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逃亡編 ニ章:樹海の部族

族長会の賓客

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 森の部族長達と勇士達が揃う中、アリアはエリクを傍らに置きながら、パールに先導されて歩み寄る。
 遺跡の町の中にある石畳の部屋で各族長達がそれぞれに皮布を敷いた上に座る中、一つだけ誰も座っていない皮布がある場所へ、パールはアリアとエリクを導いた。

「『アリス、ここに座ってくれ』」

 座るように促すパールの言葉にアリアは素直に従って座ったが、他の勇士達と同じようにエリクは立ったまま、アリアを守れる姿勢へとなった。
 そしてパールは自分の父親であるセンチネル族長ラカムの傍らに行き、エリクや他の勇士達と同じように立つ。
 八人の族長と八人の勇士達、そしてアリアとエリクが揃う中で、初めに口を出したのは、決闘の場で大族長と呼ばれた白い老人の傍に立つ、勇士であり壮年の男性だった。

「『これより族長会を行う。議題は、神の業を扱う使徒アリス。そして使徒の勇士エリオに関するものである』」

 そう族長会が始まる中で、まず司会進行を任された大族長付きの壮年の男性が、アリアとエリクに向けて話し始めた。

「『アリスと名乗る者よ。お前が神の使徒だという話をセンチネル部族全てが述べている。それは事実か』」

「『事実よ。ただし私達の文化では、私のような業を持つ者をそう呼ばない。魔法師や魔法使いと呼ぶわ』」

「『それは、神の使徒ではないということか?』」

「『言ったでしょ。私の文化では、と。森に住む貴方達の文化では、私達のような魔法師を神の使徒と呼んでいるだけ。つまり同一の存在よ』」

「『なるほど、呼び方の違いか』」

 そう断言するアリアの言葉に、族長達や勇士達が驚きの表情を浮かべる中、センチネル部族の族長ラカムと女勇士パールだけは、平然とした表情で聞いていた。
 そこで別の族長がアリアに質問をした。

「『お前達が神の導きにより、この森でセンチネル族を救うという命を受けたと聞く。事実か?』」

「『事実よ。ただ、センチネル部族だけを救うとは言われていない。私は神の導きという運命に従い、この森に訪れた。そして助けを乞うセンチネル部族の手助けをした』」

「『では、センチネル部族以外も救うと?』」

「『私達で手助けできることがあれば。けれど神の業とも呼ばれる力は、貴方達も知るように代価が必要になる。そこのブルズという男を救った時、私は力を使い果たして気絶した。救える範囲にも限りがある』」

「『……なるほど』」

 そうして一人の族長の質問が終わり、続けて他の族長達も質問をしていく。

「『神の業とはどういうものなのか。教えてくれ』」

「『私達の使う神の業、つまり魔法は、私達に宿る魂の門を経由し、空気中の魔力を肉体へ媒介させ、それを形として行使する。それが魔法であり、神の業よ』」

「『その神の業は、誰でも使えるのか?』」

「『訓練をして使える人もいる。けど、使えない人もいる。生来の才能ある者しか使えないのが、魔法よ』」

「『吾等の言い伝えでは、人は全てが神の業を使えると聞く。本当に才能あるものにしか使えないのか?』」

「『人間全てが使えるというのは嘘ではない。でも魔法を行使するには、絶え間ない努力と適正のある訓練と、膨大な技術が必要になる。誰でも使えるというのは嘘ではない。けれど、嘘でもある』」

「『ふむ……』」

 幾つかの質問に答えるアリアに各族長は不可思議な表情を見せつつ、悩む顔も見せた。
 そうした中で新たに質問をしたのは、エリクに倒されアリアに治癒されたマシュコ族の族長ブルズだった。

「『俺からも問う。……なぜ、俺を救った?』」

「『……私が救ったわけではない。貴方の周囲にいる者達が、貴方を救った』」

「『どういうことだ?』」

「『貴方の妻達や子供達が涙すら見せなければ、貴方を救うつもりは無かった。しかし、貴方の死を悲しむ者達の顔を見てしまった。だから、涙を見せる彼女達に問い、貴方を助ける私に彼女達は同意し、その場を退いてくれた。だから貴方を救った。それだけよ』」

