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堕ちた悪魔

奪回

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話を聞いている中でアヴィシャの目的は察することが可能だった。
しかし、太陽の神を呼び出してと私に言うなんてどういうつもりだ。

「私よりもアヴィシャの方がこの世界に詳しそうですが、そのあなたが私には太陽の神が呼び出せると判断したということですか。」
「詳しい、というよりは色々見てきたというのが正しいかもね。全ての魂の記憶を引き継いでいる分、私はアシャレラじゃあ知り得ないことも知ってる。でも逆に誓約が邪魔して知らないこともある。だからリビに頼んでるんだ。誓約をくぐりぬけることが出来る転移者のリビにね。」

太陽の神を呼び出すには、誓約の縛りが効かない人が必要ってこと?

「誓約に関わることができるのは、転移者の人間。つまり、リビのような転移者は神について、誓約について疑問を持ち、追究することができてしまう。さらにはリビ、きみは特殊言語で神と話せる最高の存在だ。魂を取り返す交渉はリビに任せたいんだよ!」

アヴィシャはそう言うが、太陽の神について知っていることは少ない。
そして、私は堕ちた悪魔を封印することによって太陽の神が現れるはずだと月の神、もといソラの母から聞いている。
でも、その方法では魔法の暴走を止めるまでに時間がかかりすぎる。
それに知っておかなければならないことがある。
「アヴィシャ、魔法の暴走を止める方法が交渉内容になるんでしょ。つまり、太陽の神がいないと魔法の暴走が止められないってこと?」
「うん、そうだよ。」

即答されたその答えを鵜呑みにするわけにはいかない。
どこまでが嘘でどこまでが真実なのか、見極めなければ。

「私の魔法は、厳密には違うけど魔法の暴走だよ。コントロールを失って魔法を出し続けてしまう。魔力が尽きて死に至る。悪魔にしては強い魔法だよね。でも、その代わり縛りがたくさんある。ひとつ、今暴走している者は私が一度でも触れたことのある者だ。これまでの長い年月の中で一体何人に触れたか分からない。道をすれ違うだけでも触れるのは簡単だ。だから、たくさんの人が暴走しているみたいだね。」

他人事のように言うアヴィシャは悪びれもしない。
今まさに、その暴走で死にかけている人が大勢いるというのに。

「そしてふたつ、魔法発動と停止を他者に任せること。だから、今一斉に魔法が暴走しているのはある意味私のせいじゃないよ。タイミングはばっちりだったけどね。」
「まさか、それが太陽の神なんですか・・・。」
「そう!太陽の神がスイッチになっているんだ。だから、この魔法の暴走を停止できるのも太陽の神だけなんだよね。太陽の神を呼び出して魂を取り返し、太陽の神に停止方法を教えれば魔法の暴走は止められる。一石二鳥ってやつだよね!」

アヴィシャはそう言って口だけの笑みを浮かべて見せる。

「太陽の神は、自分がアヴィシャの魔法のスイッチであることを知っているんですか。」
「知らないんじゃない?スイッチを付けるのも、一度触れるだけだから。上界で魂を取り返すことは出来なかったけど、魔法の発動停止を太陽の神に与えられたのは幸運だね。」
「そのことを知らないなら、太陽の神はどうやって魔法を発動させたんですか。」

「私の魔法は連動型なんだ。そして、動揺が引き金になる。」

アヴィシャは今までで一番嫌な笑い方をする。

「ねぇ、リビ。太陽の神が動揺したのはなんでだと思う?なんで大勢の人が魔法の暴走で苦しんでると思う?どうして空に大きなヒビが入ってるか分かってる?」

心臓が速く脈を打つ。
アヴィシャがこんな言い方をするのだから、私は次の言葉を想定できた。

「そう、この世界の均衡を、リビが崩しているからだよ。あらゆる国で誓約に触れる話をしたよね。彼らは半信半疑だとしてもリビの話を信じてくれる人もいるよね。リビの助けになりたいと言ってくれる人もいるよね。転移者であるリビと関われば誓約を知ろうとする行動を取れる。だからこそ、リビを信じたいと思ってくれる人が増えれば増えるほど、太陽の神はそれを許せないよね。そんな怒り・焦り・動揺が、魔法の暴走を発動させたんだ。」

アヴィシャはゆっくりとこちらに来て、私の顔を覗き込む。

「ねぇ、リビのせいだよ。私は確かに魔法を設置したかもしれない。でも、その魔法は不発で永遠に知らないなんてことも有り得たんだよ。これは、リビが招いた結果なんだ。全て私のせい、全て私が悪いって思ってた?それが、自分のせいでもあるって気づいてどう?責任感じるよね?」

