28 / 48
第4章・ひとりにはなりたくない
6
しおりを挟む
中三の夏、美里が突然外部受験をすると言い出した。
「私は教師になりたいから、受験は経験しなきゃダメだと思うんだよね! っていきなり」
思わず笑う。
「美里らしいね」
「それで、じゃあ私も一緒に受けるってなったんだ。だからね、私が外部受験をしたのは、単に美里と離れるのがいやだったから」
「……そうだったんだ」
意外だった。
葉乃は正直、美里以上にじぶんの意思がしっかりしている子だと思っていた。
外部受験も美里に合わせてではなく、葉乃自身の意思だと思っていた。
「私は、本当は美里がいなきゃぜんぜんダメなの。冷めたふりして強がってたけど、実際はひとりじゃなにもできない」
葉乃の本音には、自己嫌悪が色濃くあふれ出ていた。葉乃が私へ抱いていた感情の名前を、唐突に理解する。
劣等感だ。
私がお姉ちゃんに抱いていた思いと同じ。
じぶんのことがどうしても好きになれなくて、身近なひとに憧れて、僻んで……。
「美里が柚香とどんどん仲良くなっていくの見て……怖くなったんだ。私だけ置いていかれてるようで……可愛くもなくて性格も悪い私じゃ、勝ち目なんてないから」
振り絞るような声に、たまらない気持ちになる。
「ずっと、じぶんがだいっきらいだった……柚香みたいに、優しくてなんでもできる子だったら、って、いつも思ってた」
「……私は、葉乃が思うような人間じゃないよ」
「そんなことない。柚香はすごいよ」
「……それなら私だって、ずっと葉乃が羨ましかった」
「え……」
「いつも冷静で、意思がはっきりしてて」
「……そんなことないのに」
「あるよ!」
「ないって!」
お互い顔を見合わせて、ぷっと吹き出す。
「なんだか、似たもの同士じゃん私たち」
「だね」
強いと思っていた葉乃だって、本当は心の中で葛藤していた。
私と同じように。
……みんな、同じなんだ。
「葉乃……話してくれてありがとう」
葉乃のなかで私がどういうイメージなのかなんて、葉乃にしか分からない。
同じく、私も葉乃を知っている気になっていただけだった。
『意外』なことばかりだった。
今、葉乃の本音を聞いて、新しい葉乃を知れたことがなにより嬉しい。
「柚香、今までいやな態度とって本当にごめん」
「私もごめん。美里にも葉乃にもいい顔ばかりして、本音を隠してた。これからは、気を付けるから」
きらわれるのがいやで、だれにでもいい顔ばかりしていた。
今回のことだって、音無くんに背中を押してもらえなければ、諦めて葉乃からも美里からも逃げていただろう。心にもやもやを抱え込んだまま。
「……あのさ、葉乃。私は葉乃のことが好きだよ。美里のことも」
「柚香……」
「だから、これからも仲良くしてほしい。……ダメかな」
葉乃は一度戸惑いがちに視線を揺らして、頷いた。
「私も……柚香のことは好き。でも私……柚香にひどいことしたのに……いいのかな」
本当に申し訳なさそうにする葉乃に、私は内心ほっとする。
ハブろうとするくらいだ。葉乃にとって、私はいらない存在だとばかり思っていた。でも、そんなことはなかったようだ。
「じゃあ、星カフェのガトーショコラ一回奢って。それで許す」
冗談のつもりで言うと、葉乃は少し考えて、スマホを見た。
「……じゃあ、今から行く? 星カフェ」
「えっ! 今から!?」
驚く私に、葉乃が笑う。
「だってなんか……早く仲直りしたくて」
「行く~!」
嬉しくて、思わず抱きつく。
その後、電車に乗らずに駅を出て、ふたりで星カフェに向かった。
あれは冗談だからいいよと断ったけれど、葉乃は本当にガトーショコラを奢ってくれた。
「柚香がガトーショコラが好きなんて知らなかった。いつも頼んでなかったよね?」
「あー……うん。まぁダイエットしてたしね」
「えっ、柚香ダイエットなんてしてたの!?」
「うん。最近太っちゃって」
「なにそれ。言ってくれたらマックじゃなくてべつのとこにしたのに」
「いいのいいの。言わなかったのは私だし、それにさ、ふたりと喋るのが目的だったから」
今日二度目の帰り道、夕陽を眺めながら、葉乃がしみじみとした声を出す。
「……今日、柚香の本音が聞けてよかった。私、今までよりさらに柚香のこと大好きになったよ」
そう言って、葉乃が私を見る。
いつもすました顔の葉乃がくしゃっとした顔で笑う。なんとも言えない気持ちになった。
「私も。なんか、安心した」
「ついでに、美里のことも見直した」
「ついでって……美里かわいそー」
思わず苦笑する。葉乃の口調は、いつも通りだ。
「いーの。今までさんざん迷惑かけられてきたから。正直、美里のそういうところ、いい加減にしてよって思ったときもあったんだ。でも、本当はただ、素直に行動できる美里が羨ましかっただけなんだろうね」