「『……』」

「『それとも、森に住む者達の掟には、勝手に誰かを蘇らせてはいけないと。そんな掟でもあるの?』」

 ブルズの質問に問い掛け、渋い表情を見せるブルズの顔を見たアリアが、周囲の他の族長達に問うように疑問をぶつけた。
 その質問に対して答えたのは、大族長に仕える壮年の男性だった。

「『いいや、森にそんな掟はない』」

「『だったらなんで、貴方達はそんなに不味い顔をしてるの?』」

「『……大族長、話しても?』」

「『……』」

 アリアの疑問に壮年の男性は答えず、代わりに大族長に質問し大族長が静かに頷いた。そしてアリアの質問に、壮年の男性が答えた。

「『実は今回の決闘。大族長の提案により成された決闘だった』」

「『……それって、ブルズが申し出た決闘。つまりブルズがパールを欲している理由は、大族長の命令だったから、ということ?』」

「『ああ、そうだ』」

 アリアの直結した言葉を聞き、それを認めた大族長に仕える男性の言葉にセンチネル部族のラカムとパールは驚かずにいられない。
 しかし他の族長達は驚かずに、目を伏せて黙って聞いていた。
 それを見たアリアは直感にも近い思考で気付き、更に言葉を付け加えた。

「『……どうやら、センチネル部族以外には、既に了承済みの事だったのね』」

「『ああ、既に他の族長達や勇士達には了承済みだ』」

「『どうしてそんな事をしたのか、理由を聞いてもいいかしら?』」

「『センチネル部族の女勇士パールは強い。しかし強すぎる為に、誰も勝てないままでいた。パール程の女ならば、ブルズとの子を孕み、強い子を産むと思った』」

「『……それってつまり、パールの結婚相手を無理矢理決めて、子供を産ませようと、森の部族全員で計画したってこと?』」

「『その通りだ』」

「『……はぁあ……?』」

 アリアは頭を抱えつつ、大きな溜息を吐き出した。
 マシュコ族の族長ブルズ個人の欲望の為の決闘ではなく、大族長の命令によってパールを娶る為に森の部族が一丸として計画して企てた決闘という真実に、アリアは苦悩と呆れを含む表情を見せていた。
 その表情からアリアは零れた言葉を述べた。

「『……それじゃあ、私達は貴方達の邪魔をしてしまったわけ?』」

「『その通りだ』」

「『ここに私が呼ばれたのは、その計画を邪魔した事に対する苦情か何か?』」

「『それに対してはもういい。そのエリオという男のおかげでな』」

「『エリオのおかげ?』」

「『そのエリオがパールに勝ち、婚儀を行ったことも聞いている。パールの夫が決まるのは、元々から望んでいたことだ』」

「『ブルズじゃなくても、パールに勝てるなら誰でも良かったと?』」

「『出来れば、森に住む者達がそうなれば良かったがな』」

 そうした事を言う大族長に仕える男性の言葉に、アリアは苦悩しつつセンチネル部族の族長ラカムを見た。
 それに気付いたラカムは苦悩の表情を見せ、アリアから静かに目を逸らす。
 その反応に額から青筋を浮かばせたアリアが、一息を吐き出して話を続けた。

「『それで。結局のところ貴方達が私に聞きたかったのは、私が本当に神の使徒なのか、ということ?』」

「『その通りだ』」

「『なら、答えはイエスでいいわ。私は恐らく、貴方達の言う神の使徒と呼ばれていた者達と、同一の存在よ』」

 正面から堂々と自分の正体を神の使徒だと名乗ったアリアに、各部族長達は驚きつつも、静かに納得した。
 そして全員が白髪の老人である大族長を見ると、口をモゴモゴと動かす大族長の言葉を訳して、壮年の男性が話を聞かせた。

「『大族長からの言葉を伝える。神の使徒アリス、その勇士エリオを、森に滞在する者として認める』」

「『おぉ……』」

 そうして大族長のお墨付きを頂いた二人は、正式に森の中へ滞在することが決まったのだった。
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