アヴィシャが近づいたことで、アシャレラが私の体を後ろへと引く。
「リビちゃん、聞かなくていいよ。これは悪魔の手法に過ぎない。罪悪感を引き出させ、頷かせる。アヴィシャの言葉がどこまで本当かなんて分からないから。」
「リビ、アシャレラは今きみに契約で縛られた犬なんだよね。契約上きみに不利なことができないアシャレラは仕方なくリビのことを慰めてるんだ。だって、それ以外の選択肢なんてないからね。そんな形式だけの悪魔に慰められても嬉しいの?慰められたところで事実は変わらないよ。きみのせいで大勢死ぬことになるんだ、これからね。」
「黙れアヴィシャ。彼女のせいなんかじゃない。それを誘発させているのはあんただろうが。」

アシャレラは珍しく怖い顔で凄んでいる。
不利になる行動を取れないのは確かだが、アシャレラは契約主にそれなりに気を遣っているようにも感じられる。
魂を貰うため、という前提があったとしてもだ。

「アヴィシャ、太陽の神と接触すれば魔法の暴走を止められるんですね?その方法は難しいですか?」
「リビちゃん、待って、アヴィシャの言う通りにするつもりなの?」
私を庇うアシャレラの手をやんわりと振りほどく。
その様子を見て、アヴィシャは満足そうに頷く。
「そこまで難しくないけど、今は言えないな。魂を返してもらってからじゃないとね。それにしても良かった、リビがちゃんと大勢の人の命に責任を持ってくれて。私は何万人死のうがどうでもいいから、本来の計画ではもっとたくさんの人を暴走させる予定だったんだ。人同士の戦争を引き起こそうとも思ってた。たくさん死ねば死ぬほど均衡は崩れて太陽の神が自ら現れてくれるかもって思っていたから。でも、それだと時間も手間もかかりすぎる。堕ちた悪魔って寿命があるからね、その年数は自分で分からないから、リビが間接的に協力してくれたおかげでちゃんと均衡が崩れてるよ。」

堕ちた悪魔はブルームーンドラゴンを殺し、魔獣の生態系を崩そうとした。
さらには、負の魔力を集めるために魔力の高い者の関係者を殺して回る。
そして、手駒として操った者も毒で殺す。
あらゆる場所で起こる不審死によって、世界の均衡は揺らぎ始めていた。
そこに私のような転移者が現れて、誓約について調べ始め、さらにはそれを多くに広めた。
均衡を保つために必要な私は、同時に均衡を崩していた。
アヴィシャの言う、間接的な協力というのも完全には否定しきれない。

「じゃあ、リビ。太陽の神を呼び出すためには聖女が必要だ、光魔法のとても強い聖女がね。」
「それなら神々の頂にいます。あなたたちが傷つけた魔獣を治癒するために。」

堕ちた悪魔がどこまで把握しているか分からない。
だから私はその場しのぎの嘘をついた。
封印の場に誘導する、そのために。

「神々の頂か、丁度いいね。じゃあ、さっそく行こうか。のんびりしてたら魔法の暴走で死者が増えるからね。」
アヴィシャの言葉でシュマが森の中から魔獣2頭を連れてきた。
それは翼の生えた馬、ペガサスだ。
太陽の国の学園でユニコーンは見たから、ペガサスが存在していてもおかしくはない。
どこか怯えた様子のペガサスだが、妖精のように脅されたのかもしれない。
「シュマたちはそっち。私とリビとアシャレラはこちらの魔獣に乗ろうか。」
アヴィシャがそう言うと、シュマが抗議の声をあげた。
「えー、あたしエナと乗るのイヤ、超イヤ。」
「黙ってろシュマ。こんなことで駄々こねるな。」
「はぁ?女同士で乗りたいよね、リビも。」
シュマがこちらに来そうで警戒する。
彼女に触れられたら負の魔力を入れられる可能性がある。
アヴィシャに触れたとして、魔法の暴走をする可能性もある。
害がないのは、魔法が効かなかったルージと幻覚を見せるエナだが。

「ルージと乗ることは出来ませんか?魔法をかけられても嫌なんで。」
そんな提案をすれば、ルージは笑顔で首を振った。
「嫌ですよ、僕より強い貴女と一緒なんて。」
よほど魔法が効かなかったことが悔しいのか、即答で断られた。
すると、エナが舌打ちした。
「アヴィシャ、俺と乗せる。俺はシュマ以外なら誰でもいい、いいよな?」
「まぁ、いいけど。一応気を付けてね、下手な真似しないとは思うけど、リビはか弱い女の子じゃないからね。」
「チッ、分かってる。」
エナはペガサスに乗ると、嫌そうに私に手を差し出した。
「ほら、乗れ。」
まさか、手を差し出されると思わず、反射で手を出そうとするとアシャレラに掴まれた。
「リビちゃんに触らないで。」
「じゃあお前が女を乗せろよ。」
そう言って、エナがそっぽを向く。
ペガサスに乗ろうと片足を上げた瞬間、足が滑って湖に落ちた。

