おかえり、私

朱宮あめ

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第3話

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 それから一ヶ月。
 七南は、最初こそ明るく無邪気でみんなに慕われていたものの、次第に少しづつ避けられるようになっていた。
 異質な存在。それが、七南だった。
「七南ちゃんって、ちょっと空気読めないよね」
「そうそう。結構気遣う」
「ぶりっ子だし」
「つか、なんで二年で転校してきたんだろうね?」
「いじめとか?」
「あぁ、有り得るー」
 低く響くヒソヒソ声。
 陰では、七南は言われ放題だった。
「楓もさぁ、七南ちゃんと結構仲良いよね」
「え?」
 不意に話題を向けられ、背筋が伸びた。
「あー。幼なじみ、なんだっけ?」
 どうしよう。なんて言おう。
 みんなの冷ややかな視線が怖い。
 まずい。ここで選択肢を間違ってはいけない。だって、間違ったらまた……。
「……いや、ぜんぜん。仲が良かったのなんてずっと昔の話だし、久しぶり過ぎて正直覚えてなかったよ」
 言ってから、心に棘が刺さったような痛みが走った。
「だよねー」
「関わりたくないよね」
「七南ちゃんってなんかうちらと違うし」
「ふつうに無理だよね」
「……うん」
 ふたりはめた口調で話しながら、私を見た。
 学校で、特に女性中心の場所で孤立することは、その社会での死を意味する。
 だから、協調性のない七南は特に好まれない。
 でも……七南って、この子たちになにか不利益になること、してたっけ?
 ただ、自分らしくいただけじゃなかったっけ……?
 胸の奥では、もやもやした感情が渦巻いていた。


 ***


「楓さぁ、あの子と関わるのやめたほうがいいよ」
「……え?」
「七南ちゃん」
「あぁ……うん……」
 また、こうやって犠牲者が生まれる。あの日の私が、生まれる。
 でも、仕方ない。学校とはそういうものだ。標的が私じゃないんだから、いいじゃないか。
 心の中に棲むもうひとりの私が、低い声で囁き始める。
 みんなが七南をウザがる理由も、はぶりたがる理由も分からなくはない。
 私だって、関わりたくない。だって、仲間はずれにされたくないから。
 でも……。
 でも、本当にそれでいいの? 私が関わりたくないのは、本当に七南のほう?
 ……いや、違う。私は、七南のことが好き。素直で可愛くて、大好き。
「…………」
 奥歯を噛み締めた。
 ここで引いちゃダメだ。きっと、一生後悔する。
 ……だから。
 頑張れ、私。
「……でも、七南は嘘はついてないよ」
「え?」
「周りに合わせて自分に嘘ついて、思ってもないことを言い合ってる私たちなんかより、ずっとマシじゃないかな」
 空気が凍りつく音がした。
「……は?」
「なにそれ。どういう意味?」
「…………あ、いや……」
 ふたりの気迫に目が泳ぐ。
 怖い。
 沈黙が怖くてたまらない。でも、今引いちゃダメ。絶対、ダメ。
「楓、今あたしらのことバカにしたよね?」
「最悪。何様?」
「ち、違うよ。そんなつもりはなくて……」
「まぁいいけど。幼なじみは幼なじみ同士、仲良くしてたらいいんじゃん?」
「だねー。うちらには関係ないから」
「…………」
 冷ややかな声に、私は黙り込んだ。
 あぁ、と下を向く。
 やっぱり、こうなるんだ。
 みんなと違う意見は、弾かれる。ただ自分の意見を言っただけなのに。
 敵だと認識される。
 どうして? 自分の意見を言うことって、そんなにいけないことなの?
 七南があんたらになにをしたっていうの?
 七南はいい子だ。嘘がなくて、明るくて。七南はあんたたちになにかを言われるようなことなんて、なにひとつしていない。
 だから私は腹が立ったんだ。私の大切な七南を陥れるようなことを言うから……。
 私は、顔を上げてはっきりと告げる。
「私はただ、事実を言っただけだよ。あんたらこそ寄って集って七南を悪者にして、バカじゃないの? どうせ、七南が羨ましいんでしょ。可愛くて男子に人気があって、好き勝手に生きてるから」
「はぁ?」
「なんで私たちが」
「羨ましいなら、あんたらもああいうふうに生きればいいじゃん。女同士で足の引っ張り合いなんかしてないで、影から媚び売ったりしてないでさ。言っておくけど私、あんたたちと一緒にいるより、七南といるときのほうがずっと楽しいから! あんたたちにはぶられても、ぜんぜん痛くも痒くもないんだから」
 早口で言い捨てると、奈緒たちはしばらく私を睨みつけたあと、小さく舌打ちをした。
「……ウザ。行こ」
「……だね」
 ふたりは、私を無視して行ってしまった。 
 ふたりの後ろ姿を見つめたまま立ち尽くした。ため息が漏れる。
 あーぁ。やってしまった。
 今さらになって、私は自分が犯してしまった罪を自覚する。
 奈緒と千聖に嫌われたら、私はもうあの教室では生きていけない。
 きっと明日からまたいじめが始まる。あの日々が戻ってくる。
 どうしよう、どうしよう……。
 冷や汗をかきながらぐるぐる考えていると、突然背中に衝撃が走った。
「楓ちゃん! やっほ!」
「わっ」
 顔だけ振り向くと、七南が私の背中に抱きついていた。
「……七南。なに?」
「…………」
 七南はなにも言わず、私にぎゅっと抱きついた。七南の手は少し、震えていた。
 もしかして今の話、聞いていたのだろうか。
「……七南、えと、今のは……」
 口を開いた瞬間、七南がパッと私から離れた。
「……なんでもない! ね! お昼食べに行こーよ」
「……あ、うん。じゃあ、購買行く?」
「行く!」
 にっと笑う七南を見て、どこか心が軽くなった私がいた。
 やっぱり私がさっきした選択はきっと、間違ってなんていない。
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