5 / 14
第5話
しおりを挟む
「いただきます」
目の前に置かれた湯気を立てるどんぶりを前に、葉月は嬉しそうに声を弾ませて手を合わせた。
お箸で器用に麺をつかみ、息をふうっと吹きかける。ゆっくりとそれを口に持っていき、上品に啜った。食い入るようにその様子を見つめていると、
「美味しい!」
頬をふくらませながら、葉月はその小さな顔に笑みを滲ませる。無垢な笑顔に、つい俺も笑顔になった。
「ラーメンなんて、久しぶりに食べたよ」
ぽつりと言った葉月を、じっと見つめる。細い腕、子供の割に白い肌。
黙り込んだ俺を見て、葉月は笑った。
「なーんてね! ねぇ、お兄さん名前なんて言うんだっけ?」
そういえばまだ名乗っていなかった。
「あ……俺は、雛森律」
「律……じゃあ、りっちゃんね! ねぇ、りっちゃん! 私を拾ってくれたついでに、この仔猫もここで飼っていい?」
「拾った覚えはない。家に帰れよ」
葉月は勝手にここに住むつもりでいるらしい。
「……それはいや」
ふいっとそっぽを向く姿は、まるでいじけた子供そのものだ。
「……なんでだよ」
できるかぎり優しい声で訊ねると、
「言いたくない」
やはりそっぽを向く。
「……バレたら俺が捕まるんだよ」
「……分かった。じゃあ出てくよ」
とぼとぼと玄関に向かう葉月の背中。それは無性に不安を駆られ、心がざわついた。
「わ、わかったよ……」
気が付けば、葉月の小さな背中に向かって声をかけていた。
「えっ!?」
葉月がくるりと振り向く。
「本当!? いいの!?」
「まぁ……今さらだしな」
葉月はぴょんぴょん飛び上がって喜びながら、俺に抱きついた。
「ありがとう! あ、そだ。名前はなににしよう。うーん……あ、決めた! ユイカとかどう??」
俺は、目を瞠った。まだ乾かない生のままの傷がじくりと疼く。
「……可愛いでしょ? ねぇ、ユイカ!」
葉月は無邪気な顔で仔猫を抱き上げた。
「みゃあん」
「……いや、なんでわざわざ猫に人間みたいな名前付けるんだよ。わざわざそんな名前にしなくたって、もっと他にあるだろ。ほら、タマとかポチとか」
「うーん、だって、なんか思いついたんだもん。いいじゃん、ユイカ! 可愛い!」
「だからって……」
尚も食い下がろうとする俺を、葉月は強引に遮った。
「ねえ! 私、遊園地行きたい! それからカラオケ! あとは海もいいなぁ。天体観測とかもしてみたいし」
「はぁ? 待て待て待て。図々しいにもほどがあるだろ……」
「え、ダメなの? ……私、追い出される?」
途端に、捨てられた猫のようにしゅんと小さくなる葉月に、俺は深いため息をつく。
この顔は良心が痛む。
「……お前、わざとだろ?」
「……出てく?」
「……分かったよ」
「きゃーっ!! やったぁ!」
葉月はころりと態度を変えた。
「女って……」
まるで猫を一度に二匹飼い始めたようだ。
「その代わり、条件は出すぞ。仔猫の面倒はお前が見ること」
「もちろん!」
「俺が仕事に行ってる間は無闇に外に出ないこと。万が一警察に見つかったりしたら俺が困る」
「分かった」
「それから、最後にひとつ。お互いのことには深く干渉しないこと。以上、守れるか?」
「任せといてよ!」
やけに素直だ。
「ならまぁ……よし」
葉月の笑顔は、なぜかとても俺の心を打った。釘のように刺さって抜けない。こんなことは、結花以外の女性では初めてのことだった。
葉月は女子高生とは思えないほど家事が手馴れていた。まめまめしく洗濯物を畳む様子はまるで主婦のようで、それがどこか女子高生である葉月の外見とちぐはぐで、見ていて少し面白かった。
いつも俺の好物ばかりが並ぶ食卓で、うっかり一人暮らしでもしていたのかと訊ねそうになって、俺は慌てて口を噤んだ。
『お互いのことには干渉しない』のだから、と。
目の前に置かれた湯気を立てるどんぶりを前に、葉月は嬉しそうに声を弾ませて手を合わせた。
お箸で器用に麺をつかみ、息をふうっと吹きかける。ゆっくりとそれを口に持っていき、上品に啜った。食い入るようにその様子を見つめていると、
「美味しい!」
頬をふくらませながら、葉月はその小さな顔に笑みを滲ませる。無垢な笑顔に、つい俺も笑顔になった。
「ラーメンなんて、久しぶりに食べたよ」
ぽつりと言った葉月を、じっと見つめる。細い腕、子供の割に白い肌。
黙り込んだ俺を見て、葉月は笑った。
