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第8話

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 奏の声には、覇気がなかった。たぶん奏は、死のうとしている。突然の事故で足を失い、なにより大好きだったサッカーがもう一生できないと言われている。絶望するには十分だ。
「ねぇ奏、今どこにいるの?」
『どこって……病院だよ。入院してるんだから』
 それはそうだ。だけど……。
『じゃあ、もう切るよ。またな』
 奏が通話を切ろうとする。
 やだ……やだ。待って。行かないで。
 私は必死に奏に呼びかける。
「奏! 私ね、私……やっと気付いたんだよ」
 奏に訴えながら、私は病院へ向かって走る。
「私、お母さんが退院した日、言ったんだ。一緒に京都に帰りたいって」
 そう言うと、スマホの向こうでひゅっと息を呑むような音がした気がした。
「そうしたら、大人になりなさいって言われたんだ。でも私……その意味がずっと分からなかった。だけどね、さっきようやく分かったんだ」
 奏はなにも言わず、私の言葉に耳を傾けてくれている。
「私ね、お母さんのために一緒に帰りたかったんじゃなかった。私が京都に帰りたいのは、ぜんぶ私のためだったの」
『え……?』
「私がただ、お母さんと離れるのが怖かったんだ。ひとりになるのが怖くて、寂しいだけだった」
 お母さんに恩返しをしたいからなんて都合のいいことを言っておきながら、本当はただ、私がお母さんと離れる勇気がなかっただけ。
「私……これまで、お母さんがいなくなっちゃうことなんて一度も考えたことなかった。卒業しても、大人になっても、ずっとこのまま、お母さんや奏たちと一緒にいられると思ってた」
 でも、違う。そんなわけはないのだ。
 転んで泣いたとき、優しく抱き起こしてくれるお母さんはいつまでもいるわけではない。
 赤信号で立ち止まり、その間に息を整える。すぐに信号が変わり、再び走り出す。ようやく、病院が見えてきた。
「私……最低だよね。お母さんが倒れたあとも、まだお母さんに頼ろうとしてたの」
『ことり……』
 病院のベッドで眠るお母さんを見て、急に現実が押し寄せてきたような気がした。
「当たり前だけど、お母さんは私より先に死んじゃう。どんなに願ったって、ずっと一緒にいることはできないんだ」
『……うん』
 この身体は、私の意志を無視してどんどん大きくなっていく。ならば同じように、私たちは心も成長しなければならないのだ。
 院内に入り、エスカレーターを駆け上がる。奏の病室は、もうすぐそこだ。
 扉に手をかけ、勢いよく開く。ベッドに座り、窓の向こうへ身体を向けていた奏が驚いたように振り向いた。
 奏がいる。そのことにホッとしながら、私は続けた。
「だからね、私はいつまでも幼い子どもみたいに甘えているわけにはいかないんだ。それで私、お母さんになにをしたらいいのかって一生懸命考えたの」
 そして分かった。
「私がお母さんにできる一番の親孝行……それは、私が夢を追いかけること」
 でも、私は弱いから、ひとりじゃ頑張れない。
 だから、
「大好きな人と、一緒に」
 奏が目を瞠る。
「大好きな……人?」
「そうだよ。大好きな人」
 私は奏をまっすぐに見つめ、頷く。
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