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反撃開始

新緑の国

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モナが棟梁だと挨拶したのは、兎獣人の女性だった。
「モナくんじゃないか。なるほど、ドラゴンの女性と共に来たのか。」
女性は私の方へと向き直ると、頭を軽く下げる。
「この村で大工の棟梁をしているクッカだ。改めて先ほどは助けてくれてありがとう。建設においては頼りになる男どもが揃ってたんだが、魔獣との戦闘は不慣れでね。あんたたちが来てくれなければ、大事な働き手を失うところだったよ。」
溌剌とした話し方は少しだけアイル先生を思い出す。
私たちはそれぞれ名前を名乗り、挨拶をした。
フブキやハルは怪我をしている大工たちを手当てしている。
村はドラゴンの魔法で多少寒くなっているが、それも直に収まるだろう。
「それで、モナくんたちがこの村に来た理由があるんだろう?その話をしよう。」
クッカはそう言うと仕事部屋に案内してくれた。



魔獣の暴走に関連して、何故このような事態になっているのかということをクッカたちに話すことにした。
堕ちた悪魔という存在が下界に生きる全ての者を脅かしていること。
それを阻止するために聖女様と光の加護、教会が必要なこと。
黙って聞いてくれていたクッカたちは、難しい顔をしながら口を開いた。
「私にはあまりに現実味のない話に聞こえたよ。これまで生きてきて聞いたことのない話ばかりだからね。だけど、モナくんが私たちの知らない建築技術を知っていたことは事実だ。そして、先ほど私たちは初めてドラゴンの言葉を聞いた。この世には、まだまだ知らないことがたくさんあるって実感させられているのに、今聞いたことを否定するのはおかしなことだね。」
クッカはそう言って膝を叩いた。
「よし、分かった。教会を作る事に異存はない。ただ、他の村や近くの新緑の国も魔獣の被害にあっている可能性が高い。その場合、私たちは壊れた建物を修復する仕事に呼ばれるだろう。その被害が多ければ多いほど、教会建設が遅くなる。」
「私は他の魔獣の暴走も止めるつもりです。できる限り、教会建設も同時にして頂けると助かります。」
クッカは立ち上がり、紙を取り出した。
「そう言ってくれると思ったよ。それじゃあ教会の設計図を作る。モナ、手伝ってくれるんだよな?」
「はい、もちろんです!」
モナは夜明けの国にいたときよりも背筋が伸びている気がする。
「建設は、この火森の村でしていただいて、完成したらドラゴンに運んでもらう予定です。建物の大きさは、加護の魔法陣を描けて、聖女が祈るスペースがあれば問題ありません。」
「移動させることを考えて建設する必要があるね。総重量を計算して、ドラゴンたちが運べるかどうかも考えないと。」
クッカはそう言って、モナと他の大工のメンバーと話し合いを始めた。



フブキとハルとモナを火森の村に残し、私たちは周辺の村の確認へと向かう。
そこには魔獣に対抗しようと必死に戦う村人たちと壊された家が見える。
火森の村が無事だったことで、他の村もそうなのではと楽観的なことを考えている自分がいた。
しかし、魔獣の暴走が始まってから数日経過しているのだ。
全てが無傷で済むはずがない。
そして、ドラゴンが凍らせるのを見た村人は恐怖におののいた表情で上空の私たちを見上げた。

「きゃあ!!!魔獣だわ、この村はおしまいよ!!!」
「おれたちは死ぬんだ、もう無理だ・・・。」
「神様、たすけてください・・・!!」

取り乱す村人たちは走って転んだり、叫び声をあげたりしている。
火森の村の村長やクッカが落ち着いていたことは普通のことではなかった。
この光景こそが、当然の振る舞いなんだ。
「落ち着いて下さい!!私たちはあなたたちに危害を加えることはありません!!」
私の声は届くはずもなく、阿鼻叫喚の村人が逃げ惑うさまを上空で見ていることしかできない。
冷静さを失うことは危険だ。
なんとかしなければと思うのに、言葉が出てこない。
どう伝えれば、私のような人間の言葉を聞いてくれるのだろうか。
そのとき。