「なーんてね! ねぇ、お兄さん名前なんて言うんだっけ?」
そういえばまだ名乗っていなかった。
「あ……俺は、雛森律」
「律……じゃあ、りっちゃんね! ねぇ、りっちゃん! 私を拾ってくれたついでに、この仔猫もここで飼っていい?」
「拾った覚えはない。家に帰れよ」
葉月は勝手にここに住むつもりでいるらしい。
「……それはいや」
ふいっとそっぽを向く姿は、まるでいじけた子供そのものだ。
「……なんでだよ」
できるかぎり優しい声で訊ねると、
「言いたくない」
やはりそっぽを向く。
「……バレたら俺が捕まるんだよ」
「……分かった。じゃあ出てくよ」
とぼとぼと玄関に向かう葉月の背中。それは無性に不安を駆られ、心がざわついた。
「わ、わかったよ……」
気が付けば、葉月の小さな背中に向かって声をかけていた。
「えっ!?」
葉月がくるりと振り向く。
「本当!? いいの!?」
「まぁ……今さらだしな」
葉月はぴょんぴょん飛び上がって喜びながら、俺に抱きついた。
「ありがとう! あ、そだ。名前はなににしよう。うーん……あ、決めた! ユイカとかどう??」
俺は、目を瞠った。まだ乾かない生のままの傷がじくりと疼く。
「……可愛いでしょ? ねぇ、ユイカ!」
葉月は無邪気な顔で仔猫を抱き上げた。
「みゃあん」
「……いや、なんでわざわざ猫に人間みたいな名前付けるんだよ。わざわざそんな名前にしなくたって、もっと他にあるだろ。ほら、タマとかポチとか」
「うーん、だって、なんか思いついたんだもん。いいじゃん、ユイカ! 可愛い!」
「だからって……」
尚も食い下がろうとする俺を、葉月は強引に遮った。
「ねえ! 私、遊園地行きたい! それからカラオケ! あとは海もいいなぁ。天体観測とかもしてみたいし」
「はぁ? 待て待て待て。図々しいにもほどがあるだろ……」
「え、ダメなの? ……私、追い出される?」
途端に、捨てられた猫のようにしゅんと小さくなる葉月に、俺は深いため息をつく。
この顔は良心が痛む。
「……お前、わざとだろ?」
「……出てく?」
「……分かったよ」
「きゃーっ!! やったぁ!」
葉月はころりと態度を変えた。
「女って……」
まるで猫を一度に二匹飼い始めたようだ。
「その代わり、条件は出すぞ。仔猫の面倒はお前が見ること」
「もちろん!」
「俺が仕事に行ってる間は無闇に外に出ないこと。万が一警察に見つかったりしたら俺が困る」
「分かった」
「それから、最後にひとつ。お互いのことには深く干渉しないこと。以上、守れるか?」
「任せといてよ!」
やけに素直だ。
「ならまぁ……よし」
葉月の笑顔は、なぜかとても俺の心を打った。釘のように刺さって抜けない。こんなことは、結花以外の女性では初めてのことだった。
葉月は女子高生とは思えないほど家事が手馴れていた。まめまめしく洗濯物を畳む様子はまるで主婦のようで、それがどこか女子高生である葉月の外見とちぐはぐで、見ていて少し面白かった。
いつも俺の好物ばかりが並ぶ食卓で、うっかり一人暮らしでもしていたのかと訊ねそうになって、俺は慌てて口を噤んだ。
『お互いのことには干渉しない』のだから、と。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
機械娘の機ぐるみを着せないで!
ジャン・幸田
青春
二十世紀末のOVA(オリジナルビデオアニメ)作品の「ガーディアンガールズ」に憧れていたアラフィフ親父はとんでもない事をしでかした! その作品に登場するパワードスーツを本当に開発してしまった!
そのスーツを娘ばかりでなく友人にも着せ始めた! そのとき、トラブルの幕が上がるのであった。
High-/-Quality
hime
青春
「…俺は、もう棒高跳びはやりません。」
父の死という悲劇を乗り越え、失われた夢を取り戻すために―。
中学時代に中学生日本記録を樹立した天才少年は、直後の悲劇によってその未来へと蓋をしてしまう。
しかし、高校で新たな仲間たちと出会い、再び棒高跳びの世界へ飛び込む。
ライバルとの熾烈な戦いや、心の葛藤を乗り越え、彼は最高峰の舞台へと駆け上がる。感動と興奮が交錯する、青春の軌跡を描く物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる