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君の隣で眠りたい
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【五十嵐家*五十嵐 力也編】一第三話一
一
私と母様は、秋世と秋鳴に説明するにはどうすれば良いかを話し合った。 話し合いの結果…私が秋世に話し、秋鳴と他の子ども達には母様が説明してくださることになった。
「………」
自室に秋世を呼んだ後、頭の中で遠野の話を整理していた。 正直言ってRTEの事を説明するのは難しいと感じた。 時間が止まることは確かだが、普通のタイムスリップとは違う。異世界に行くわけでもない。 永遠に秋と冬が来ることはない…そこまで考えた私は、ようやく頭の中がまとまった。
「…そうか…そういう事だったのか…」
一人呟くように言うと、紙を握り潰した。
私たちは、絶望を突きつけられたのだ。
それも、簡単に受け入れられないものを、受け入れろと言われたのだ。
「クソ…!クソクソ…!!」
私の命は一ヶ月しか保たないというのに。 秋世達と穏やかに過ごしたかっただけなのに。 全てはアイツらのせいだ。アイツらが災いを持ってきたのだ…!!
「当主様、入りますよ?」
「あ、ああ…いいよ。入っておいで。秋世」
「失礼します」
秋世の声が聞こえた事で、我に返った私は言った。先程の言葉は聞こえてないだろうか?少々不安になりながらも、秋世は私の側へとやって来ると座った。
「お話とは…何でしょう?」
「…秋世。今から話すことは簡単に理解することは出来ない。だが…最後まで、聞いてほしいんだ」
「分かりました」
深呼吸をして、自分自身を落ち着かせた後、私は秋世を見つめながら遠野に聞かされた事を話した。
RTEという装置で時を越え、同じ時間に辿り着き、悲劇を記録し続けること。 それぞれに訪れる悲劇は鈴鹿御前に預言されたものであり、回避することは不可能だということ。 双鬼村に秋と冬は来ることはない。時間が巻き戻るからだということ。
秋鳴達が《鬼人》の実験体として選ばれたこと。 明日になれば別れなければならないことを話した。
「……一一」
秋世は私の話を聞いた後目を見開き、信じられないといった顔をしていた。 両手で口を抑えると瞳いっぱいに溜め込まれた涙は流れていった。私は秋世の事を抱きしめた。
「秋世…すまない……私の所に嫁いだせいで、こんな事になってしまって…本当に、すまない…」
「……いいえ…貴方のせいではありません。悪いのは、遠野という人です…! 私はどうなっても構いません。秋鳴のことは、絶対に渡しません…!
だって…実験に使われる為に秋鳴を育てたわけではないですから…!!」
秋世の言葉に私も涙を流した。 彼女の頭を撫でながら言った。
「そうだな…君の言うとおりだよ…秋世…母親というのは、強いものだな」
「はい。双子を産んで、育てた母は強いのですよ?」
「君がいると…本当に心強いな…ありがとう…秋世。愛しているよ」
「私もですよ」
お互いに微笑み合うと、どちらがいうでもなく、離れた。 ふと秋世は気付いたように言った。
「秋鳴には…話されたんですか?」
「いや…母様が秋鳴達に話をしてくれている」
「そうなのですね……今の話を…秋鳴は受け入れられるのでしょうか…」
「それは、分からない…全てはあの子の意思次第だろう…」
「…秋人のことは、どうしますか?」
「……」
まだ秋人は6歳だ。6歳の子どもに到底話せることではない。 隠し続けられるかと言えばそれも怪しい。 だが、秋世の言葉を聞いて、私は決意した。
「…秋人だけは、守ろう。何があっても。あの子に罪はない。 大人たちの陰謀に…幼い子どもを巻き込むわけにはいかないからな」
「ええ…そうですね…!それが、親の務めですものね」
「ああ…必ず、守ろう」
「はい…!」
手と手を合わせ、お互いに微笑み合っていた時だった。
《お前には無理だ》
「っ!」
「?」
頭の中で、声が聞こえた。腹部で《何か》が蠢いた。
「どうされました…?お体の調子が悪いんですか?」
「いや…何でもない。大丈夫だ」
「…それなら、いいんですけど…」
「もう、遅い時間だ…寝室で待っててくれ。すぐに向かうよ」
「はい…分かりました。お休みなさいませ」
「お休み…」
秋世は納得していない様子だったが、にこりと微笑んだ後部屋から去って行った。秋世の気配が遠ざかったのを確認すると、部屋を見渡しながら言った。
「誰だ…!?どこにいる…!?」
《俺は、お前の中にいる》
「何だと…!?」
《俺は【病魔の鬼】。元は違うヤツの中にいたが、お前に乗り移ったのだ》
「《病魔の鬼》…!?くっ…あ…」
病魔の鬼とは…人の心を読み取り、病を進行させ、命を吸い取る鬼として知られていた。鬼繋がりの儀式で、鬼の力を授けられた時に誰かへと継承されたのだろう。
突然心臓が痛み出した力也はその場に崩れるように倒れた。
《お前は脆い…元々病弱だったらしいな?》
「うるさい…黙れ…!!私の中から、出て行け…!!」
《それは出来んな。俺をお前に移した奴の名を教えてやる》
「……」
《お前に、俺を移したのは……鏡野 泰斗だ》
「は…?」
力也は頭が殴られたような衝撃を受けた。 病魔の鬼は続けて言った。
《鬼神様から俺を受け取った奴は、ずっと悩んでいた。『自分は医者なのに病魔の鬼を与えられるなど信じられない』とな。 このままだと妻と子どもにも触れられないと思った泰斗は…苦渋の決断の末…お前に移すことを決めたのだ》
「あ、あぁ…!!まさか、秋世にお前の病が…!!」
《安心しろ。俺は宿主の意思が無ければ他人には移らぬ》
「…よかった…」
《ただし…俺の半身を誰かに移さねば…秋世は病にかかるだろう》
「っ!」
胸をなで下ろした力也だったが、『秋世は病にかかる』と聞いて、息が詰まるかと思った。
「……そんな…秋世を、苦しませるなんて…私には、耐えられない…!!」
《ならば、どうする?泰斗を殺すか?》
「違う…!!あいつには…今まで世話になったんだ…!!何かの間違いで、私に移してしまったんだ…!!だから、お前が私の中から出ていけばいいだけの話だろう!!」
《それは、我を愚弄したと見ていいんだな?》
「…あ…いや…そんなつもりは…!」
病魔の鬼の声から怒りを感じていた。 勢いで言ってしまった力也は声を震わせながら、謝ろうとしたが、突然心臓が強く痛み始めた。
「あぁ…!!か、はっ…!!」
《貴様の命は、我が握っているのだ。病弱な貴様の命を奪い取るなど造作もないことだ》
「は、はぁ…やめて、くれ…!!うう!!」
床に転がり、息をするのもやっとな力也を凝視する目玉が天井に現れた。仰向けになった力也は目玉を見た瞬間短い悲鳴を上げた。
《ああ…そうだ…貴様の心が壊れるであろう…とっておきの事実を言ってやる》
「?」
《貴様の命は…七ノ月いっぱいまでしか保たぬ》
「……え?」
力也の動きが止まった。 病魔の鬼の言葉を理解することが、出来なかった。
《原因は、我を宿した事と…我を怒らせた事だ。病弱な貴様には相性は最悪だっただろうな?》
「……一一」
大きく見開かれた瞳から涙が溢れ、流れていった。いつの間にか目玉は消えると、力也の姿に化けた病魔の鬼が現れると力也を抱き起こした。
『可哀想に、な……我を宿させしなければ、お前の命はもう少し保ったかもしれぬのになぁ?』
「………」
『何か、言いたいことはあるか?』
「……して、やる…」
『ん?』
「泰斗を…殺してやる…!!」
力也の目は強く赤い光が宿った。 病魔の鬼は口が裂けるほどに笑うと、力也の中に戻っていった。
《ククク…!!イイゾイイゾ!!さすがは復讐鬼の子孫だ。そうでなくては…!!》
「あいつのせいだ…あいつが悪いんだ…あいつのせいで、私の命は…!!」
力也に病魔の鬼の言葉は聞こえていなかった。 頭の中にあるのは一つだけだった。
《泰斗を殺す》事に、力也は全神経を集中させると姿を消したのであった。
***
田んぼでよく鳴いている蛙達は静まりかえっていた。 分厚い黒い雲が夜空の星を隠すと、小雨が降り始めていた。 瞬間移動で鏡野家の屋敷の前までやってきた力也は扉を力強く叩いた。
ドンドンドン!!