「リビちゃん!!」

いや、滑ったというよりは、引っ張られた?
水の中で目を開ければ、そこには妖精のユリがいた。
『ツキが奴らに捕まってる、助けて欲しいの。ここの妖精はこの森を出れば生きていけない。ここを出る前にツキを返して。』
確か、迷いの森の出口を知るために妖精を脅したのだと言っていた。
それが、ツキだったということか。
水の中で私は話せない。
誰がツキを捕まえているのか分からないが、それなら飛び立つ前に聞かないといけない。
私が頷くと、ツキは私を抱きしめて魔法をかけた。
『体がちぐはぐな貴女に魔法をかけてあげる。少しでも楽になれるように。ツキをお願いね。』
ユリの魔法は、形態維持の魔法だったような気がする。
体がちぐはぐというのは、フェニックスの灰で形成された腕やアシャレラの契約のせいか?

腕が引っ張られ、陸に上げられた。
咳き込めば、その背中をアシャレラがさする。
「リビちゃん、大丈夫?なにがあったの?」
「大丈夫・・・。」
アシャレラも妖精に気づいていないなら、おそらく4人も気づいていないだろう。
「何やってんだ、濡れた女と移動なんてごめんだ。」
エナはそう言ってペガサスを下りる。
「ほんと、何やってるの?私はリビのために急いで行こうって言ってるのに。火の妖精でも捕まえて乾かしてもらう?でも、隠れちゃってて見かけないんだよね。」

ツキはどこに捕まってる?
もし、この迷いの森に滞在するにあたって人質にされていたなら彼らが持っているはず。
でも、単刀直入に聞いたところで知らないフリをされるかもしれない。

「”あなたは日本語を知ってる?”」
「え、なに?」
アヴィシャが首を傾げたことで、彼の前世に日本が無かったことが分かる。
日本語ならばふいを付けると思った。

「”ツキさん、どこにいるの!!”」

思いっきり大声をあげてみた。
堕ちた悪魔は目を丸くして、それから眉を顰める。
「ちょっと、急に何。白銀の騎士の間での暗号か何か?こんなところから聞こえるわけないでしょ。」
呆れるように言うアヴィシャ。
だが違う。
ツキならば、簡単な日本語なら分かる。
少しでも合図してくれれば、探し出せる。
少しでいい、お願い、返事をして。

『・・・ここにいるわ。』

小さな幽かな声。凛とした妖精の声。
それはシュマの方から聞こえた。
私は思わずシュマの胸ぐらを掴んでいた。
「捕まえた妖精を出して。」
「ちょっと、なーにリビ。私に触れるの怖かったんじゃないの?」
「そんなことどうでもいいから、妖精を出して。もうこの迷いの森に用はないはず。妖精もいらないでしょ。」
私に睨まれたシュマは嬉しそうに口元を緩める。
すると、ローブをはだけて、胸のポケットから妖精取り出した。
「強引だね、リビ。でもでも、そういうとこが好き。」
取り返したツキは、ボロボロだった。
透明で美しかった羽がぐしゃぐしゃに折れて、小さな体が傷だらけで。
見るも無残というのが正しかった。
「どうして、こんなひどいことを・・・。」
「だって、小さすぎて力加減できなかったの。でもでも、殺してないだけ偉いでしょ?」
私の手のひらの上に横たわるツキは今にも息絶えそうに見える。
殺してないだけ偉い?ふざけないで。
シュマのことを殴り飛ばしたかった。
でも、今私はこの世界の者を人質に取られているようなものだ。

「”ツキさん、治癒しないと今すぐ。”」
『どうせ、助からないわ。それより、私の代わりにあいつらに復讐してくれる?・・・私の弟子なんでしょ。』
ツキはそう言うと自分の羽を一枚千切る。
『あげるわ、餞別にね。上手く使いなさい、リビ。』
ツキはそう言って、最後の力を振り絞って飛んだ。
彼女は湖に落ちて、それから上がってこなかった。

「あの妖精って水の中でも生きられるの?それとも死んじゃった?怒らないでよ、リビ。友達だったの?」
シュマの言葉に答えず、私はペガサスに乗り込んだ。
湖の中にはユリがいる。
ユリならツキのことを受け止めてくれたはず。
私は師匠のためにも必ず、封印を成功させる。

「私と乗りたいんでしょ、シュマ。」
そう言って差し出した私の手をシュマは喜んで掴んだ。
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