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第一部 

すぐ夕食にしてもらおうな。

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ゴツゴツとした茶色い岩の上に座り続けて半日、そろそろお尻が痛くなってきた。

透き通る水面を小魚が群れを成して泳いでおり彼らには悩みなど見当たりそうにない。

「はぁ。」

深い溜息とともに、隣に置いたクーラーボックスを改めて見る。中には今日売れるはずだったウニの瓶詰が1本も減ることなく入っており、これをどうするか考え込んでいた。

「やっぱり、ちゃんと確認しなかった俺が悪いのかな。でも、満田があんな言い方するのも悪いよな。」


『貴様、こんな時間まで何をしていたんだ。これだから男は責任感のかけらもない。』

『働かざる者食うべからずだよ。何もしてないんだからご飯はなしだ。』


ユイや婆ちゃんの叱咤する姿が目に浮かぶ。

「言い訳、どうしよう・・・。」

そうこうしている内に太陽が海へと沈んでいく。そろそろ帰らなければならない。どうするか決断しなければならなかった。

「売れたことにして金は後で婆ちゃんに渡そう。俺の通帳にそれくらいはあっただろう。うん、そうしようか。」

悩みに悩み抜いた結果、ごまかすことにした。

そのためにはクーラーボックスの中身を処分しないといけない。

幸い目の前には何でも飲み込んでくれる広い広い海があるしな。

――――



「あ、雄太さん。見つけました。ダメですよお仕事サボったりしたら。」

誰もいないと思っていたところに、声をかけられ驚く。見るとリリーナが軽い足取りで岩場を渡り歩いてこちらに来ていた。

「リ、リリーナさん。どうしてここに。」

「お婆様がここにいるだろうって。屋敷から車も見えましたしね。」

「・・・みんな、怒っているでしょうね。」

「大変だったんですよ、ユイがあなたを捕まえて連れて帰るって言い出して。自分は男に触ることもできないくせにどうするつもりだったんだか。」

そう言ながらリリーナはクスクス笑う。俺も彼女ならそう言うだろうなと思っていた。

「昔から嫌なことがあるとここに来るんです。」

「嫌なことがあったんですか?」

俺のバカ、そんな風に言ったらあったも同然じゃないか。リリーナ、そんな優しそうな目で見ないでくれ。何だか泣きたくなる。

「ありま、した。そして、みんなにどうやったら隠せるか悩んでいました。」

「隠せそうですか?」

「・・・できそうにないですね。」

彼女に見つめられていると何もかもを見透かされているようになる。自分より一回りも年下の女の子に。

俺は今日あった出来事をありのままリリーナに伝えた。

――――

「・・・お話はわかりました。では、行きましょう。」

「え、どこへ?」

「お店にです。高慢かつ肥満な店長をやっつけに。ユイとプリムがいれば心配いりません。」

このお姫様、意外と過激!?

てっきり「あなたは悪くありません。」とか「つらかったですね。」とか慰めてくれるものばかり思ってたんだけど。

「そんな顔をしないでください。冗談です。」

「・・・冗談も言っていい時と悪い時があると思います。」

そうだった。リリーナは自分が面白いと思う方向に話を持って行こうとすることがある。

「でも、この話をユイが聞いたら本当にその人を血祭りにあげようとするでしょう。」

確かに、その光景は容易に想像できる。

「ですね。それは避けたいです。」

せっかく牛田が暴力沙汰になることは止めてくれたんだし。

「と、言うことは雄太さんが取るべき道は1つしかありませんよね。」

嘘をついて隠すことはできない。かといって満田だけのせいとは言い切れない。

「・・・正直に謝るしかないですね。売ることができなかったって。」

リリーナはニッコリと微笑んだ。

「そうです。誰も怒ったりしませんよ。それに。」

「それに?」

「失敗は次に活かせばよいのです。雄太さんも今度はちゃんと注文の確認を取るでしょう。仕事で失敗できることは素晴らしいことだと私は思います。」

グゥの音も出ない。どうしてこの女の子はたかだか16歳なのにこうまで達観しているのだろう。異世界の王族の娘だと言っていたが、その辺りが関係しているのだろうか。いつか聞いてみよう。でも今はそれを聞く状況ではない。

