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第4章 一通の手紙と令嬢の定め

異形となる斧

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「吹き飛ばしてやるよ!」


 懐から取り出した何かをゴクリと飲み込んだガイル。直後彼の体が痙攣する。
 元より大きかった身体が更に大きく膨らみ、その足で地面に踏み込む。


 ズンという音と共に巨体となったガイルの姿がブレ、ティナの目の前に現れる。ほとんど反射で剣を正面に向けた瞬間、凄まじい衝撃がティナを襲った。


「きゃぁっ!?」


 そのままティナの身体が軽々と宙に浮き、勢いに任せて後方へと吹き飛ばされる。
 空を切るように垂直に近い角度で吹き飛んだティナの身体は、近くにあった木の幹に直撃する。


「かはっ」


 背中からの強い衝撃に、肺の中の空気が一気に押し出され、視界がチカチカと明滅する。
 シャットダウンしそうな意識を歯をくいしばって引き留め、すぐに真横へと飛び出す。


 直後、ズドンという重たい音を立てながら目の前の地面が爆発する。
 爆発の中心にいたのはもちろん、巨大化したガイルであり、振り下ろした斧は先程以上に巨大な爪痕を残す。


 斧を中心に周囲の土はめくれ、直撃した木は爆散、進行方向の木がついでとばかりにまとめてなぎ倒されている。
 その威力は竜種を彷彿とさせる。


 横っ飛びの勢いで地面を転がったティナはすぐに体勢を立て直す。と、振り向きざまに剣を払う。
 剣からカキンと鋭い音が聞こえる。


「やっかいですね……」


 苦々しくティナが呟く。先程弾いたのは小さな針。そう斥候がオズワルドを麻痺させた武器である。
 森の中に隠れた斥候の男リューは全く姿を見せず、こうして暗器を飛ばしてくる。


 ティナには全方位を視界に捉えることができる「天眼」があり被弾してしまうことはないのだが、それでも一瞬そちらに気をとられるし、対処する為に隙を晒してしまう。


 先程からこの斥候の攻撃により、ティナの反撃のタイミングは悉く奪われてきた。


「おらおら!早く捕まっちまいな!この斧でぶっ殺してやるよぉ!」


 苦い表情をしたティナに反応したのか、ガイルがニヤニヤと笑う。
 一方のティナは真剣な顔付きである。


(攻撃力は飛竜と同等、速度は飛竜以上でブレスのような広範囲遠距離攻撃手段はないようです。代わりに斥候による奇襲を警戒する必要がありますね)


 この間にティナは冷静に状況を分析する。先程服用した何かの影響だろう強化されたガイルはもはやAランク最上位の魔物と同等であり、そこに斥候による奇襲が合わさる事で隙がない。
 魔法使いがここに戦力として足されていないのがティナには幸運に思えた。


 それでも、十分に絶望的な戦力差と状況である。


「……でもリュート様なら、これくらい難なく超えてしまうでしょうね」
「アァ?」


 ボソリとティナがつぶやき、深く深呼吸する。目の前の敵を見据え、集中を深めていく。


「これはっ!?」


 体の内から温かい力が溢れてくるのを感じる。体内の魔力が活性化していくのがありありと感じられる。まるで精霊に会ったあの瞬間のように。
 



  『精霊のとびっきりの祝福よ!きっと貴方の助けになるわ!』





「そうでした。私は精霊の祝福を授かったのでしたね」


 そう言ってニコリと笑顔を見せるティナ。天眼の輝きは増し、今まで以上に高い魔力を感じる。


「何笑ってんだ?頭でもおかしくなったのか?」
「いいえ、むしろここからは私の番です」
「はぁ!?調子乗ってんじゃねぇぞ!」


 ティナの見せた余裕に苛立ちを見せるガイル。怒りの形相を浮かべ、ティナに飛びかかる。


「今度こそ押しつぶしてやる!」
「そうはいきません。『炎弾』」


 ティナがこの戦いで始めて魔法を使用する。そもそもティナの魔法は火属性であり、このような周囲に森が広がっているような場所では、流れ弾で木々に引火する恐れがあり容易くは使用できない。
 その為ティナもここまで使ってこなかったのだが、ここへきて炎の魔法を使用する。


 発動した炎弾は3つ、しかしその全てが暖かな光に包まれている。それが次々とガイルの元に飛びついた。
 2つは回避したものの最後の火の玉は回避しきれずにガイルの肩に食い付く。


 流れ弾が木々に着弾し燃え移る、と思いきや、その炎たちは木に触れる前にふわっと溶け消えた。


「あつっ!?なんだこの炎」


 ガイルに食いついた方の炎弾は逆に燃え盛り、ガイルの来ていた鎧の肩で燃え、なんと金属の鎧の表面を軽く溶かす。今までにない炎にガイルが余裕を消し戸惑う。


「それは精霊の、自然の魔力の炎です」


 どこに向けたわけでもないガイルの問いにティナが答えを放つ。
 今、ティナの体には精霊の力が宿っている。そして、今ティナの天眼には自然の魔力が映っている。


 そのティナから放たれる魔法は自然そのものであり、異質なもののみを食いやぶる矛である。


 そして自然の魔力を取り込み利用する事で、これまで以上に魔法を手足のように操るのだ。


 そのまま地を蹴り前進するティナ。と、斜め後ろの死角から暗器が飛んでくる。
 

「『壁』」


 走りながらティナが視線をそちらに向けることすらなく、片手をその方向に向け一言発する。
 するとその延長線上の空中が突然平たく炎が現れ、飛んできた暗器を焼き尽くす。


 その様子を一瞥する事なく、視線はガイルに向け進んでいく。


「魔力剣・炎」


 ティナの精霊剣が突然炎に包まれる。しかし剣を焦がしたり溶かしたりはしない。むしろ纏うように精霊剣を覆っている。


 そしてガイルの元につく。ティナが向かってくる間に鎧の炎には消えており、待ち構えるように斧を構えており、進行するティナに合わせて振り下ろす。
 ティナが今度はその天眼でしっかりと見据え斧の一撃を紙一重で回避する。


 そして隙間に滑り込むように接敵すると、素早く剣を振るう。
 ガイルの体を覆う鎧に行く筋も赤い線が迸る。炎を纏ったその剣の威力は予想以上であり、相当な一品であるはずのその鎧を超えて、赤い血が飛ぶ。


 痛みと驚きにガイルの目が見開かれる。


「何ィ!?」
「これで終わりです!」


 怯んだガイルにティナが追撃、隙だらけの胴に横薙ぎの一撃が振るわれる。
 そして纏った炎が爆発。その勢いで先程の意趣返しのようにガイルの体が飛び木に激突する。


 ガイルは口から血を垂らし、所々が溶けた鎧はブスブスと煙を上げている。


「さぁ!もう投降してください!」
「……ざけ……な」


 投降を促すティナの言葉に、ガイルは血走らせた目で声を出す。


「ふざけるなぁぁぁぁぁ」


 そして砲声。懐に手を突っ込むとそこから包みのようなものを取り出した。
 中には粒のようなものがいくつか入っており、それを開いたガイルが勢いよく口に投げいれる。


 そして再びびくんと痙攣する。


「おいガイル!これ以上はマズイ!」
「邪魔だ、どけ!」


 と、森の中から切羽詰まった様子で飛び出した斥候の男リューがガイルに詰め寄る。しかしガイルは聞く耳を持たずに逆にリューを吹き飛ばす。


「うあぁぁぁぁぁぁァァァァァァ」


 そして絶叫するガイル。ボコボコと彼の体が不気味に膨らみ脈動する。
 そして、脈動が収まるとそこには異形が立っていた。


「ひぃっ」
「こレがァ、ちかラだァ」


 目は完全に赤く染まり、口には牙のようなものが生えている。胴体もパンパンに膨れ上がり、全身の皮膚が赤紫色に染まっている。
 急激な膨張に鎧は耐えきれず砕け散る。傷ついた体がシュウシュウと煙を出しながら治っていく。


 もはや人の姿を逸脱していた。


「ふきトべ」


 視認できなかった。一瞬にして振り下ろされた右腕。これまでのどの攻撃よりも早い斧は、半ば偶然構えていたティナの剣とぶつかる。
 その一撃はティナの腕の骨を容易く砕いていった。


「あぁっ……」


 激痛にむせるティナ。そんなティナの背中を悪寒が走る。そして本能が大音量で警鐘を鳴らす。
 これは化け物だ。


 そして、目の前に立ったその化け物は、無慈悲に腕を持ち上げる。
 万事休す。


 目の前の異形にサイクロプスが重なる。あの時もティナは死を感じた。しかしある男によってティナは窮地を脱した。


「リュート様……」


 今自分のせいで牢に囚われているその男の姿を思い出した。無意識に口に出す。


 そして異形の腕がティナに向けて振り下ろされた。


   キィン


「俺の仲間に何しているんだい?」


 次の瞬間。青い線がほとばしり。その死は手首から切り裂かれ飛んだ。
 そしてティナの目の前にひとりの男が立つ。その見慣れた姿は今まさに求めるものであった。


「リュート様!!」


 
(余裕を持つと書いたのに遅れてしまい申し訳ありません!主人公リュートくんがやっと復帰です!笑)
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