鬼手紙一過去編一

ぶるまど

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鈍色の花冠

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【鏡野家*鏡野   泰斗編】一第三話一






《鬼繋がりの儀式》の後泰斗さんは高熱を出して、倒れてしまった。 体温は38.9℃に上がっていた。 診療所を休診する貼り紙を灯都与に貼ってきてもらい、私は泰斗さんの傍で看病をしていた。

「はぁ…はぁ…」
「泰斗さん…」

泰斗さんは苦しそうに息をついていた。 私に出来ることは熱を下げるためにアイスノンをしたり、お粥を作ったり、水分補給をしたり、汗を拭き取ることしか出来ない。 もどかしく思っていると、泰斗さんは片目を開け「ひなちゃん…」と掠れた声で言った。

「どうしました?」
「…病魔の鬼が…交渉してきた…」
「交渉?」

雛瀬は怪訝そうな顔で泰斗に聞き返した。 

「『友に…我を移せ。そうすれば、お前は…苦しみから解放される』って言ってきたんだ」
「友って……まさか、力也さんのこと…!?」
「……そうだと、思う…」
「そんな…!」

手で口を隠した雛瀬は、信じられない表情をしていた。 力也と泰斗は昔から仲が良かった。 力也の寿命の話は雛瀬も知っている。 もし、病魔の鬼を移してしまえば…彼の寿命は更に縮まってしまうだろう。
しかし、交渉を断ってしまえば泰斗はどうなるだろうか。
雛瀬が考え込んでいると、泰斗が雛瀬を呼んだ。 雛瀬は返事を返すと、泰斗の手を握りしめながら言った。

「泰斗さん…私には…どうしたらいいか…分かりません。 このまま貴方が苦しんでいるのも嫌です…でも、力也さんに病魔の鬼を移すのも嫌です」
「ありがとう…ひなちゃん…君の気持ちは嬉しいよ」
「……」
「病魔の鬼には俺が言っておく…何とかするよ。君に手出しはさせないから、ね?」
「……っ」

掠れた声ではあったが、泰斗の目には光があった。 弱々しく笑った泰斗に雛瀬は手を強く握り返したのだった。

***

神経を集中させ、病魔の鬼と交信を始めた。 病魔の鬼はすぐに出て来た。 黒い空間には座っている俺と…全身を包帯で巻いた男が現れた。 男は鬼の仮面を被り、両目は赤い光を宿していた。 病魔の鬼は首を傾げ、俺に問いかけてきた。


『我に、話とはなんだ?』
「さっきの交渉の件だ」
『ほう?結論は出たか?』
「…りっちゃんにお前を移す。ただし…俺とひなちゃんとの約束が守れないなら、断る」
『……言ってみろ』
「……っ」

病魔の鬼は俺の足を踏みつけると顔を近付けさせた。 言葉には怒気が混じっていた。 吐息がかかるほどの距離に怯みそうになったが、堪えることが出来た。

「…りっちゃんの中に移っても…何もするな…! 寿命を縮めるなんてことをしたら、許さないぞ…!!分かったか!?」
『………』
「………」

病魔の鬼に負けじと、怒気を含めながら言うと彼は目を細め、俺を見つめ来た。 長い沈黙の後、病魔の鬼は俺から離れると言った。

『分かった…約束は守ろう』
「…よかった…」

一一この時泰斗は気付かなかった。 病魔の鬼は安堵の息をついている泰斗を嘲笑っていた。

(いつの時代も…人間というのは愚かだなぁ…ククク…!!)

泰斗に悪巧みを隠すために早々と姿を消した。 五十嵐 力也に移る時は、もう少しで訪れることを病魔の鬼は予知していた。

(アァ…楽しみだ…)

黒い輪を作り、泰斗の様子を確認した。 巫女に嬉しそうに話しかける泰斗を見て、病魔の鬼は笑うことを堪えるのに必死だった。 さて…五十嵐 力也に移る日が楽しみだ。

***



夜を迎えた鏡野家の屋敷は、重い雰囲気に包まれていた。 泰斗は遠野から聞かされたRTEの話と灯都与達の実験の話に頭がついていけなかった。 泰斗が落ち着いて、雛瀬に話せるようになったのは寝る前になってからであった。
泰斗から遠野達の話を聞いた雛瀬は口を手で覆っていた。 簡単に信じられる話ではない。 自分だって気持ちの整理をつけるのに時間が掛かってしまったのだから。 雛瀬は小さな声でぽつりと呟いた。


「…本来なら…未来のことは、誰にも分からないんです。 RTEによって…時を越えて…悲劇を迎えて…悲劇が終わったら…時間が巻き戻るなんて…信じられないです…!
灯都与達が…明日になったら、遠野達に連れて行かれてしまうなんて…!」
「ひなちゃん…」


雛瀬の目からは涙が溢れかえり、零れていった。 泰斗は雛瀬を抱きしめると背中を優しく摩りながら言った。


「後悔のないように、過ごそう。 俺達も辛いけど……一番辛いのは、灯都与達だと…思うから…」
「…そうですね…普通に、暮らしていただけなのに……離れ離れにさせるなんて…可哀想ですよね…」
「うん。せめて… 緋都瀬だけでも守り抜いてあげようね」
「はい。分かりました」

泰斗と雛瀬はお互いに頷くと、手をつなぎながら、布団の中へと潜り、電気を消した。 泰斗は目をつぶりながら灯都与に出来ることを考えながら寝ようとしていた時だった。


ドンドンドン!!

