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第5章 森王動乱

遊撃部隊

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 エルフ騎士団と魔物達が森林地帯の半ばで衝突したのと同じ頃、大森林のまた別の場所を隆人達が走っていた。
 その視界に魔物が一群入る。


「ティナ」
「はい。行きます〈聖炎は矢を成し敵を撃つ〉『聖炎矢』」


 隆人のすぐ後ろを行くティナが精霊剣を中空に向け、その先端に炎球を生み出す。既にその眼は淡く輝きを帯びておりユニークスキル『天霊眼』を発動している。
 魔法名を唱えると炎球が細かく分裂し、その1つ1つが小さな矢を形作る。火の矢は茂る木々の隙間を縫うように器用に飛び、魔物達突き刺さる。


 矢が刺さった魔物達は一瞬のたうつような動きを見せるがすぐさま炎にその身が包まれ、消えた。


「よし、これで後は標的の3体だね」
「あっちはロロノがやるのです」
「わかった。じゃあその赤いリザードマンはお願いするね。俺は残りの方を仕留めようか『身体強化ブースト


 ティナの聖炎矢で殆どの魔物は焼失したが、三体の魔物がその矢を逃れ、襲いかかってくる。
 その内一体は先程本隊が遭遇したレッドリザードマンでありこちらは手に槍を持っている。そして残りの2体は巨大な黒光りする蜘蛛の魔物、迷宮深層にいた魔物。どちらも推定Aランクの大物である。


 まず、身体強化を発動した隆人が縮地も利用して加速、蜘蛛魔物の片方へと肉薄する。隆人の接近に気づいた蜘蛛魔物が多脚の一本で迎撃を行う。

  スパン

「残念だったね」


 振るわれた多脚は虚しく風切り音を立てるだけで隆人に傷1つ付かない。その脚には既に根元から先が欠落していた。
 多脚が振り下ろされるより速く隆人のセロが切り飛ばしていた。


 そのまま隆人はさらにセロを振るう。かなりの硬度を誇るはずの蜘蛛魔物の外骨格をまるで無抵抗に切り裂いていき、蜘蛛魔物の巨体が沈む。


「キシャッッ」


 一瞬のうちに蜘蛛魔物を一体屠った隆人を白い糸が襲う。もう一体が発射した硬糸による攻撃、木々すら容易く切断する細い刃のごとき糸が迫るが、隆人は動じる事なく、むしろ不敵に笑う。
 硬糸が隆人を貫通する瞬間体を少し傾ける事で糸を回避し、そのまま踏み込み急加速。


 突撃した隆人が蜘蛛魔物とすれ違う瞬間、蜘蛛魔物に銀線が描かれる。一拍遅れたのち、切られた事に気付いたかのように蜘蛛魔物の全身から血が吹き出して、そのまま絶命した。



「ギャァァ!」
「勝負なのです」


 一方、同じ槍を使う事に何かを感じたのかロロノが一直線にレッドリザードマンへ駆ける。レッドリザードマンが槍を突き出してくるが、ロロノは走りながら体をかがめる事でその槍をやり過ごし、すぐさま懐へと潜りこむ。


 そのまま銀羽槍による一撃。危険を悟ったレッドリザードマンが避けようとするが、ロロノの一撃は速く、肩のあたりに風穴が開ける。致命傷とはいかぬがかなりのダメージであり槍が地面に落ちる。


 抵抗するようにレッドリザードマンは息を吸い込み、真下に向けて火炎を放つ。だがそこにはもうロロノの姿はなかった。


「こっち、なのですっ!」

 
 ロロノの声がレッドリザードマンの後方から響く。火炎が放たれる直前には既に回り込んでいたロロノは、飛び上がり槍を深く構え、突く。
 猫耳と尻尾をはためかせながら、力一杯突き出された銀羽槍は、レッドリザードマンの後方、うなじ辺りから首筋を貫通する。


 勢いそのまま倒れ込んだレッドリザードマンの体をは銀羽槍によって地面に縫い留められ、ピクピクと小刻みに体を震わせたのち、動きを止めた。


 隆人とロロノ、2人の手によって、わずか1分も経たずに三体のAランク魔物がその生命活動を停止した。


「レッドリザードマンにスチルスパイダー、Aランクをこうも簡単に……」
「何という方達だ」


 隆人達の後ろに付き従っている数人のエルフ達が目の前で繰り広げられた戦闘とも呼べぬ一方的な展開を唖然とした面持ちで見つめる。
 

「全く。翡翠眼で見てわかってはいたが、本来一体でも災害に匹敵するAランクの魔物を赤子扱いとは。この遊撃部隊でオークの時の名誉挽回を、と思っていたのだが。これでは私は必要なかったのではないか?」
「そんな事はないよ。シルヴィアさんもさっきから何体かAランクの魔物も倒してくれているしね」


 エルフと魔物の戦争開始と同時に隆人達は遊撃担当の別働隊として、本隊とは別に森の中を駆け巡っていた。遊撃部隊は隆人、ティナ、ロロノに騎士団長であるシルヴィアを筆頭にエルフ騎士団の精鋭の中から更に機動力と単騎での戦闘力を基準に選ばれた数人によって組織されている。


 特にシルヴィアは隆人達と始めて出会った時がボロボロの状態でオークの群れに囲まれて死を覚悟していた時であった為、その汚名を返上してみせようと奮起していた。
 事実騎士団長を任されるだけあってその実力は確かであり、単独でAランクの魔物を数体ほど落としてみせた。


 ちなみに、ほかの騎士達は一対一でAランクと戦うのは厳しいようで、シルヴィア以外の数人皆で一体に対応している。それでも一般的にみれば十分実力者と言っていいのであるが。


 ……隆人達の動きを見せられては霞んでしまうのもまた事実ではあるが。


「ところでリュート殿、身体はもう大丈夫なのか?」
「うん、『転魔』の反動によるステータス半減はもう切れたし、『テンペスト』で急速に失ったMPも休んである程度回復してる。全く問題ないよ」


 魔物の半数を一撃で塵にした隆人の「テンペスト」。反動によって発動直後はフラフラと覚束ない様子であったが、それから数時間ほど経った今では、かなり回復したようだ。
 今の戦闘を見る限りでも、隆人の身体に不調があるようには見えなかった。


 心配げに隆人に尋ねたシルヴィアだが、その顔色と言葉を聞いて安堵の表情を浮かべる。


 隆人も笑顔を返し、すぐに真剣な面持ちへと戻る。


「それにしても、ここも外れみたいだね。肝心な森王ラルフの姿がどこにも見当たらない。気配探知にも引っかからないし」
「匂いもしないのです」


 この遊撃部隊の目的、それは森王ラルフの討伐であり、かのオーガの姿をずっと捜索している。
 しかし、非常に高い索敵能力を持つ隆人とロロノですら、未だその姿を捉えることができていない。


 そんな状況でエルフの1人が口を開く。


「もしや、あのオーガの魔物は今、この群れの中にはいないのでは?」
「……それは、無いと思う。さっき『テンペスト』を撃った時にはたしかに群れの中にいたし、そのまま森林地帯に入るのも見ていたからね。恐らく森王ラルフは気配を消しているんだと思う」
「そうだな、淀みなく魔物達が進軍している以上、奴はこの群れの中にいると考えるのが妥当だろう。我々エルフの、それにリュート殿達の探知をかいくぐるほどの練度の気配操作をしているなど考えたくはないがな」
 

 隆人の言葉にシルヴィアが同調する。見るとロロノもうんうんと頷いている。相手が気配をこちらに掴ませない以上、こちらも足と目で探すのが唯一最善である。



 現在は捜索を続けながら、魔物の群れの中で強い気配を発するもの、つまりAランクやそれに準ずる魔物が密集している地帯を中心に叩いている。もうしばらくはこのまま続行する事になりそうだ。


「まぁ本命が見つからないのは困りものだが、こうして魔物達の中でも強力な個体を事前に潰しておくのは、本隊で里を防衛する者達にとっては非常にありがたいだろう。被害を大きく減らすことができるだろうし、持ちこたえる時間も自ずと長くなる」
「そうだね、こうして俺たちが動いている事が無駄にはならないだろうし」


 そう言って隆人がシルヴィアの言葉に賛同する。本命が見つからない状況ではあるが、悲観や焦りはあまり感じられない。そのような感情は思考と視野を狭めるとわかっているから。
 焦らず急ぐ、ここにいる者たちはそれをきちんと理解している者達であった。


 そうして隆人達は、次の強力な個体が集まっている場所へと駆け出した。



(111話、なんとも気持ちのいい数字ですよね(笑)8~9話に出てきたあの蜘蛛魔物の名前、今頃になって登場しました。名称自体は決めていたのですが汗)
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