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逃亡編 三章:過去の仲間
受け継ぎし血
しおりを挟む自分が居た船室に戻ったエリクは、アリアが寝るベットに戻るわけではなく、周囲を見ながら荷物を確認した。
投げ捨てていた大きめのリュックは部屋の隅に置かれ、床を這うように黒い大剣も置かれている。
上半身が裸で包帯が巻かれた状態のエリクは、荷物の中から買っていた服を取り出し、改めて着用した。
いつも着ていた黒い服は無く、ログウェルとの戦いで切り裂かれ血塗れになった事を思い出し、流石に捨てられたのだとエリクも気付いた。
着替えた後、部屋の扉をノックする音と扉越しからの声が聞こえた。
「お、お食事をお持ちしました!」
「ああ」
念の為に警戒したエリクは扉を開けると、それなりの量が載せられた食事を配膳台で持ってきた少年船員が居た。
警戒しつつもそれを受け取った際に、少年の船員はエリクを見ながら、茶色の瞳を輝かせて話し掛けて来た。
「あ、あの!」
「なんだ?」
「ぼ、僕。あの戦いを船の上で見てました! その、とても凄い戦いで、僕、貴方を尊敬します!」
「えっ」
「そ、それじゃあ! 後で配膳を片付けに参ります!」
そう言い捨てるように逃げる少年に、エリクは呆然としたまま見送った。
憧れを向けられる言葉を、エリクは初めて聞いた。
僅かに穏やかではない気持ちを抱く中で、エリクは食事の配膳を持って部屋に戻り、食事を行った。
硬いパンを齧りチーズを頬張り、干し肉を食い破り果物を齧る。
そしてワイン瓶が入った瓶を飲み干す。
失った血を補充する為に黙々と食べるエリクは、かなりの量を瞬く間に食べきった。
少し食べ物を残していたのは、眠っているアリアの為だった。
「……ふぅ」
空腹を満たし終えたエリクは椅子から離れ、体を動かしながら自身の状態を改めて確認した。
起きた時より意識はハッキリし、体の各所を動かしても問題は見られない。
強いて言えば、まだ腹部に違和感がある程度。
傷の状態を確認したかったエリクだったが、包帯は取らずにアリアの方に視線を向けた。
「……すぅ……」
いつから寝ているか分からないアリアを、エリクは起こさなかった。
それから少しして配膳台を戻しに来た少年船員が、エリクの手から配膳台を受け取った。
エリクはその時に、少年船員に対して先ほどの返事をした。
「俺を、尊敬しない方がいい」
「え?」
「俺は、戦うことしかできない」
「で、でも。あれだけ強いじゃないですか!」
「俺は弱い」
「え……」
「俺は、何かを殺す事しかできない。あの子や医者のように誰かの傷を癒すことはできない。殺すことしか出来ない俺は、弱い。……俺に憧れるな。お前は、お前になれ」
「は、はい……」
そう告げたエリクの言葉に唖然としつつも、頷いた少年の船員は配膳台を下げて帰っていった。
自分でも少年に上手く伝えられたか分からないまま、エリクは眠気が訪れ床に座り、再び眠った。
それから幾時が経ったのか分からない。
眠るエリクの意識を起こしたのは、いつも聞こえる少女の声だった。
「――……ク。……リク。……エリク!!」
「ん……」
「エリク!」
「……アリア、おはよう」
「おはようじゃないわよ!」
起きた早々、怒った顔を向けるアリアがエリクの前に居た。
「そんな身体で動いたらダメ!」
「……いや、もう動ける」
「嘘おっしゃい!!」
「いや、動ける。……ほら、君が治してくれたおかげだ」
立ち上がったエリクが体を少し動かしたが、それでもアリアの怒気を加速させるだけだった。
「とにかく、ベットに戻りなさい!」
「でも……」
「でもじゃない! これは雇用主兼、回復魔法師としての命令!」
「わ、分かった」
凄まじい剣幕で怒鳴るアリアに、エリクは気圧されてベットに戻った。
腰掛けただけでは睨みを止めないアリアに、エリクは諦めて背中をベットに付けて横になる。
そうして初めて安堵の息を戻したアリアが、椅子に座ってエリクと話した。
「とにかく、絶対安静よ。しばらくはベットの上で過ごすこと!」
「えっ」
「えっ、じゃないわよ。どれだけ自分が重傷だったか、自覚してるの?」
「そんなに、酷かったか?」
「左手は重度の大火傷! 身体の各所には大小様々な裂傷! 何より酷いのが腹部! 臓器を幾つか損傷してたのよ! そんな状態で、あんな無茶して……まったく……」
「……アリア?」