「「!?」」

玄関の扉が強く叩かれた音で、目が覚めた。 雛瀬が反射的に電気をつけた。 二人は顔を見合わせていると、雛瀬は小声で言った。

「こんな夜中に…誰でしょうか?」
「分からない…俺が見に行ってくるよ。 ひなちゃんは灯都与と緋都瀬の事を頼んだよ」
「分かりました…!お気をつけて」

泰斗は立ち上がると、部屋を出ると早足で玄関の方に向かって行った。


***


玄関に着くと、泰斗は恐る恐る扉の鍵を開けた。

立っていたのは…顔を下に向けた力也だった。

「りっちゃん…一一」

「どうしたの?」と聞こうとした泰斗の言葉は首を絞められ、押し倒された事で途切れてしまった。

「お前が私に病魔の鬼を移したせいで!!私の命は縮められた!!七月いっぱいまでしか、私は生きられないんだよ!!」
「はっ…あ…そんな…!病魔の鬼は、そんなこと、言ってなか…うぅ…」
「何故私に病魔の鬼を移した!?ああ?言ってみろ!!」
「くっ…う……病魔の鬼には…君に何もしないって…約束させたんだ。命は…吸い取らないって…言ってたんだ」
「はっ…!そんな嘘を誰が信じると思っているんだ?私を馬鹿にしているのか!?」
「違う…!本当だよ…!俺だって…りっちゃんに移したくなかった…!!そうしなければ…ひなちゃんと灯都与達の命はないって…おどされ…うぅ…」

泰斗の言っていることは嘘ではなかった。 病魔の鬼は言っていた。

『我を五十嵐 力也へと移せ。 さまもなくば、巫女と子供らの命はない』

初めて病魔の鬼が話しかけてきた時に言われた言葉は泰斗にとって衝撃的だった。 だから病魔の鬼に約束させたのだ。

「お前の言葉など信じないと言っただろうが!!幼い頃から私が病弱だった事を心の中で笑っていたんだろう!?私だって好きでこんな体に生まれた訳じゃない!! なのに、お前は…!!」
「っ…りっちゃん…やめて、くれ…!」
「安心しろ…!お前を殺した後私も死ぬ…!!七月いっぱいまでしか保たない命なら、死んだ方がマシだ!!」
「……、……」

【ケケケ…!我を怒らせたのが悪いのだ…!!】
(くそ…!病魔の鬼…!!)

意識が朦朧としてきた頭で、力也の後ろに浮かび上がった影は、病魔の鬼だった。 影を捕まえようとしたが、手に力が入らなかった。

(ダメだ…意識が…)

泰斗が意識を手放しそうになった瞬間一一青い光が泰斗の目の前を通り過ぎていった。
力也は悲鳴を上げ、泰斗の首から手を離した。

「げほっ、げほげほ!!」
「泰斗さん、大丈夫?」
「うん…な、何とかね…」

口に空気が入り込んだ事で、咳き込んだ泰斗の背中を雛瀬がさすってくれた。 両目を抑えていた力也は雛瀬を睨み付けながら言った。

「《おのれ…!!慈悲鬼の巫女め…!!余計なことをするな…!!》」
「知ったことですか…!!旦那様を守るのは私の使命です!それよりも…約束が違うではありませんか!!病魔の鬼!!」
「《フン…力也の心中を知らぬからそんなことが言えるのだ》」
「どういう意味だ…?りっちゃんに何をした…!」

「《力也は…死にたがっていたのだよ。遠い昔からな》」
「え?」
「………」

遠い昔…それは、幼い頃からということだろうか? 俺とひなちゃんは、病魔の鬼の言葉に呆然することしか出来なかった。

「《己の体の弱さを後悔し、子どもらとろくに遊ぶことも出来ず、部屋から出ることも厳しいと言われた時の力也の気持ちが分かるか?分からんだろう?貴様らは少しでも力也の気持ちを察してやったことがあったのか?》」
「………」
「《幼なじみ達にも迷惑をかけ、母と妻達にも迷惑をかけ、子ども達と過ごせるのが残り僅かとなった一一》

私の気持ちなど……お前達に分かってたまるか!!」
「…りっちゃん…」
「………」

病魔の鬼から入れ替わった力也は涙を流し、叫ぶように言った。 泰斗も涙を流した。

「お前など…親友でもなんでもない。 お前の子どもたちも私の屋敷に出入りさせるな。二度と…私の前に現れるな!!」
「りっちゃん…!!」
「…力也さん…」

力也は叫ぶように言うと、玄関を飛び出して言った。 泰斗は後を追おうとしたが、雛瀬に止められた。

「力也さんの事は…そっとしておきましょう。考える時間が必要だと思うわ…」
「……ごめんね…ひなちゃん…助けてくれて、ありがとう…」
「…泰斗さん。泣いてもいいんですよ。それぐらいの権利くらいは、あるはずですよ」

雛瀬の言葉を聞いた瞬間一一涙が溢れ、こぼれ落ちていった。



一一幼い頃、りっちゃんと約束したことがあった。

『お医者さんになったら、りっちゃんの病気をなおしてあげるよ!』
『ほんとに?』
『うん!約束するよ!』
『ありがとう…たいちゃん…そう言ってくれてうれしいよ』
『えへへ~!』

あの時は本気で力也の病気を治せると信じて疑わなかった。
力也は物静かで優しくて、俺達の中心にいた。 皆の前では笑うことは少ないけど、俺の前ではよく笑ってくれた。
俺は…りっちゃんの為なら何でもできた。

それなのに…俺は…りっちゃんの事を何も分かっていなかった。

「うっ…うう…あ、あ……ごめん…ごめんね…!!りっちゃん…!!ううう…!!」
「……」

力也が去って行った方向に向かって、泰斗は土下座をし、叫ぶように泣いた。
泰斗の背中を慰めるように撫でていた雛瀬も泣いていたのであった。

END
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