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逃亡編 一章:帝国領脱出
老騎士ログウェル
しおりを挟むアリアの表情とは裏腹に、顔を上げた老人男性は道を譲るように移動し、二人を通れるようにした。
「礼の代わりと言ってはなんじゃが、出航を見送らせてもらおう」
「……そうか」
老人男性が見送ると伝えると、エリクは構えを解いてアリアに視線を向ける。
そのアリアも頷いてエリクと共に歩み始めた。
そうして老人男性の横をアリアとエリクが通過している最中。
老人男性は二人に聞こえる声量で、小言を呟いた。
「そうじゃ、思い出したわい。実はな、妙な依頼も聞いておる。……このガルミッシュ帝国の公爵直々の通達依頼らしいぞ?」
「!!」
「つい数週間ほど前、とある貴族の令嬢が行方不明になったらしくてのぉ。十五・十六ほどの娘で、金髪碧眼の魔法師らしい。……お前さん方、心当たりは無いかい?」
「知らないな」
「そうか、そうか。……噂ではその娘御は、魔法に類稀なる才を持っておるらしい。魔法師というのは、日に数えて数度しか魔法を行えぬ。じゃが、その娘御は日に魔法を幾十数回も使える胆力と才を持っているらしい。捜索し無傷で保護すれば、膨大な懸賞金を得られるそうじゃよ」
「そうか」
横をすれ違いながら老人男性が話す言葉に、思わず立ち止まってしまった二人だったが、再び船へ向けて歩みを進めようとした。
しかし老人男性は、再び歩み始めたエリク達に話を続けた。
「ところで、そちらのお嬢さん。……診療所の治療で、たった一日で多くの者達を癒したそうじゃな?」
「それが、どうした?」
「何、好奇心じゃよ。件の娘御と同じく、日に数十回と魔法を使える才を持つ、若い魔法師のお嬢さん。是非、名前を聞いてみたいんじゃがな」
「この子は、アリスだ」
「なるほど、アリスか。……さて。質問しよう、傭兵殿よ」
受け流すエリクの答えを聞きながら微笑みの声と表情を浮かべた老人男性が、歩み続ける二人の背中に体を向きながら、渋くも透き通る声で最後の質問をした。
「――……アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン様と一緒に、何処に行く気かな?」
その声を発した老人男性の声が、自分達のすぐ後ろから発せられたとアリアは聞き取り、悪寒を走らせた。
その悪寒で思わず走り出すより早く、エリクがアリアを庇うように腕を掴み、大柄な体の後ろへ送り出すようにアリアの身体を前へ突き放した。
「エリクッ!?」
「船に乗れ!!」
怒鳴るように叫んだエリクの前には、既に長剣を引き抜いた老人男性が佇み、エリクの右腕の篭手に剣戟を防がれる姿が見えた。
アリアは一瞬の躊躇を見せながらも、次の剣戟を繰り出す老人男性と、その攻撃を新しい腕の篭手で防ぎ切るエリクを見ながら、船の方へ駆け出す決断をした。
それを気配で見送るエリクと、微笑みつつ剣を向けて放つ老人男性は、僅かな会話を交えた。
「やはり。お前さんは王国の傭兵戦士長、【黒獣】傭兵団のエリクじゃったか。思わぬ者と会えたわい」
「お前、ただの老人ではないな」
「おお、そうじゃ。自己紹介がまだじゃったの。……儂の名はログウェル。ログウェル=バリス=フォン=ガリウスという、ただの旅好きの老騎士じゃよ」
「……貴族、なのか?」
「領地を持たぬ、ただの伯爵騎士じゃよ。流浪のな」
剣を押し込みながら微笑み自己紹介したログウェルが、少し離れた後に素早い剣戟を放ちエリクを狙う。
それにエリクも対応するように巨体を動かして避け、避けられない攻撃は腕の篭手で捌き切る。
その光景に驚きを見せるログウェルは、次には鬼気とした笑顔を浮かべていた。
「ベルグレンド王国最強と名高い戦士と、この歳でこうして剣を交えるとは、実に光栄じゃて」
「ッ!!」
周囲の物を一閃して破壊しながら、ログウェルは右手で剣を奮い続ける。
それをエリクはギリギリで回避し、更に黒鉄の篭手と手袋で捌きながら、激しい戦いを繰り広げた。
その周囲に居る者達は表情を唖然とさせながら、周囲の物を巻き込む二人の戦いから逃げていく。
「どうした? お前さんも背中の大剣で戦わぬのかね。それとも、大剣を抜く暇が無いかね?」
「……ッ」
腕の篭手と素手の応戦は行いつつも、背中に背負う大剣を抜こうとしないエリクに、ログウェルは怪訝な声を見せつつも攻めを緩めない。
そうした中で聞こえるのは、定期船が軋みを挙げつつ帆を広げ、大海原へ旅立とうと動く光景だった。
それを横目で見ていたエリクは、船の甲板から投げられるように掛けられた、編み縄で頑丈に出来た梯子に気付いた。
「エリク、これに掴まってッ!!」
アリアの声に気付いたログウェルが、僅かに意識をアリアに向けた瞬間。
剣戟を抜け出したエリクが周囲の物を掴みログウェルに投げつけ、その中に含まれた小麦粉が入った麻袋が弾けると、ログウェルの視界を白く濁した。
その隙にエリクは巨体を走らせて大きく跳躍し、出発する船の外側へ投げ放たれた梯子に掴まった。
それに気付き追おうとしたログウェルだったが、その時に大剣を右手で引き抜いたエリクが、梯子に掴まりつつも牽制するようにログウェルに大剣を向けていた。
「……なるほど。大剣を抜かなかったのは、余裕を持って梯子に掴まる為か。天晴れ、戦士エリクよ」
「……」
「お前さんとは、いつか本気の手合わせをしたいものじゃて。お前さんもそう思うじゃろ?」
「……恐ろしい爺さんだ」
海へ旅立つ船は二人の距離を開けさせ、最後にログウェルとエリクは互いに言葉を呟いた。
互いに本気ではなく、あくまで挨拶代わりの試し合い。
そう告げて微笑み笑って見送るログウェルと、その微笑みに恐ろしさを思うエリクが、それぞれに試し合いを終えて別れた。
エリクとアリアは無事に定期船に乗った。
しかしここからが、逃亡劇の本番でもあった。
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