屋敷の中は暗かったが、音を出した瞬間二階の部屋の電気がついた。
「…………」
雨は少しずつ強くなり、大量の雫が空から降り始めてきた。 玄関の灯りがつき、扉を開けたのは…泰斗だった。
「…りっちゃん…」
「っ!!」
「がっ!!」
泰斗の姿を見た瞬間一一力也は首を締め上げると地面へと押し倒した。
「お前が私に病魔の鬼を移したせいで!!私の命は縮められた!!七月いっぱいまでしか、私は生きられないんだよ!!」
「はっ…あ…そんな…!病魔の鬼は、そんなこと、いってなか…うぅ…」
「何故私に病魔の鬼を移した!?ああ?言ってみろ!!」
「くっ…う……病魔の鬼は…君には、何もしないって…約束させたんだ。命は…吸い取らないって…言ってたんだ」
「はっ…!そんな嘘を誰が信じると思っているんだ?私を馬鹿にしているのか!?」
「違う…!本当だよ…!私だって…りっちゃんに移したくなかった…!!そうしなければ…ひなちゃんと灯都与達の命はないって…おどされ…うぅ…」
首の締め付けが強くなると、泰斗の意識が朦朧と仕始めていた。 力也が首を締め付ける力を強めたのだ。 血走った目で力也は言った。
「お前の言葉など信じないと言っただろうが!!幼い頃から私が病弱だった事を心の中で笑っていたんだろう!?私だって好きでこんな体に生まれた訳じゃない!! なのに、お前は…!!」
「っ…りっちゃん…やめて、くれ…!」
「安心しろ…!お前を殺した後私も死ぬ…!!七月いっぱいまでしか保たない命なら、死んだ方がマシだ!!」
「……、……」
何かを言おうとした泰斗の口は言葉にならなかった。 あともう少しで泰斗の命は尽きることを確信した力也はニヤリと笑った時だった。
「やめて!!力也さん!!」
「……雛瀬…」
青い数珠玉を持った雛瀬が力也を制止の声をかけた。 力也が顔を上げた瞬間一一青い光が力也の目に飛び込んでいった。
「ああああ!!」
「げほっ、げほげほ!!」
「泰斗さん、大丈夫?」
「うん…な、何とかね…」
力也が目を押さえて、もだえ苦しんでいる間に雛瀬は泰斗を力也から引き離した。 突然開放された事で、空気が肺に入り込んだ泰斗がむせ込んでいた。
「《おのれ…!!慈悲鬼の巫女め…!!余計なことをするな…!!》」
「知ったことですか…!!旦那様を守るのは私の使命です!それよりも…約束が違うではありませんか!!病魔の鬼!!」
「《フン…力也の心中を知らぬからそんなことが言えるのだ》」
「どういう意味だ…?りっちゃんに何をした…!」
「《力也は…死にたがっていたのだよ。遠い昔からな》」
「え?」
「………」
泰斗と雛瀬は病魔の鬼の言葉に呆然としていた。
「《己の体の弱さを後悔し、子どもらとろくに遊ぶことも出来ず、部屋から出ることも厳しいと言われた時の力也の気持ちが分かるか?分からんだろう?貴様らは少しでも力也の気持ちを察してやったことがあったのか?》」
「………」
「《幼なじみ達にも迷惑をかけ、母と妻達にも迷惑をかけ、子ども達と過ごせるのが残り僅かとなった一一》
私の気持ちなど……お前達に分かってたまるか!!」
「…りっちゃん…」
「………」
病魔の鬼から力也へと入れ替わった彼は涙を流し、叫ぶように言った。 泰斗も涙を流していた。
「お前など…親友でもなんでもない。 お前の子どもたちも私の屋敷に出入りさせるな。二度と…私の前に現れるな!!」
「りっちゃん…!!」
「…力也さん…」
もう一度叫ぶように力也は言うと、玄関を飛び出して言った。 泰斗は後を追おうとしたが、雛瀬に止められた。
「力也さんの事は…そっとしておきましょう。考える時間が必要だと思うわ…」
「……そう、だね…ごめんね…ひなちゃん…助けてくれて、ありがとう…」
「…泰斗さん。泣いてもいいんですよ。それぐらいの権利くらいは、あるはずですよ」
「うっ…うう…あ、あ……ごめん…ごめんね…!!りっちゃん…!!ううう…!!」
「……」
力也が去って行った方向に向かって、泰斗は土下座をするように泣いた。泰斗の背中を慰めるように撫でていた雛瀬も泣いていたのであった。
END
一
私と母様は、秋世と秋鳴に説明するにはどうすれば良いかを話し合った。 話し合いの結果…私が秋世に話し、秋鳴と他の子ども達には母様が説明してくださることになった。
「………」
自室に秋世を呼んだ後、頭の中で遠野の話を整理していた。 正直言ってRTEの事を説明するのは難しいと感じた。 時間が止まることは確かだが、普通のタイムスリップとは違う。異世界に行くわけでもない。 永遠に秋と冬が来ることはない…そこまで考えた私は、ようやく頭の中がまとまった。
「…そうか…そういう事だったのか…」
一人呟くように言うと、紙を握り潰した。
私たちは、絶望を突きつけられたのだ。
それも、簡単に受け入れられないものを、受け入れろと言われたのだ。
「クソ…!クソクソ…!!」
私の命は一ヶ月しか保たないというのに。 秋世達と穏やかに過ごしたかっただけなのに。 全てはアイツらのせいだ。アイツらが災いを持ってきたのだ…!!