『静まれ人間ども。俺はブルームーンドラゴン、よもや知らぬ者はいないだろうな。』

ウミの大きな声に村人は驚いて足を止めた。
ざわざわと聞こえる声は戸惑いと疑い、驚きが交じる。

『ドラゴンの言葉が分かるのは、この魔法が神より授けられた魔法だからだ。俺達は神の使命を受け、魔獣の暴走を止めに来た。お前ら村人がすべき事は犠牲者を出さないように立ち回ることだ。神の遣いの手を煩わせないためにな。』
「ちょっと、ウミ!その言い方は…。」
ウミを咎めようとしたが、地上にいた村人は正座をしてこちらに頭を下げている。
『聞き分けが良くて結構。壊れた家屋は出来るだけ自分達で修復を試みろ。プロの手が必要なら火森の大工がなんとかするだろ。』
ウミはそう言うと羽ばたいて移動を始めた。
「さすがウミちゃん。見た目と相まって威厳があったよ。」
「でも、神の遣いとか言って良かったんでしょうか。」
アシャレラは褒めているが私としては納得出来ていなかった。
「もう少し順序立てた説明の方が誤解が少なくて後々いいのではと思ったんですが。」
『聞く耳持てない奴らに説明が意味を成すとでも思ってんのか?あの場面で冷静になれないような人間は、分かりやすい力を見せるしかない。俺がドラゴンで守り神で、その言葉が直接届いたことで人間どもは大人しくなった。そこでやっと説明ができるようになるんだよ。まぁ、あいつらに事細かに教えてやる時間はねぇがな。』
ウミがそう答えるとヒメも頷いた。
「ウミに賛成。守り神のドラゴンっていう説得力を使わないと勿体ない。」
「確かに、いちばん大事なのは詳細な説明よりも人間たちが無事であることだからね!」
アルの意見に私も同意せざるおえない。
皆が納得してくれるわけじゃない。
納得させるために試行錯誤してる場合でもない。
今は自分たちの命を守る時なんだと、各々が自覚してくれさえすればいいのだ。
「そうですね、私は目的がずれていました。すみません、ウミに任せていいですか?」
『仕事はこなすさ。あんたは威厳がないしな。ああ、だが狂気はある。あんただってその狂気で村人を黙らせる事は可能だな。』
ウミはそう言って笑ったが、アルは私の肩を掴んだ。
「ウミに任せよう、ね?」
一体、私が何をすると思っているのだろう。
まぁ、ルリビをちらつかせて黙らせたことならあるが。
村人の命を最優先とするならば、脅しだってありだな。
そう思ったことは口に出さなかった。



火森の村のある森にはいくつかの村があった。
その周辺を周り、魔獣を対処しつつ近くにある新緑の国へと向かう。
獣人が国王をしているというその国は森に囲まれた中にあるようだ。
上空から見て取れるその国は、太陽の国のように大きかった。
真ん中には宮殿が立っていて、おそらくその場所が王族の住む場所だろう。
太陽の国同様、国は高い塀で囲まれているのだが、その壁は壊されている。
一般の負傷者や壊れた家屋も見える。
その壊された壁から魔獣が中へと入り込み、その対処がおいついていないのだ。
騎士なのか兵士なのか、剣を持った獣人が魔獣と戦っているのが見えた。
魔獣に圧されているのは明らかだ。
「ウミたち、お願いします。」
私がそう言えば、ウミは他の3頭のドラゴンに目配せした。
何をするかと思えば、国の内部を全て凍らせてしまった。
当然、国の中からは悲鳴や困惑の声が聞こえてくる。
「国全体を凍らせてしまったら建物ごと凍ってしまうじゃないですか!!」
『魔獣がそこらじゅうにいるのにちまちまやってられるか。エルフも言ってたように人間や獣人の命が先なんだろ?この方法が一番怪我人を増やさずに済む。』
ウミの言うことも理解はできるが、この方法ではおそらく騎士や兵士の攻撃対象になってしまう。