「あー分かる。私も美里の素直さは羨ましい。でも私、葉乃の冷静なところもちょっと辛辣な物言いも好きだよ」
「なにそれ。褒めてる?」
「褒めてるよ!」
私だけじゃない。
みんな、じぶんにはないものを持つだれかを羨んだり、憧れたりする。
当たり前のことだ。だから、そんなことにいちいち恥ずかしがることなんて、本当はないのかもしれない。
「美里、あれでいてなかなか見る目あるわね」
上から目線の言い方に、思わずぷはっと吹き出して笑う。
「それはなに目線なの?」
「上から目線!」
「もー、やめてよー」
声を上げて笑い合う。久しぶりに、ふたりで泣くほど笑い合ったような気がする。
「……話さなきゃ、伝わらないんだよね」
「だね」
泣いたせいで、お互い鼻声だ。
「ねぇ葉乃。私、葉乃と美里と友達になれてよかった」
すぐとなりにあった葉乃の手をぎゅっと握ると、
「私も」
と、葉乃も同じ強さで握り返してくれる。
あたたかなぬくもりが伝わってきて、心がくすぐったくなった。
不思議だ。さっきまであんなに心細かったのに。
本音を伝えるのは怖いし、勇気がいる。
けれど、言わなきゃ伝わらない。
じぶんを変えるには、勇気を出して動くしかない。他人を待ってるだけじゃ、現実は変わらないんだ。
電車のアナウンスとともに、線路の向こうから、滑るように電車がやってくる。
「やっときた」
「行こっか」
「うん」
私たちは手を繋いだまま、電車に乗り込んだ。
「私は教師になりたいから、受験は経験しなきゃダメだと思うんだよね! っていきなり」
思わず笑う。
「美里らしいね」
「それで、じゃあ私も一緒に受けるってなったんだ。だからね、私が外部受験をしたのは、単に美里と離れるのがいやだったから」
「……そうだったんだ」
意外だった。
葉乃は正直、美里以上にじぶんの意思がしっかりしている子だと思っていた。
外部受験も美里に合わせてではなく、葉乃自身の意思だと思っていた。
「私は、本当は美里がいなきゃぜんぜんダメなの。冷めたふりして強がってたけど、実際はひとりじゃなにもできない」
葉乃の本音には、自己嫌悪が色濃くあふれ出ていた。葉乃が私へ抱いていた感情の名前を、唐突に理解する。
劣等感だ。
私がお姉ちゃんに抱いていた思いと同じ。
じぶんのことがどうしても好きになれなくて、身近なひとに憧れて、僻んで……。
「美里が柚香とどんどん仲良くなっていくの見て……怖くなったんだ。私だけ置いていかれてるようで……可愛くもなくて性格も悪い私じゃ、勝ち目なんてないから」
振り絞るような声に、たまらない気持ちになる。
「ずっと、じぶんがだいっきらいだった……柚香みたいに、優しくてなんでもできる子だったら、って、いつも思ってた」
「……私は、葉乃が思うような人間じゃないよ」
「そんなことない。柚香はすごいよ」
「……それなら私だって、ずっと葉乃が羨ましかった」
「え……」
「いつも冷静で、意思がはっきりしてて」
「……そんなことないのに」
「あるよ!」
「ないって!」
お互い顔を見合わせて、ぷっと吹き出す。
「なんだか、似たもの同士じゃん私たち」
「だね」
強いと思っていた葉乃だって、本当は心の中で葛藤していた。
私と同じように。
……みんな、同じなんだ。
「葉乃……話してくれてありがとう」
葉乃のなかで私がどういうイメージなのかなんて、葉乃にしか分からない。
同じく、私も葉乃を知っている気になっていただけだった。
『意外』なことばかりだった。
今、葉乃の本音を聞いて、新しい葉乃を知れたことがなにより嬉しい。
「柚香、今までいやな態度とって本当にごめん」
「私もごめん。美里にも葉乃にもいい顔ばかりして、本音を隠してた。これからは、気を付けるから」
きらわれるのがいやで、だれにでもいい顔ばかりしていた。
今回のことだって、音無くんに背中を押してもらえなければ、諦めて葉乃からも美里からも逃げていただろう。心にもやもやを抱え込んだまま。
「……あのさ、葉乃。私は葉乃のことが好きだよ。美里のことも」
「柚香……」
「だから、これからも仲良くしてほしい。……ダメかな」
葉乃は一度戸惑いがちに視線を揺らして、頷いた。
「私も……柚香のことは好き。でも私……柚香にひどいことしたのに……いいのかな」
本当に申し訳なさそうにする葉乃に、私は内心ほっとする。
ハブろうとするくらいだ。葉乃にとって、私はいらない存在だとばかり思っていた。でも、そんなことはなかったようだ。
「じゃあ、星カフェのガトーショコラ一回奢って。それで許す」
冗談のつもりで言うと、葉乃は少し考えて、スマホを見た。
「……じゃあ、今から行く? 星カフェ」
