか」
「しかし、服も防具も高い。金が残り少ないと悩んでいただろう?」
「だからこそ、今の内に買うのよ。マシラは南方大陸の国の首都よ。物の値段だってそれなりに高いはずだわ。こういう御当地の防具や服の方が、首都より遥かに安くて性能も良かったりするのよ」
「そうなのか」
「さっ、あの店に入るわよ。拒否権は無いわ!」
「あ、ああ」
エリクは背中を押されながらアリアと共に店に連れ込まれ、服と防具をアリアの見立てで選ばれる事になった。
エリクの始めに着せて選ばれると、自然と黒く染められた布雉の服装と外套を用意され、魔物を素材とした黒い皮革の防具をアリアは選んだ。
「うん。エリクはなんだかんだで、やっぱり明るい色より黒い色が似合うわね」
「そうか。今回は、鉄の防具じゃなくていいのか?」
「ええ。黒鉄の防具は確かに硬いけど、エリクはよっぽどの相手じゃなければ、攻撃は避けるか受けきるでしょ?」
「ああ」
「だったら、少しでも身軽にできる軽い装備や服装が良いでしょ。そうすれば、エリクの速さだって上がるだろうし」
「そうか。なら、これにしよう」
「決まりね。後は予備の服と、私用の服と防具ね」
エリク用の予備の服を幾つか買い、アリアは自分の服選びに入った。
幾つかの服を選んで試着室に入って悩むアリアは、顔だけ外に出してエリクに聞いた。
「エリク、ちょっといい?」
「どうした?」
「これと、これ。私にどっちが似合うと思う?」
「白と、黒の服か」
「エリクに合わせて黒にしようと思ったんだけど、白も捨て難くて。でも白だと汚れや染みが目立つでしょ?」
「そうなのか」
「そうなの。かと言って、他の色だと地味過ぎるか目立ち過ぎるかもだし。だったらシンプルに、白か黒かなって。ねぇ、エリクはどっちが良い?」
「う、うむ……」
アリアの質問に目を閉じて数秒ほど悩んだエリクが、目を開けてアリアに伝えた。
「……灰色は、どうだろうか」
「灰色?」
「白と黒。両方混ざっている色だ」
「へぇ、理由は?」
「何となく、君には黒が似合わないと思った。白も、白過ぎるから違和感があると思った。だから、白過ぎず黒過ぎない、灰色が良いと思った」
「……ふーん。そっか」
「俺の意見より、君が好きな方で決めた方がいい」
そう伝えたエリクだったが、アリアは頭を引っ込めて試着室に入ると、数分後に出て来て新たな服装を見せた。
所々に意匠が入った服装で、色は灰色。
以前に着けていた胸当ての防具はそのままに、外套はエリクと同じ黒い物を選んではいた。
エリクの意見を参考に選んだアリアは、エリクに微笑みながら聞いた。
「どう、似合うかしら?」
「ああ」
「あっ、成長したわね。前は『似合ってるかは分からないが、戦う時には必要だ』なんて素っ気無く答えてたのに」
「そうだったか?」
「そうだったわよ。じゃあ、これにしましょ。他にも買って置くわ。すいませーん!」
そうして服を選んだエリクとアリアは、店員に声を掛けて服を購入した。
全て購入して、銀貨七十枚分。
それを金貨一枚で購入したアリアは、ボロボロになった服と防具も売りに出した。
ボロボロになった黒鉄の防具と、今まで着用していたアリア達の服は全て売れて、購入した時の五分の一以下となる、銀貨二十枚分。
そして防具を売る際に、アリアが黒鉄の鎧や篭手などに触れながら呟いた。
「今まで、ありがとうね」
「ん?」
「エリクを守ってくれてた防具なんだから、お礼をしておかないと」
「防具に感謝するのか?」
「そうよ。物は大事にすると人間と同じように魂が宿るなんて、昔の人達は言ってたらしいわ。だから、今まで頑張ってくれた武器や防具にはちゃんと感謝しておくの」
「そうか」
今まで使っていた服や防具に別れを告げ、二人は店を出て行った。
その際エリクが背負う黒い大剣が不自然な僅かな光りを放つ姿は、太陽の下では目立たず誰にも気付かれなかった。
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