「当主様、入りますよ?」
「あ、ああ…いいよ。入っておいで。秋世」
「失礼します」
秋世の声が聞こえた事で、我に返った私は言った。先程の言葉は聞こえてないだろうか?少々不安になりながらも、秋世は私の側へとやって来ると座った。
「お話とは…何でしょう?」
「…秋世。今から話すことは簡単に理解することは出来ない。だが…最後まで、聞いてほしいんだ」
「分かりました」
深呼吸をして、自分自身を落ち着かせた後、私は秋世を見つめながら遠野に聞かされた事を話した。
RTEという装置で時を越え、同じ時間に辿り着き、悲劇を記録し続けること。 それぞれに訪れる悲劇は鈴鹿御前に預言されたものであり、回避することは不可能だということ。 双鬼村に秋と冬は来ることはない。時間が巻き戻るからだということ。
秋鳴達が《鬼人》の実験体として選ばれたこと。 明日になれば別れなければならないことを話した。
「……一一」
秋世は私の話を聞いた後目を見開き、信じられないといった顔をしていた。 両手で口を抑えると瞳いっぱいに溜め込まれた涙は流れていった。私は秋世の事を抱きしめた。
「秋世…すまない……私の所に嫁いだせいで、こんな事になってしまって…本当に、すまない…」
「……いいえ…貴方のせいではありません。悪いのは、遠野という人です…! 私はどうなっても構いません。秋鳴のことは、絶対に渡しません…!
だって…実験に使われる為に秋鳴を育てたわけではないですから…!!」
秋世の言葉に私も涙を流した。 彼女の頭を撫でながら言った。
「そうだな…君の言うとおりだよ…秋世…母親というのは、強いものだな」
「はい。双子を産んで、育てた母は強いのですよ?」
「君がいると…本当に心強いな…ありがとう…秋世。愛しているよ」
「私もですよ」
お互いに微笑み合うと、どちらがいうでもなく、離れた。 ふと秋世は気付いたように言った。
「秋鳴には…話されたんですか?」
「いや…母様が秋鳴達に話をしてくれている」
「そうなのですね……今の話を…秋鳴は受け入れられるのでしょうか…」
「それは、分からない…全てはあの子の意思次第だろう…」
「…秋人のことは、どうしますか?」
「……」
まだ秋人は6歳だ。6歳の子どもに到底話せることではない。 隠し続けられるかと言えばそれも怪しい。 だが、秋世の言葉を聞いて、私は決意した。
「…秋人だけは、守ろう。何があっても。あの子に罪はない。 大人たちの陰謀に…幼い子どもを巻き込むわけにはいかないからな」
「ええ…そうですね…!それが、親の務めですものね」
「ああ…必ず、守ろう」
「はい…!」
手と手を合わせ、お互いに微笑み合っていた時だった。
《お前には無理だ》
「っ!」
「?」
頭の中で、声が聞こえた。腹部で《何か》が蠢いた。
「どうされました…?お体の調子が悪いんですか?」
「いや…何でもない。大丈夫だ」
「…それなら、いいんですけど…」
「もう、遅い時間だ…寝室で待っててくれ。すぐに向かうよ」
「はい…分かりました。お休みなさいませ」
「お休み…」
秋世は納得していない様子だったが、にこりと微笑んだ後部屋から去って行った。秋世の気配が遠ざかったのを確認すると、部屋を見渡しながら言った。
「誰だ…!?どこにいる…!?」
《俺は、お前の中にいる》
「何だと…!?」
《俺は【病魔の鬼】。元は違うヤツの中にいたが、お前に乗り移ったのだ》
「《病魔の鬼》…!?くっ…あ…」
