上 下
5 / 24

05

しおりを挟む
 先生が村はずれに居を構えたのは私が五歳の時。外からやってきた人に興味津々だった私は、すぐさま先生の所へ突撃して、13歳になる今まで頻繁に訪問していた。


「村のみんなは、先生にどう対していいのか分からないだけです。先生は遠くの都でとても偉い方だったとか、高名な魔術師だったとか、お貴族様だったとかいろんな噂があって、そんな方に縁の無いこんな小さな村では仕方ないんです。私は、幼過ぎて先生の凄さを知らなかったので平気だったのです」


 幼かった私に斟酌する賢さが無かったことも本当だけれど、そういう噂がある先生ならば私の知らない事をたくさん知っているだろうと押しかけたのが実際の所だ。これが知識欲と探求心なんだろうか。


「幼い者なら他にもいただろう。この家に押しかけて来たのはお前だけだがな」

「それは、先生が怖そうだからです」


 細身ではあるけれど村の大人よりずっと背も高く、男の人なのに白い髪が腰まで長く、同じく真っ白な髭が顔の下半分を覆っていて、そして目つきが悪い。いつも睨んでいるように見える表情は、目つきの悪さだけでなく普段は真一文字に結ばれている口元のせいもある。顔に深く刻まれた皺は老人の柔らかさでは無く厳めしさを際立たせていた。


 怖い顔をしていても、冗談を言ったり小さな悪戯を仕掛けては笑い転げたりする可愛いお爺さんなのだけれど、それは傍にいないと分からない。


「怖そうか……前にいた所でもよくそう言われた。そこはこの村よりもずっと人が多かったが、お前ほど物おじしない子どもは一人しかいなかったな」

 たくさん人間がいるような場所でも、先生の事を怖がらない子どもは一人しかいなかったんだ。


「スタンという少年でな、やはり五才の頃に出会ったのだが、お前と同じくらいに知識を得ることに貪欲な子どもだった。吸収する力も知識を賢く使う術も他に類を見ぬほどで、これを天才というのであろうと、たった五つの子どもを恐れ入って見たものよ」

「先生がそこまで言うなんて、スタンさんは凄い人なんですね」

「そうじゃの。お前と同じくらいに凄い子供だったよ、カシ。五つから十までしか知らぬが、今はもう十八になるか。立派になっているであろうな」

「私はすごくないです、先生」


 先生にとっては、先生を恐れない子どもは凄い子どもなんだろうか?そんなに怖がられているのなら、もう少しにこやかにしていればいいのに。


「お前が何を考えているのか分かるぞ?しかしな、儂は笑顔の方が余計に怖がられるのよ」

 そう言って笑って見せてくれた先生は、確かに怖かった。


「それ、笑顔ですか?」

「違うか?」

「えーと、率直に言いますが、私の知っている先生の笑顔と全然違います。私が知っているのは楽しいとか面白いとかそういう気持ちが伝わってきていたんですけれど、今の先生のお顔は、裏がありそうというかニコリじゃなくてニヤリでしたし、後が怖そうだし脅されているようだし、やっぱり怖いです。どうしていつもの笑顔じゃないんですか?」

 いつもの先生の笑顔は、柔らかくて優しくて温かい。悪戯成功の笑顔においては被害者は私なのだけれど、ついつい許してしまえるくらいに可愛い顔をするのだ。


「面白くも無いのに笑えるものか」

 これ!ちょっと口を尖らせ気味の先生のお顔はとても親しみが持てるものなので、いつもこうなら怖がる人なんていないと思う。そうかと思うと、先生が真顔になった。眉間に皺をよせ、私を見つめる先生が言う。


「カシ、もしお前が良ければだが――儂がお前を買いたいと思うがどうか」

「先生が?私、先生のお役に立てることはありますか?」

 先生に買ってもらったとして、そのお金に見合う何が私はできるだろうか。ちびのやせっぽっちだから力仕事は多分それほど出来ない。自分の全力を尽くしても役に立てる自信は無い。料理も野草やキノコの塩味スープが作れるくらいだ。貧乏な我が家は材料も調味料も不足ばかりだから。


「お前には儂の家族になってほしいのだよ。儂は今まで結婚したことも子を成したこともない。生まれたときにいた家族はとうにみな墓の中だ。そもそもカシの家のような温かい家族は知らんしの」

 家族になることなら私に出来るだろうか。

「お前が家族を愛しているのは知っていたので口には出さなんだが、儂はお前を娘のように思っておる。いや、年齢を考えれば孫であろうがの。家族からお前を奪いたいなどとは考えたことも無かったが、売られるというのなら話は別であろう?」

「私が先生の家族になれますか?」

「儂こそ、お前の父になれるかの?」


 先生がお父さんになる。売られた先で客を取らされるか奴隷として鞭打たれ重労働をするかだと思っていたのに、こんな分不相応な事を望んでいいのだろうか。


「金だけ出してお前をあの家に戻すことも出来るが、村の者たちがそれでは納得すまい。お前も施しを受けて平然としていられる類でもないし、儂は善人ぶって施しをした結果が良い物にはならんことが多いと知っている。だから、子買いに売られたように見せてこの村を出ることになる。お前が諾とするならばだが」


 先生の真剣な顔を見て、この申し出が本気であると感じられた。冗談や悪戯の好きな先生だけど、さすがにこんな質の悪いそら事をいう筈がないと分かってはいたけれど、私自身が望外の提案を信じられなかったのだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

処理中です...