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エッセイ
夜を知った日
しおりを挟む夜への憧れ。10歳の私の興味はその一点に向けられていた。
私の言う夜というのは具体的に、0時以降から日の出までのことだ。
簡単に言うとオールしてみたい願望だ。
何度か夜更かしチャレンジを試みたことはあったが、0時をまたぐ時計の針を見た事がなかったのだ。
今回こそは、この身をもって夜を見てやるんだと意気込んでいた。
決行は大晦日の夜。
なぜかこの日は夜更かしが許される。
どのご家庭でも大体そうだろう。
12月31日、目覚めたのは昼前10時過ぎだった。
思いのほか早過ぎる起床に不安が募る。
予定では、昼過ぎまでたっぷりと寝ているはずだったのに、、、
そして夕暮れになり、お寿司と蟹を食べ、風呂に入り、コタツでテレビを見る。
ここまでは、例年通りの大晦日だ。
某歌合戦も終盤、妹はすでに寝ていて、コタツから出されて寝室へと運ばれていった。
一人脱落。
残るは父、母、祖父、祖母、私。
そして某歌合戦を最後まで見終わった。
カウントダウンというやつを初体験した。
時計は0時5分。
一つ夢が叶った。
私は1月1日を噛み締めた。
ここで、父と母、祖母は船を降りた。
残るは祖父と私。
チャンネルを変えると某男性アイドル達が新年早々、仕事をしていた。
日をまたいだので、もう若年の子達はステージに上がっていない。
私は優越感に浸った。
祖父がコタツから立ち上がる。
ついに私一人になるのかと、少し緊張が走る。
祖父は何も言わずにキッチンへと移動した。
5分程して戻ってきた祖父の両手にはコーヒーの入ったマグカップが握られていた。
祖父はいつだって私の協力者である。
祖父と二人、熱々のブラックコーヒーを少しずつ啜る。
これは二つ目の初体験だった。
その苦さの奥には得体の知れない何かがあると知った。
後にカフェインだと判明する。
カフェインでドーピングし、私の夜への船旅はまだまだ続く。
時刻は午前2時。
「火の元だけ、気をつけなさい」
そう言い残すと祖父は船を降りた。
ここからは、私一人の冒険である。
正直、睡魔がすぐそこまで迫っていた。
このままテレビを見続けると寝てしまう。
そう思いコタツを出て居間を飛び出した。
両手の親指と人差し指で瞼を押し開いて冷たい廊下を練り歩いた。
側から見れば、さながらバケモノの類だったであろう。
ロールカーテンを上げて窓を開け、外の冷たい外気を吸ってみる。
雪混じりの空気は冬臭く、私の肺に刺さる。
外は車の走る音もしない。
その静寂に更に眠くなってしまった。
そもそも、抗うから眠たくなるに違いないと悟り、静かに居間へと戻りストーブの前に体育座りで座った。
もう、テレビも付いていない。
私はただ火を見つめる。
郵便受けに新聞が入れられる音で、我に返った。
いつの間にか外はもう薄明るい。
私は薄着のまま外に出て、雪玉を拵えて振りかぶった。
ちょうど日の出だった。
振りかぶった腕をそのまま下ろして、三つ目の初体験をまじまじと見つめた。
こうして私の長くて短い夜は終わった。
目的を達成した満足感に満たされて、
1月1日は丸一日、眠ったのだった。
30歳を過ぎた今、私は夜に生きている。
昼を忘れた中年は、夜を知らない少年を羨ましく思うのだ。
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