怒りながら少しずつ声が治まり、顔を伏せて小声になっていくアリアに、エリクは上半身を起こして様子を見ようとした。
そんなエリクをアリアはまた怒鳴った。
「起きないの!」
「あ、ああ」
「本当に、本当に酷い怪我だったんだから……。もう少しで、死んじゃうとこだったのよ……」
「そうか……」
「……分かってる。エリクは、私の為に無茶したのよね。ちゃんと分かってるんだけど……っ」
「……すまない」
「謝らなくていいの。でも、南の国に着くまでは、絶対安静だからね……。これは、命令だからね」
「……ああ、分かった」
アリアの震える声が聞こえるエリクは、素直に言う事を聞いた。
代わりにエリクはアリアに話し掛けた。
「……商人から話を聞いた。南の国に向かっている、船の中だと」
「ええ。当面、お父様達の追撃の手は無くなったけど、帝国と王国が戦争状態に入るでしょうから、その前に南へ渡るのがベストだと思ったの」
「そうか。王国と帝国の、戦争か」
「……多分、ゲルガルド伯爵の仕業でしょうね」
「俺達を逃がすように依頼してきた、貴族か」
「そう。お父様が私を取り戻す行動を阻害する為に、王国に密告して帝国を攻めるように伝えたのよ。今が狙い目ですよってね。癪だけど、そのおかげでお父様からの追っ手は無くなったわ」
「そうか。……いいのか?」
「何が?」
「父親が戦場に立つのは、娘として辛いんじゃないか」
「……大丈夫。お父様やお兄様が王国との戦場なんかで死なないわ。お兄様は卓越した魔法師だし、お父様は猛将なんて呼ばれてた英傑よ。傭兵エリクのいない王国なんかには、遅れはとらないわ」
「そうか。なら、安心だな」
「ええ」
そうして次第に口調が穏やかになるアリアに、エリクは安心した様子を見せた。
「アリア」
「ん?」
「治してくれたんだろう。ありがとう」
「……ううん。私は治してない」
「え?」
「体の表面に残る傷や火傷は、私の魔法で治せた。でも、内部の傷は治りが悪かったの。その傷の治りはほとんど、貴方が自分で治したのよ、エリク」
「……そうか。なら、良かったのか?」
「良くないわ、これは異常なのよ。……ねぇ、エリク」
「なんだ?」
「貴方、もしかして……」
「どうしたんだ?」
言い淀むアリアの様子に、エリクは尋ねるように聞いた。
アリアは考えつつも言葉を選び、それを口にした。
「……私達のような魔法師が使ってる魔法。実は、回復魔法や治癒魔法で治せない存在がいるの」
「治せない、存在?」
「元々今の現代魔法は、対人間に対する物ばかりなの。だから動物は魔法では癒せない。魔物や魔獣は、体内を常に血液と共に魔力を循環させてるせいで、回復を施す魔法の循環を阻害してしまう」
「……そ、そうか」
「あ、分かってないわね。……それともう一つ。魔法師の回復魔法で癒せない種族がいる。前に話した事はあるでしょ? 魔族って種族よ」
「魔族……」
「魔物や魔獣と同じく、体内に魔力を生み出し行使する器官が存在してるの。そして私達のような魔法師は、空気中の魔力を身体に吸収して魔法として吐き出しているのよ。例えれば、酸素が魔力で、二酸化炭素が魔法なのよね」
「……そ、そうか」
「……とにかく、人間以外の動物や、魔物や魔獣、そして魔族と呼ばれる存在は、私達のような魔法師が体内に及ぼす魔法を阻害するの。……つまり、魔族に魔法師の回復魔法や治癒魔法は効き難いのよ」
「つまり、どういうことなんだ?」
「エリク、貴方は多分。魔族と人間の間で生まれた子。『魔人』と呼ばれる存在なのよ」
「……俺が、魔族から生まれた魔人……?」
「でも、貴方は見た目が完全に人間。だから何代か前に、魔族か魔人の血を持っていた家系の生まれなんだと思うわ。……貴方の人間離れした反射速度と腕力や膂力も理解できた。貴方は自分で無意識に、自分の体内で魔力を生み出して循環させてる。だから体力も力も、普通の人間より遥かに高い。そして魔力を体内に循環させている影響で、私の魔法は効き難いけど、自分の傷を癒すのは早く、怪我が普通の人より重い怪我でも、自力で治ってしまうんだわ」
アリアはエリクについて話した。
エリクに魔族の血が流れていることを。
そして異常な身体能力と治癒力が、魔族としての力が関わっていることを。
こうして難を逃れて南の国へ向かう二人だったが、エリクの血と出生に関する秘密が、アリアによって解き放たれる事となった。
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