病魔の鬼とは…人の心を読み取り、病を進行させ、命を吸い取る鬼として知られていた。鬼繋がりの儀式で、鬼の力を授けられた時に誰かへと継承されたのだろう。
突然心臓が痛み出した力也はその場に崩れるように倒れた。
《お前は脆い…元々病弱だったらしいな?》
「うるさい…黙れ…!!私の中から、出て行け…!!」
《それは出来んな。俺をお前に移した奴の名を教えてやる》
「……」
《お前に、俺を移したのは……鏡野 泰斗だ》
「は…?」
力也は頭が殴られたような衝撃を受けた。 病魔の鬼は続けて言った。
《鬼神様から俺を受け取った奴は、ずっと悩んでいた。『自分は医者なのに病魔の鬼を与えられるなど信じられない』とな。 このままだと妻と子どもにも触れられないと思った泰斗は…苦渋の決断の末…お前に移すことを決めたのだ》
「あ、あぁ…!!まさか、秋世にお前の病が…!!」
《安心しろ。俺は宿主の意思が無ければ他人には移らぬ》
「…よかった…」
《ただし…俺の半身を誰かに移さねば…秋世は病にかかるだろう》
「っ!」
胸をなで下ろした力也だったが、『秋世は病にかかる』と聞いて、息が詰まるかと思った。
「……そんな…秋世を、苦しませるなんて…私には、耐えられない…!!」
《ならば、どうする?泰斗を殺すか?》
「違う…!!あいつには…今まで世話になったんだ…!!何かの間違いで、私に移してしまったんだ…!!だから、お前が私の中から出ていけばいいだけの話だろう!!」
《それは、我を愚弄したと見ていいんだな?》
「…あ…いや…そんなつもりは…!」
病魔の鬼の声から怒りを感じていた。 勢いで言ってしまった力也は声を震わせながら、謝ろうとしたが、突然心臓が強く痛み始めた。
「あぁ…!!か、はっ…!!」
《貴様の命は、我が握っているのだ。病弱な貴様の命を奪い取るなど造作もないことだ》
「は、はぁ…やめて、くれ…!!うう!!」
床に転がり、息をするのもやっとな力也を凝視する目玉が天井に現れた。仰向けになった力也は目玉を見た瞬間短い悲鳴を上げた。
《ああ…そうだ…貴様の心が壊れるであろう…とっておきの事実を言ってやる》
「?」
《貴様の命は…七ノ月いっぱいまでしか保たぬ》
「……え?」
力也の動きが止まった。 病魔の鬼の言葉を理解することが、出来なかった。
《原因は、我を宿した事と…我を怒らせた事だ。病弱な貴様には相性は最悪だっただろうな?》
「……一一」
大きく見開かれた瞳から涙が溢れ、流れていった。いつの間にか目玉は消えると、力也の姿に化けた病魔の鬼が現れると力也を抱き起こした。
『可哀想に、な……我を宿させしなければ、お前の命はもう少し保ったかもしれぬのになぁ?』
「………」
『何か、言いたいことはあるか?』
「……して、やる…」
『ん?』
「泰斗を…殺してやる…!!」
力也の目は強く赤い光が宿った。 病魔の鬼は口が裂けるほどに笑うと、力也の中に戻っていった。
《ククク…!!イイゾイイゾ!!さすがは復讐鬼の子孫だ。そうでなくては…!!》
「あいつのせいだ…あいつが悪いんだ…あいつのせいで、私の命は…!!」
力也に病魔の鬼の言葉は聞こえていなかった。 頭の中にあるのは一つだけだった。
《泰斗を殺す》事に、力也は全神経を集中させると姿を消したのであった。
***
田んぼでよく鳴いている蛙達は静まりかえっていた。 分厚い黒い雲が夜空の星を隠すと、小雨が降り始めていた。 瞬間移動で鏡野家の屋敷の前までやってきた力也は扉を力強く叩いた。
ドンドンドン!!