「えっ! 今から!?」
驚く私に、葉乃が笑う。
「だってなんか……早く仲直りしたくて」
「行く~!」
嬉しくて、思わず抱きつく。
その後、電車に乗らずに駅を出て、ふたりで星カフェに向かった。
あれは冗談だからいいよと断ったけれど、葉乃は本当にガトーショコラを奢ってくれた。
「柚香がガトーショコラが好きなんて知らなかった。いつも頼んでなかったよね?」
「あー……うん。まぁダイエットしてたしね」
「えっ、柚香ダイエットなんてしてたの!?」
「うん。最近太っちゃって」
「なにそれ。言ってくれたらマックじゃなくてべつのとこにしたのに」
「いいのいいの。言わなかったのは私だし、それにさ、ふたりと喋るのが目的だったから」
今日二度目の帰り道、夕陽を眺めながら、葉乃がしみじみとした声を出す。
「……今日、柚香の本音が聞けてよかった。私、今までよりさらに柚香のこと大好きになったよ」
そう言って、葉乃が私を見る。
いつもすました顔の葉乃がくしゃっとした顔で笑う。なんとも言えない気持ちになった。
「私も。なんか、安心した」
「ついでに、美里のことも見直した」
「ついでって……美里かわいそー」
思わず苦笑する。葉乃の口調は、いつも通りだ。
「いーの。今までさんざん迷惑かけられてきたから。正直、美里のそういうところ、いい加減にしてよって思ったときもあったんだ。でも、本当はただ、素直に行動できる美里が羨ましかっただけなんだろうね」
「あー分かる。私も美里の素直さは羨ましい。でも私、葉乃の冷静なところもちょっと辛辣な物言いも好きだよ」
「なにそれ。褒めてる?」
「褒めてるよ!」
私だけじゃない。
みんな、じぶんにはないものを持つだれかを羨んだり、憧れたりする。
当たり前のことだ。だから、そんなことにいちいち恥ずかしがることなんて、本当はないのかもしれない。
「美里、あれでいてなかなか見る目あるわね」
上から目線の言い方に、思わずぷはっと吹き出して笑う。
「それはなに目線なの?」
「上から目線!」
「もー、やめてよー」
声を上げて笑い合う。久しぶりに、ふたりで泣くほど笑い合ったような気がする。
「……話さなきゃ、伝わらないんだよね」
「だね」
泣いたせいで、お互い鼻声だ。
「ねぇ葉乃。私、葉乃と美里と友達になれてよかった」
すぐとなりにあった葉乃の手をぎゅっと握ると、
「私も」
と、葉乃も同じ強さで握り返してくれる。
あたたかなぬくもりが伝わってきて、心がくすぐったくなった。
不思議だ。さっきまであんなに心細かったのに。
本音を伝えるのは怖いし、勇気がいる。
けれど、言わなきゃ伝わらない。
じぶんを変えるには、勇気を出して動くしかない。他人を待ってるだけじゃ、現実は変わらないんだ。
電車のアナウンスとともに、線路の向こうから、滑るように電車がやってくる。
「やっときた」
「行こっか」
「うん」
私たちは手を繋いだまま、電車に乗り込んだ。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)
チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。
主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。
ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。
しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。
その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。
「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」
これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
すれ違いの君と夢見た明日の約束を。
朱宮あめ
青春
中学時代のいじめがトラウマで、高校では本当の自分を隠して生活を送る陰キャ、大場あみ。
ある日、いつものように保健室で休んでいると、クラスの人気者である茅野チトセに秘密を言い当てられてしまい……!?
青色の薔薇
キハ
青春
栄生は小学6年生。自分の将来の夢がない。
しかし、クラスメイトは夢がある。
将来の夢をテーマにした学園物語。
6年生の始業式から始まるので、小学生時代を思い出したい方にはオススメです。
恋愛や友情も入っています!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる