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町で先生に服を買ってもらった。遠慮する私に「可愛い娘を更に可愛くさせるのは親の特権じゃ」と言う。いままでこんな甘い言葉を聞いたことが無い。町に降りて先生の性格が変わってしまったようで、少し不安になる。
「それで、儂はいつまで”先生”なのかの?」
「あ……父さん?」
言葉にしたら、村にいる父の顔が浮かんだ。
「その言葉は村の父親にとっておきなさい。そうじゃの、父上かお父様か……パパでも良いぞ?」
父上……お父様……パパ……どれがいいんだろう?自分では判断できずに先生を見上げると満面の笑みで私を見下ろしている先生が見えた。村の大人よりも大きな先生と13歳にしては小さな私が並ぶと、私は先生の胸あたりにやっと頭が届くくらいなので見上げると首が痛い。見下ろす先生の首は大丈夫なんだろうか。
「ふふふっ、困っておるか、カシ。そうじゃなお父様あたりが妥当かの」
「はい、お父様」
先生が決めてくれて良かった。あ、先生じゃない、お父様だ。
「お前には新しい名を贈ろう。お前はこれからカサンドラだ。愛称はカシなのでちょうどよかろう」
「はい、お父様」
こうして私はカサンドラになった。けれど、先せ……お父様はカシと呼ぶのであまり変わった実感が無い。
町を出るときは馬車に乗った。村にあったような荷馬車ではなく、とても立派な馬車で乗っていてもお尻が痛くならないので驚いた。座席はフカフカなのにクッションまである。初めて見る、レースをふんだんに使って更に細かい刺繍の入った手触りのいいクッションに座る勇気が出なくて、お父様に笑われた。
これから行く場所はどんな所なんだろう。お父様に地図で説明してもらったけれど、とても遠いという事しかわからなかった。この立派な馬車を使っても半月掛かるというので、徒歩しか移動手段のない村の人は一生たどり着けない場所だと思う。村の荷馬車は商売用で人の移動用ではないのだ。
馬車の旅は楽しい。居心地の良い車内で窓の外を見ると、見たことも無い景色が広がっていて全く飽きない。植生が移り変わっていく様も面白い。村と最初の町は高所にあったので、低地にある植物群は初めて見るものが多い。村でお父様に見せてもらった図鑑で覚えた花や木々、飛ぶ鳥さえも美しい。
目的地まであと二日と言う所でお父様が知人の家に寄ると言い出した。
「以前に話したことがある天才児スタンの家じゃ。いや、18になっている筈だから天才児と言う年ではないの。十までの事しか知らんから、はてさて見ても分かるかどうか」
「お父様を怖がらなかったというスタンさんですね、お会いできるのが楽しみです」
この時はそう思ったのだけれど、お父様の言う知人の家を見たときに私は固まった。これは、お家ではなくお屋敷と呼ぶべき建物だ。門をくぐり屋敷が見えるまで馬車で十分もかかるなんて、どれだけ広い敷地なんだろう。私のいた村全部が入るほどに大きなお屋敷。その後ろには鬱蒼とした森が見える。お父様はこんなお屋敷に住む方――お貴族様だろう――と知り合いなのか。
不安に思っている私にお父様は優しく声を掛けてくれた。
「大丈夫だ、カシ。お前が想像した通りにここは貴族の屋敷ではあるがの。主は頭が固くてまじめな男だが話が通じぬ訳でもない。嫡子のスタンは常識の枠に捕らわれぬ型破りの子どもじゃったの」
駄目だ。お父様の説明に安心できる部分が無い。尚も心許ない思いを消せない私に「会えばわかる」とだけ言って、お父様は馬車を降り私に手を差し出した。教わった通りに手を預けて私も馬車を降りる。目の前の大きなお屋敷から逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。
「それで、儂はいつまで”先生”なのかの?」
「あ……父さん?」
言葉にしたら、村にいる父の顔が浮かんだ。
「その言葉は村の父親にとっておきなさい。そうじゃの、父上かお父様か……パパでも良いぞ?」
父上……お父様……パパ……どれがいいんだろう?自分では判断できずに先生を見上げると満面の笑みで私を見下ろしている先生が見えた。村の大人よりも大きな先生と13歳にしては小さな私が並ぶと、私は先生の胸あたりにやっと頭が届くくらいなので見上げると首が痛い。見下ろす先生の首は大丈夫なんだろうか。
「ふふふっ、困っておるか、カシ。そうじゃなお父様あたりが妥当かの」
「はい、お父様」
先生が決めてくれて良かった。あ、先生じゃない、お父様だ。
「お前には新しい名を贈ろう。お前はこれからカサンドラだ。愛称はカシなのでちょうどよかろう」
「はい、お父様」
こうして私はカサンドラになった。けれど、先せ……お父様はカシと呼ぶのであまり変わった実感が無い。
町を出るときは馬車に乗った。村にあったような荷馬車ではなく、とても立派な馬車で乗っていてもお尻が痛くならないので驚いた。座席はフカフカなのにクッションまである。初めて見る、レースをふんだんに使って更に細かい刺繍の入った手触りのいいクッションに座る勇気が出なくて、お父様に笑われた。
これから行く場所はどんな所なんだろう。お父様に地図で説明してもらったけれど、とても遠いという事しかわからなかった。この立派な馬車を使っても半月掛かるというので、徒歩しか移動手段のない村の人は一生たどり着けない場所だと思う。村の荷馬車は商売用で人の移動用ではないのだ。
馬車の旅は楽しい。居心地の良い車内で窓の外を見ると、見たことも無い景色が広がっていて全く飽きない。植生が移り変わっていく様も面白い。村と最初の町は高所にあったので、低地にある植物群は初めて見るものが多い。村でお父様に見せてもらった図鑑で覚えた花や木々、飛ぶ鳥さえも美しい。
目的地まであと二日と言う所でお父様が知人の家に寄ると言い出した。
「以前に話したことがある天才児スタンの家じゃ。いや、18になっている筈だから天才児と言う年ではないの。十までの事しか知らんから、はてさて見ても分かるかどうか」
「お父様を怖がらなかったというスタンさんですね、お会いできるのが楽しみです」
この時はそう思ったのだけれど、お父様の言う知人の家を見たときに私は固まった。これは、お家ではなくお屋敷と呼ぶべき建物だ。門をくぐり屋敷が見えるまで馬車で十分もかかるなんて、どれだけ広い敷地なんだろう。私のいた村全部が入るほどに大きなお屋敷。その後ろには鬱蒼とした森が見える。お父様はこんなお屋敷に住む方――お貴族様だろう――と知り合いなのか。
不安に思っている私にお父様は優しく声を掛けてくれた。
「大丈夫だ、カシ。お前が想像した通りにここは貴族の屋敷ではあるがの。主は頭が固くてまじめな男だが話が通じぬ訳でもない。嫡子のスタンは常識の枠に捕らわれぬ型破りの子どもじゃったの」
駄目だ。お父様の説明に安心できる部分が無い。尚も心許ない思いを消せない私に「会えばわかる」とだけ言って、お父様は馬車を降り私に手を差し出した。教わった通りに手を預けて私も馬車を降りる。目の前の大きなお屋敷から逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。
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