「そこのドラゴン動くな!!!」

ほらきた。
地上にいる騎士の一人が上空の私たちに向かって叫んだ。

「次から次へと魔獣が入ってくる。貴様らの仕業か!!」

魔獣の暴走も私たちのせいにされそうだ。
私は地上に飛び降りて騎士や兵士に説明することにした。
地上に降り立った瞬間、騎士と兵士が後ずさった。
「あの、私たちはあなた方に危害を加えるつもりは・・・。」
「ひっ!!!!白銀の騎士!!!」
一人の兵士がしりもちをつき、一人の兵士はガタガタと震えている。
「あらま、白銀の騎士恐怖症かな?」
「アシャレラ、茶化さないでください。あの、確かに私は白銀の国の騎士ですが、この度は魔獣の暴走を止めるために・・・。」
話の途中で、その兵士の二人は土下座をし始める。
「申し訳ありません!!!もう二度と白銀の山には近づきません!!」
「すみませんすみませんすみません、命だけは!!!」
話にならない。
私は周りを見回して、まともそうな騎士に声をかけた。
その騎士は白っぽい丸い耳が頭にある獣人だった。雪豹かな。
「あの、今回の魔獣の暴走の件と、私たちがこの国にきた事情を説明したいので国王様に謁見できませんか。ブルームーンドラゴンは見たことあります?」
騎士はぎこちなく頷いた。
「実際に見るのは初めてですが、絵本なら。見たところ、あなたはもしかしてドラゴンの言葉が分かるという闇魔法の方、でしょうか。」
「ええ、リビと申します。」
「リビ様、でしたか。黄金の国王より伝令を受けております。宮殿へご案内致します。」


黄金の国が近隣諸国に話をしてくれているおかげでこの国もなんとかなりそうだ。
グウル国王を一時期は殴りたかったが、今はかなり感謝している。
上空を4頭のドラゴンが飛び、私とアシャレラは地上を歩いていく。
目の前を歩く騎士は緊張の面持ちで宮殿へと向かっていた。
白い長い尻尾には模様がついている。やっぱり雪豹だよね?
国民は寒さに震えながらドラゴンを見上げている。

「何が起こっているの・・・この国はどうなるの・・・。」
「ママ、絵本のドラゴンだよ!!かっこいいね!」

大人よりも子供たちの方がドラゴンに怯えていない。
絵本に載っている姿が正確に描かれていることが功を奏している。

「先ほどの兵士が失礼致しました。あの者たちは、度胸試しと称して白銀の騎士に勝負を挑んだことがある兵団の二人です。他の団員はみな、瀕死状態にされてしまいました。戦意を消失したあの二人は無傷でしたが、トラウマを抱えてしまったみたいで。勿論、白銀の騎士が悪いのではなく、相手の力量を推し量れないこちらの兵団の過失なのでお気になさらず。」

騎士の説明に兵士の二人の怯えようは納得した。
そういえばボタンが騎士の制服は一目で分かるようになっていると言っていた。
喧嘩を売る相手は選べ、という意味があるんだったな。

「ちなみになんですけど、騎士のどなたと戦ったんですか?」
「お名前は分かりませんが、女性だったそうです。白銀の騎士でも女性なら勝てると思ったのでしょうね。狼獣人がどれほどの力を有しているかなんて明らかなのに。」
騎士はそう言って呆れているようだ。
女性騎士・・・ボタンである可能性は十分にある。
「狼獣人ではないリビ様が白銀の騎士ということは、それほどの実力をお持ちなのでしょうか。見たところ、身体能力はそれほどですが、魔法はお強いようですね。」
「鑑定士持ちの騎士なんですね。」
「はい、新緑の王族騎士を務めているルミウルと申します。ご覧の通り雪豹の獣人です。」
「ああ、やっぱり!そうだと思いました。」
ネコ科の獣人にやっと会えた。
私は少しだけテンションが上がったのだが、上空にいたヒメの視線を感じた。
「ヒサメ様に言うから。」
別に言われたところで困ることはないのだが、万が一この雪豹の騎士に迷惑がかかってもいけない。
「ヒメ、それは後で話し合いで。」
「無理。ボクにはヒサメ様に報告義務があるから。」
一刀両断された私は、とりあえず狼も好きですと言い続けることにしようと決めた。
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