屋敷の中は暗かったが、音を出した瞬間二階の部屋の電気がついた。
「…………」
雨は少しずつ強くなり、大量の雫が空から降り始めてきた。 玄関の灯りがつき、扉を開けたのは…泰斗だった。
「…りっちゃん…」
「っ!!」
「がっ!!」
泰斗の姿を見た瞬間一一力也は首を締め上げると地面へと押し倒した。
「お前が私に病魔の鬼を移したせいで!!私の命は縮められた!!七月いっぱいまでしか、私は生きられないんだよ!!」
「はっ…あ…そんな…!病魔の鬼は、そんなこと、いってなか…うぅ…」
「何故私に病魔の鬼を移した!?ああ?言ってみろ!!」
「くっ…う……病魔の鬼は…君には、何もしないって…約束させたんだ。命は…吸い取らないって…言ってたんだ」
「はっ…!そんな嘘を誰が信じると思っているんだ?私を馬鹿にしているのか!?」
「違う…!本当だよ…!私だって…りっちゃんに移したくなかった…!!そうしなければ…ひなちゃんと灯都与達の命はないって…おどされ…うぅ…」
首の締め付けが強くなると、泰斗の意識が朦朧と仕始めていた。 力也が首を締め付ける力を強めたのだ。 血走った目で力也は言った。
「お前の言葉など信じないと言っただろうが!!幼い頃から私が病弱だった事を心の中で笑っていたんだろう!?私だって好きでこんな体に生まれた訳じゃない!! なのに、お前は…!!」
「っ…りっちゃん…やめて、くれ…!」
「安心しろ…!お前を殺した後私も死ぬ…!!七月いっぱいまでしか保たない命なら、死んだ方がマシだ!!」
「……、……」
何かを言おうとした泰斗の口は言葉にならなかった。 あともう少しで泰斗の命は尽きることを確信した力也はニヤリと笑った時だった。
「やめて!!力也さん!!」
「……雛瀬…」
青い数珠玉を持った雛瀬が力也を制止の声をかけた。 力也が顔を上げた瞬間一一青い光が力也の目に飛び込んでいった。
「ああああ!!」
「げほっ、げほげほ!!」
「泰斗さん、大丈夫?」
「うん…な、何とかね…」
力也が目を押さえて、もだえ苦しんでいる間に雛瀬は泰斗を力也から引き離した。 突然開放された事で、空気が肺に入り込んだ泰斗がむせ込んでいた。
「《おのれ…!!慈悲鬼の巫女め…!!余計なことをするな…!!》」
「知ったことですか…!!旦那様を守るのは私の使命です!それよりも…約束が違うではありませんか!!病魔の鬼!!」
「《フン…力也の心中を知らぬからそんなことが言えるのだ》」
「どういう意味だ…?りっちゃんに何をした…!」
「《力也は…死にたがっていたのだよ。遠い昔からな》」
「え?」
「………」
泰斗と雛瀬は病魔の鬼の言葉に呆然としていた。
「《己の体の弱さを後悔し、子どもらとろくに遊ぶことも出来ず、部屋から出ることも厳しいと言われた時の力也の気持ちが分かるか?分からんだろう?貴様らは少しでも力也の気持ちを察してやったことがあったのか?》」
「………」
「《幼なじみ達にも迷惑をかけ、母と妻達にも迷惑をかけ、子ども達と過ごせるのが残り僅かとなった一一》
私の気持ちなど……お前達に分かってたまるか!!」
「…りっちゃん…」
「………」
病魔の鬼から力也へと入れ替わった彼は涙を流し、叫ぶように言った。 泰斗も涙を流していた。
「お前など…親友でもなんでもない。 お前の子どもたちも私の屋敷に出入りさせるな。二度と…私の前に現れるな!!」
「りっちゃん…!!」
「…力也さん…」
もう一度叫ぶように力也は言うと、玄関を飛び出して言った。 泰斗は後を追おうとしたが、雛瀬に止められた。
「力也さんの事は…そっとしておきましょう。考える時間が必要だと思うわ…」
「……そう、だね…ごめんね…ひなちゃん…助けてくれて、ありがとう…」
「…泰斗さん。泣いてもいいんですよ。それぐらいの権利くらいは、あるはずですよ」
「うっ…うう…あ、あ……ごめん…ごめんね…!!りっちゃん…!!ううう…!!」
「……」
力也が去って行った方向に向かって、泰斗は土下座をするように泣いた。泰斗の背中を慰めるように撫でていた雛瀬も泣いていたのであった。
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