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第3章・かすかな晴れ間に見える星
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しおりを挟む「おまたせ」
しばらくして、制服に着替えた音無くんが私のテーブルにやってきた。
「あ……うん。お疲れさま」
音無くんは片付いたテーブルを見て、
「勉強はもう終わり?」
と訊ねる。
「うん」
「じゃ、もう帰る?」
「あ、うん。じゃあお会計だけしてくるから、外で待ってて」
「分かった」
会計を済ませ、外へ出ると、音無くんが店の入口に立って待っててくれていた。
私は声をかけながら、音無くんのもとへ駆け寄る。
「ごめん、おまたせ」
声をかけると、スマホを見ていた音無くんが顔を上げた。そのままじっと見つめられ、私は首を傾げる。
「……音無くん?」
どうしたんだろう、と思っていると、音無くんは我に返ったように瞬きをした。
「ご、ごめん。帰ろっか」
「うん」
くるりと身体を回れ右させて歩き出す音無くんのあとに続く。
何気なくその背中を見ていて気が付く。
音無くんの耳は、僅かな光しかない中でもほんのり赤らんでいるように見えた。
――……もしかして、緊張してるのかな。
音無くんの緊張の理由が、私にまだ気持ちが残ってるからなのか、私がふだんあまり話さない異性だからなのか、はたまたそれ以外なのかは分からないが。
もちろん私も、かなり緊張している。
男子とふたりきりで話すこともあまり慣れていないし、音無くんがそもそも、どういう気持ちで私を誘ったのかも分からない。
空を見上げる。
星なんてひとつも見えない曇天模様だ。
そういえば、さっきまで雨が降っていた気がしたが、帰るタイミングで止んだようだ。
夜の街は、まだ雨の匂いに包まれている。
「そういえば今日、ずっと雨だったよな」
沈黙の中、先に口を開いたのは音無くんだった。見ると、音無くんも空を見上げている。私は頷く。
「そうだね。ちょうど止んだみたいで、タイミング良かったね」
「……清水は、雨、きらい?」
「え?」
音無くんがちらりと私を見る。
「……ううん。晴れより好きかな。雨の方が、なんだか景色が優しい感じがして」
街が薄くけぶっているさまは、まるで世界にカーテンが引かれたみたいだと思う。
目にうっすらと見える優しい幕。それらは街だけでなく私のことも包んでくれるようで、ほっとする。
太陽が眩しい晴れの日は、なんだか裸で街を歩いているようであまり落ち着かない。
「……俺も。雨のが好き」
「……意外!」
明るい音無くんは、なんとなく晴れの方が似合う気がする。
「え、そう?」
「音無くん人気者だし、太陽みたいだなって思ってたから」
すると、音無くんはどこか自嘲気味に笑った。
「そんなことないよ」
「…………」
再び沈黙が落ちて、私の心はまた騒ぎ出す。
必死に次の話題を探していると、音無くんが口を開いた。
「……あのさ、告白のこと、ごめんな」
「えっ」
弾かれたように顔を上げる。
まさか、その話題が来るとは思わなかった。
驚く私を見て、音無くんは気まずそうに曖昧な笑みを浮かべている。
「よく考えたら、ほとんど喋ったこともない奴からいきなり告白されても、困るよな」
「…………」
思わず黙り込む。
音無くんからの告白には、たしかに戸惑った。
告白以来ちょっと気まずさを感じて、接しづらかったことは事実だ。
現に私は、音無くんと目が合うと未だに緊張してしまう。
けれどそれは、音無くんのせいだけじゃない。私が音無くんを前にすると緊張してしまうのは、音無くんの気持ちにまっすぐ向き合えなかったじぶんの中でのうしろめたさがあるからだ。
「俺もじぶんに置き換えて考えたら、ちょっとキモかったかもって思ったし。だから、もう本当に気にしないで。忘れてくれていいからさ」
音無くんのよりどころのない表情に、胸がズキズキと痛む。
「でも俺、清水とはできれば仲良くしたいんだ。だから、今までどおりっていうか……まぁ、べつに今までも特別仲が良かったわけじゃないけどさ。それでも、ふつうに接してくれると嬉しい」
私は、じぶんばかりが傷付いてると思っていた。
私を好きなんて、見る目がない。どうせ、私の反応を見てからかってるんだろう。そんなふうに思っていた。
そんなわけないのに。
告白するのに、どれだけの勇気がいるか。
ふられたときのショックがどれほどのものか。
好きなひとに避けられたとき、どれほど悲しいか。
少し考えれば分かるはずなのに。
今さら、音無くんの顔を見て気付いた。
――既に傷付いている音無くんを、私はさらに追い詰めたんだ……。
罪悪感に胸が押し潰されそうになった。
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