鬼手紙一古代編一

ぶるまど

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それはいつかの記憶でした

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一第4話一



「………」


氷見子は秋声達が向かった双色山へと思いを馳せていた。鬼神への祈りを捧げている時…脳内で秋声の声が聞こえたのだ。


《氷見子…すまぬ。 帰るのは少し遅くなりそうだ》


「…秋声様…」


秋声のことを案じていると、双色山の彼方で黒い雲が近づいている事が分かった。


「!」


氷見子は黒い雲を見ると再び鬼神へと問い掛けた。 しばらくの問いかけの後目を開けると、近くにいた妹の和華へと言った。


「和華。 村人達に逃避することを告げなさい」
「何故ですか?」
「…まもなく…大きな《災い》が来ます」
「!」
「逃避することは鈴彦様達にも伝えなさい。 私からの告げがあったと言いなさい」
「分かりました」


《災い》という言葉に和華の顔が強ばった。 和華は氷見子にお辞儀すると早足で部屋をあとにした。氷見子は両手を強く握りしめ、祈りながら呟くように言った。


「今が…試練の時なのですね……秋声様…」


どうか…無事でありますように。
秋声達のことを案じながら、氷見子は鬼神へと祈っていたのであった。


***



一一秋声達は苛烈さを極めていた。特に戦いが激しくなっているのは秋声とレイコの戦いだった。 九尾の尾が木々をなぎ払い、地面を抉り、秋声へと襲いかかる。 『酒呑童子』の力を解放した秋声は先ほどよりも素早い身のこなしでレイコの攻撃を回避しつつ、反撃の機会を伺っていた。


「《オノレ…!!鬱陶しいヤツめ!! 》」
「………」


レイコに憑依している九尾は苛立っていた。 尾だけの攻撃だけでは足らないと感じた九尾は重圧の力を発動した。


(今が好機!)


秋声は目を鋭くさせた。 懇親の力を込めて放たれた尾の攻撃は重く、重圧の力が強く出ていた。酒呑童子の力を最大限に引き出した秋声は重圧の力に巻き込まれないようにしつつ、尾を掴んだ。


「《!?》」


さすがのレイコ達も驚いたのかその動きを止めた。 秋声は小さな隙を見逃さなかった。鬼の気を纏った刀を尾へと突き立てた。


「《アァァァァア!! 貴様ァ!!》」
「……っ!」
(まだだ!!)


身をくねらせ、悶えながらもレイコは秋声を他の尾で攻撃した。 ひらりと秋声は跳ね返り、尾をすべて避けきると瞬間移動を使い、一気にレイコとの距離を詰めた。


「《ヤメロ!! 妾に触るな!!》」
「!?」


レイコの後ろへと回った秋声は手刀を落とそうとしたが…黒い風が吹き荒れると秋声は前が見えなくなった。 黒い風によってレイコとの距離を離された秋声は唇を噛み締めると顔を覆い、レイコに近付きながら、叫ぶように言い放った。


「レイコ殿!! これ以上の争いは無意味だ!! 私は…そなた達を傷付けに来た訳では無い!『仲間になってほしい』と話に来ただけなのだ!!」


「《…ウルサイ…ヤツめ…!!》」


秋声の声は聞こえていた。 分かっている。 彼は自分の知っている『汚らしい人間』ではない。
しかしレイコは人間のことを信用出来なかった。 九尾はレイコの思考を読み取ると、黒い結晶を四つ作り上げ、秋声へと放った。


「!?」


すぐに黒い結晶を感知した秋声は身構えたが、結晶が秋声に当たるほうが早かった。 黒い結晶に当たると古い映像が脳裏に映り込んできた。


『母様! 父様!』

「………」
(これは…記憶の欠片か…?)


小さなレイコが顔の見えない父と呼ばれた男と優しく微笑んでいる女に抱き着いていた。 次の結晶が飛んでくると沢山の赤い目に囲まれた母と幼いレイコが走っていた。


『汚らわしい女狐め!!』
『消えてなくなれ!!』
『人間を誑かしおって!!』
『どうして!? 父様!? 私達に酷いことをするの!?母様!!』
『レイコ!今は逃げる時なのです!』
『……っ』


幼いレイコは母の言葉に泣きそうになりながらも頷いた。 秋声は人間達が幼いレイコと母に言った言葉に心を痛めた。


(なんということだ…! レイコ殿と母上殿は父と人間達に裏切られたのか…?)


目を細めながら、レイコ達の身を案じていると次の結晶が飛んできた。
結晶が見せた最初の光景に秋声は目を見開いた。


『…母様…?』


幼いレイコは地面に横になっていた。 母は幼いレイコの上に倒れ伏していた。 着物はボロ雑巾のように所々破られ、九本の尾は傷付き、見る影もなかった。 母は最後の力を振り絞り、幼いレイコの頬を触りながら言った。


『……レイコ……怖い思いをさせて…すまぬかったなぁ…』
『いいえ! 私はこわくありませんでした! 母様が…守ってくださったからです!』
『そうか…そなたは、良い子だな…レイコ…』


段々と母の言葉は弱々しいものとなっていった。 幼いレイコは母の着物を強く握りしめ、涙を流しながら言った。


『母様…! 私…なんでもいたします…!! 母様が喜んでくださるなら、なんでもいたします!
だから…私を置いていかないでください…!! お願いします…!!』
『…私は…いつだって…そなたのことを思い、守り続けましょう』
『え?』


にこりと母が笑った瞬間……母の姿は消えた。 幼いレイコの体が跳ね上がると、黒い霧がレイコを包み込んだ。 母を手にかけた人間達は幼いレイコが手にかけていった。


「………」



レイコの過去に秋声は一筋の涙を流した。 顔を下に向けた秋声に最後の結晶が飛んできた。 


『あの日以来…妾は…人間を信じないと誓ったのです』
「!」
(レイコ殿の…思念か…?)


黒い空間の中レイコの声が、反響し、音と音同士がぶつかると波紋を広げていった。


『人間の助けなどいらぬ。 人間の温もりなど知らぬ。 人間の声も姿も目に映したくない。

人間など…全て滅びてしまえばいい』
「……っ」


だから、頑なに私のことを拒絶するのだな。 一層強くなった黒い風が秋声に襲いかかった。


「くっ…!」


『妾が強ければ、母様が死ぬこともなかった…!! あの時の妾は弱く、惨めな存在だった…!! 母様の積荷でしかなかったのだ…!!』
「………」


段々とレイコの声が震え始めたことに秋声の心に傷がついたのを感じた。 黒い風を手で覆いながら、秋声は叫んだ。


「そなたは何も悪くないっ!!!」

「……っ」


過去を思い出したレイコは、顔を手で覆っていたが、聞こえてきた秋声の声に目を見開いた。


「人間達のことが憎ければ私を憎め!! そなたの怒りを私にぶつけろ! 何度だって…受け止めてやる!!」
「一一一」


レイコは少しずつ手を下げていき、秋声の声の方角を見つめた。


(一体…何を言っているのかしら…? そんな事したら…貴方は壊れてしまうのに…?)


初めてだった。 今まで言われたことはなかった。 全てを受け止めてくれたのは母だけだ。 甘い言葉に惑わされるな…!
強く自分に言い聞かせたレイコは扇子を広げると前方へ舞を踊った。 この舞は母にずっと教えられてきた舞だった。 舞を踊ると黒い風が四方へと散っていった。舞を踊るのをやめるとレイコは秋声に向けて、声を張り上げた。


「何度も言ったはずですわ!! 人間など信じるに値しないと!! 妾は母様と共に生きていきますの!! 誰にも止められませんわ!!」
「止めてみせるさ!! 私は、諦めが悪いんでな!!」
「オホホホホ…!!そこまで言うのなら、やってごらんなさい!!」


全速力で駆け出した秋声の動きに九尾の尾が攻撃を始めた。 尾の先端に重圧の力がかかっているようで、秋声に当たらなかった地面が大きな穴が空いていった。 しかし秋声には先程までの焦りはなかった。ただレイコの事だけを見つめていた。


一一やめて。 そんな目で、妾を見ないで。
やめて。 貴方が近づければ近づくほど妾の中にいる母様が強く蠢いて、痛めつけてくるから。
やめて。やめてやめてやめてやめてやめて!!


「こっちに来るなァァァ!! バケモノめ!!」
「!!」


レイコの言葉に秋声の頭の中で過去の映像が鈴の音と共に浮かんできた。 それと同時に頭上に迫っていた尾を叩き付けられた。


「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」


秋声を仕留めた安堵感と久方振りに大声を張り上げたことで、レイコは激しく息を吐き出していた。息が落ち着いてくるとレイコは肩を揺らしながら笑い始めた。


「アハ…アハハ…!! やりましたわ…! やりましたわよ…!母様!! これで褒めてくれますわよね!?」


そうだと言うようにレイコの腹部が大きく唸った。 レイコは恍惚な顔をしながら、腹部を撫でると尾を上に上げた瞬間一一黒い影が目の前に迫って来た。


「!?」


咄嗟にレイコは瞬時に防御体制に入り、目の前にやってきた黒い影の腹部へと貫いた。 それと同時に自分のことを抱き締めてきたのだ。



「…驚かせて…すまなかったな……レイコ殿」

「一一一」


レイコは黒い影の正体が秋声だと分かり、目を見開いた。 抱きしめられているのは秋声だと分かった瞬間一レイコの頬に一筋の涙が流れた。
大きく目を見開いたまま、レイコは秋声に問いかけた。


「…貴方は、潰れたはずでしょう…? 何故生きているのですか?」
「尾を受け止めたのだ…おかげで…片手は使い物にならなくなったがな…」
「……嘘でしょう…? 受け止めたですって…? そんな事…ありえませんわ…!!」
「何故そう思うんだ?」
「くっ…! それは一一」「レイコ」
「!」

秋声の声は、酷く優しかった。 ゆっくりと顔を上にあげると…瞳に赤い光を灯した秋声の顔が見えた。




「言ったであろう? 私に…全てをぶつければ良いのだ」
「………」
「そなたの苦しみも…怒りも…憎しみも…悲しい思いも…私は全て、理解出来る」
「………」
「今は信じてくれなくても良い。 これから少しずつ…人間のことを許し、信じてくれれば…良いのだ」
「………」

「これからは…私が、そなたのことを守ってやる。 だから、私と共に来てはくれぬか?」
「……はい…!」

レイコが泣き崩れると共に、秋声もレイコにもたれながら倒れた。

「!!」

自分のやってしまったことを思い出したレイコは、秋声の腹部から尾を引っ込めた。 秋声は咳き込みながらレイコに手を伸ばしながら言った。

「…そなたは、何も悪くない…氷雨が来たら…伝えるのだ」
「しゅ、秋声様…!! しっかりしてくださいませ…!!」


目が虚ろになってきた秋声に血の気が引いていったレイコは必死になって呼びかけた。 嵐が収まった大地にはレイコが秋声を呼ぶ声が響き渡っていたのであった。


END
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