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「カシ、愚痴を聞いてくれ」

「はい、スタン様。何があったんですか?」

 たまにスタン様はテオさん同伴で屋敷に訪ねてきてはひとしきり愚痴を吐き出していく。私がスタン様に忠実であること、口が堅い事を信じてくれているのが嬉しい。


 応接間のソファでスタン様とテオさんが並んで座ったのを確認してお茶を淹れる。お父様の娘になってから覚えた作法だけれど、お父様もスタン様も何時も美味しいと言ってくれる。


 お茶を供して私が向かいに腰かけた後、スタン様は話し始めた。

「また、お前には訳の分からない事を言うけど勘弁な」

 以前にスタン様の言った「おとめげーむ」「いせかいてんせい」などの言葉はいまだに意味が分からない。勉強を続ければ分かるようになるかと思ったのだけれど、スタン様が言うには「俺の前世の話だから、この世界じゃ誰も知らないよ」とのことだった。テオさんにも理解できないらしい。私が頷くと、スタン様は不満をこぼし始めた。スタン様は、初めて会ったころとは違って私に対して砕けた口調でざっくばらんな話し方をするようになっていた。

 親しく思ってくれているようでとても嬉しい。


「マジで!マージーで乙女ゲームかもしんねーわ。じゃなきゃラノベ。だってピンク頭のツインテールで光属性特化の元庶民で子爵家に引き取られた庶子ってだけで地雷の匂いプンプンなのに、なんで第二王子殿下と同じ学年に編入してくんの!?あー、関わりたくねー。絶対に面倒くさいことになる。逃げたい。講師辞めたい。誰か代わりにやってくんねーかなぁ」

「学院でのお仕事で困ってるんですか?」

「いや、今のところ何があったと言う訳でもないんだ。でも、これから厄介事になりそうな気配がして怖い」

「講師のお仕事を誰かに代わってもらう事は可能ですか?」

「無理だろうなぁ」


 魔術省は、いつでも人材不足だ。魔術に秀でているものは華やかな騎士団や魔術師団に流れることが多い。魔術省の仕事は大事だけれど地味で目立たないため、志望者が少ないと聞く。

 お父様の後押しがあったとはいえ、もともと村人だった私が見習いとは言えお勤めできるようになったのは、人手が足りないからだ。魔術省はスタン様を外に出したくなかったのだけれど、現在の人材育成が将来の人材不足解消につながるとごり押しされて、魔術省もスタン様も仕方なく出向指示に頷いたと言う経緯がある。長官は「その顔で釣って来い」と言っていた。


 そこそこの人間では人材育成に時間がかかるだろうと、優秀なスタン様に白羽の矢が立ったのだけれど、スタン様は本当に厭々通っているようだ。曰く「俺を取り込んで専属にしようとしてるが、そうは問屋が卸すもんか」と。


「私がもっと優秀だったら、スタン様の代わりに講師のお役目を承れたのに」

 自分の無力さが口惜しい。もっともっと勉強して鍛錬しなくてはスタン様のお役に立てない。

「あー、カシはいい子だなー。学院の貴族子弟共もみんなカシ位にいい子だったら講師の仕事も嫌じゃないんだけどなー」

 立ち上がって私の隣に移動してきたスタン様が私の頭を抱え込み、頬をすりすりと押し付けてくる。最初は戸惑ったこの行動も今は慣れたもの……と言いたいところだけど、何度されても心臓が跳ねて顔が熱くなってしまうので困っている。


「癒される―。カシは俺の癒しだ。もう、カシがいないと頑張れない」

「お……お疲れ様です。私はいつでもスタン様のお味方です」

「スタン、そろそろ離れておけー。メイドさんが部屋を出て行ったぞ。先生がやってくるぞー」


 スタン様と私の距離が近くなるとメイドさんはお父様に報告する為に、音もなく部屋を出て行く。最初にお父様が応接間に乱入したときは分からなかったことだけど、回数を重ねたのちにテオさんが因果関係を教えてくれた。


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