「リリーナさん、俺、帰ってちゃんと頭下げます。」

「それだけじゃ不十分です。」

「あと、何が足りないですか?」

「心配かけてゴメン、です。」

「はい。その通りですね。リリーナさん、いろいろとゴメン!・・・そして、ありがとう。」

「どういたしまして。わぁ、キレイですよ!見てください。」

彼女は俺の後ろを指差す。振り返ると太陽が海の向こうへ消えるところで空は真っ赤に焼けていた。

「いい場所でしょう。俺のおすすめスポットです。」

「もし、私が悩んだりした時はお借りしてもいいですか?」

「もちろん。好きなだけ使ってください。さぁ、帰りましょう。迷惑かけたお詫びに夕食はご馳走を用意しますので。」

「ご馳走ですか!?一体何でしょう。」

「もちろん、このウニです。」

俺はクーラーボックスを抱えてニヤリと笑った。

――――
リリーナを助手席に乗せて屋敷に戻ると、家の前でユイ、プリム、そして婆ちゃんまでもが外に出て俺達を待っていた。

「あ!帰って来た!」

俺の顔を見てプリムがはしゃぎ出す。ユイは腕を組んだままこちらを見ており、その目は怒っているようだったが、どこかホッとしたような目にも見えた。

車から降りるなり、俺は勢いよく頭を下げる。

「みんな。遅くなってごめん。早とちりで1個も売れなかったんだ。みんなあんなに頑張ってくれたのに。本当にごめん!!」

一番最初に声をかけてくれたのは婆ちゃんだった。

「・・・気持ちの整理はついたか?」

「うん。リリーナのお陰で。明日からまた一生懸命頑張るよ。」

「そうかい、失敗した分、気張って稼ぐんだね。」

「また金の話しかよ。」

「当たり前さ、金がないとみんなで楽しく暮せないからね。」

俺は笑った。婆ちゃんが金のことばかり言う理由が少しわかった気がして。

「おいっ。」

若干距離を取りつつユイが声をかけてくる。俺は彼女の方を向くと「ユイも遅くまで協力してくれたのに、ゴメン。」と言って頭を下げた。

「う、売れないのは仕方のないことだ。私が怒っているのは連絡もなく、帰りが遅かったことだ。婆様や姫様、プリムがどれだけ心配したことか。」

そのまま顔をプイッとそむけてしまう。そんな彼女をリリーナは面白そうに見ながら言った。

「あら、ユイ。誰かさんが抜けてないですか?」

誰だろう、あ、クラウスさんか。あの人も心配してくれたに違いない。

「雄太、お帰り。ボクお腹空いちゃった!」

プリムは傍まで来るとお腹を押さえて上目遣いで言った。く、このあどけなさ。なんて可愛いんだ。心配かけてゴメンよ。

「すぐ夕食にしてもらおうな。」

そう言って頭を撫でた。プリムは「エヘヘ。」と気持ちよさそうにしていた。

『俺達も心配したんだよ?黒崎君。』

誰!?

『今だ!やれっ!!』

聞き覚えのある男の声がしたかと思うと、突然体の周りを麻縄が囲んであっという間に縛りつける。

そしてグッと後ろから強烈な力で引っ張られ、そのまま地面へと倒れ込んだ。

――――
「う、うう・・・。いたた、何?誰?」

手足を動かそうとするがきつく縛られていてできなかった。何とか体を仰向けにすると、周囲の状況を確認する。俺は3人の暴漢に取り囲まれていることに気が付いた。

「あ!この前の面白いオジさんたちだ。」

「プリムちゃん、こんにちは。オジさんたち、ちょっとこの嘘つきに用があるから後でね。」

「リリーナさん、ユイさん、助け、ぐふぅ!」

やめて、そんな本気の蹴りを何度もくらったら俺死んじゃう!

「くくく、黒崎君。俺たち前に言ったよね。タダじゃおかないって。」

「幸せを独り占めするような奴にはどんな罰がいいだろう。」

「即刻死刑にするべきだと俺は思うぜ兄弟。」

「待て待て、死刑にするのはこいつに生き地獄を見せてからでも遅くはない。農場にいるサカリのついた雄牛か雄豚と同じケージに入れるのはどうだろう?」

「「あ、いいねぇ。」」

貞操の危機が迫っていた。
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