上 下
121 / 149

121 神脈の乱れの原因

しおりを挟む


「ノゾミねーさんたちはどうすると思う?」


 ひとしきり日本のことを報告したあと、ハニー・ビーは神妙に翔馬に訊ねた。


「帰れないんじゃなくて帰らないんだったら、それでもいいんだ、あ、ショーマにーさんもね。一時の感情に流されてじゃなくて、真剣に考えた上でならいい」

「うん」


 ハニー・ビーが真剣に話しているので、翔馬も真正面からこの問題に向き合うべく頷いた。


「なんだろね。あたしが悪いことしたわけじゃないのに、自分だけ帰れたって事が……なんか……」

「罪悪感を持つ事ないよ、ビーちゃん」

「――ああ、そっか、罪悪感かぁ……」


 ハニー・ビーはモヤモヤしていた自分の気持ちにしっくりくる”罪悪感”という言葉がすとんと胸に落ち、何度かうんうんと首を縦に振った。


「俺も希ちゃんたちも、ビーちゃんだけズルいなんて言わないし思って無いよ?ビーちゃんがそれだけの力を持っていて、俺たちには無かった。遺恨は無いけど、諸悪の根源はガーラントさん達だったし、ビーちゃんが気に病んだり罪悪感を持ったりするのは違うと思う」


「ん、ありがと、にーさん」


 確かにガーラント達の行った召喚が発端ではある。ハニー・ビーが召喚された”日本組”に関わることが無ければ、こんな不透明な感情は持つことは無かっただろうがそれはタラレバで、いまさら言っても仕方がない。


 翔馬はランティスにいた頃からハニー・ビーの罪悪感には気付いていた。自分をヴェーリオスに連れてきてくれたことも、善良な彼女の贖罪であろう事も。彼女にはまったく責の無い事だというのに。


 彼女が必要のない負い目を感じていることを知っていたから、彼女自身がそれに気づいたときには「それは不要な感情だ」と言いたいとずっと思っていた。

 やっとそれを伝えることが出来て、翔馬は肩の荷を下ろしたような胸のつかえがとれたかのようなスッキリとした気持ちになった。


「にーさん、あたしとネスにーさんが出て行ってから帰ってくるまでどのくらい?」

「んー、4時間半くらいかな。あ、時間の流れ方が違ってて、向こうで一日過ごしたらこっちで一年経ってるかも、あるいは五分と経ってないかも――ってやつ?」

「ん。ネスにーさんが紐づけしてあるから滞在時間分が経過してるって言ってたけど、いちお、確認」


 その紐づけが無かったら、翔馬が今言ったように経過時間が違っていた可能性もある。ハニー・ビーは確認しようとは思っていないが。

 ちなみにランティスで過ごした時間と、こちらの経過時間が同じだったのはマンティコアが紐づけしていたそうだ。

 ハニー・ビーは経過時間まで気が回らなかったが、彼女からの手紙を受け取ったマンティコアがその魔力を辿ってきちんとリンクさせていたと聞いて、ああ、もしかしたら向こうで一年過ごして帰ってきたら、こちらで知り合っている短命種は誰もいなかったという可能性もあるのかと、マンティコアのフォローに感謝したハニー・ビーだった。


「へぇ、紐づけってそういうのなんだ。あれ?だったら、刻印でもいいんじゃないの?」

「ん、ネスにーさんに聞いてみたら、千万が一にでも紫苑ねーさんの傍に自分が二人って事態になったら嫌だからって言ってた」

「え?あり得るの、それ?」


 万が一ではなく千万が一という言葉に少々引っかかったが、翔馬は疑問を口にする。


「んーん、まず無い。もしもの話。ネスにーさん曰く”たとえ相手が俺でも紫苑の傍に俺以外の男が沿うのは許さない。どの時点の俺でも考えることは同じだから、最悪殺し合いになる”って」

「こわっ、だって自分だよ!?何それ、すっげーコワイ!?」

「まー、紫苑ねーさんがいる時点でいなすからダイジョブ」


「ああ……、成程。ソーデスネ」


 遠い目をした翔馬を見て、自分たちが不在の間にどれだけ惚気を聞かされていたのかとハニー・ビーは少々同情した。

 臆面もない惚気を聞いている一方だというのは、自身も経験があるだけに辛さを身をもって知っているハニー・ビーであった。



◇◇◇


 いちゃいちゃタイムが終わったデインティネスと紫苑を交えてお茶を飲んでいる間に、マンティコアが帰ってきた。


「いや、ただいまって師匠……、ここ、あたしのうち」

「気にしないでいいわぁ。おじいさま、おばあさま、ご無沙汰しております。お元気そうで喜ばしく思いますわ」


 身内相手でも美しい辞儀を見せたマンティコアは、ハニー・ビーに刻印が習得出来たのか問うた。それに頷いた事を確認すると、暫く国の外に出るという。


「神脈の乱れですけれど、お隣の国が関わっているようですの。乱れ自体は正常化させてまいりましたけれど、少々お仕置きに出かけてきますわ」


「お隣ってどっち?」


「人間種の方ですわ」


 ヴェーリオスは北と西に険しい山脈という天然の砦がある。

 国の東に人間種の国であるアイティオピコン国、南に獣人種が多い国のポイニークーン国があり、どちらとも国交はあるが友好国と言うほどの付き合いはない。


 ヴェーリオスはヴェーリオス単体で他国との共栄が無くとも成り立っている国である。


 種族も人間種・獣人種・竜人種・森から出てはこないがエルフ種など多岐にわたり、来るもの拒まずの国だと言える。

 多種族が共存して補い合い成長したヴェーリオス国は、人間種のアイティオピコン国よりも発展の度合いが著しい。そのため、アイティオピコンは雑種の国とヴェーリオスを見下しつつ、隙あらば搾取したい足を引っ張りたいという欲が隠しきれていない。


 しかし、神脈を乱すというのは悪手だった。


 当然、国として動くし、国王と友誼を結んだ世界最強の魔女マンティコアが出てこない訳がないのだ。


「ま、やらかしたことがやらかした事なんだから仕方ねぇな」

「そうだね、自分の国の中でアレコレしている分にはこっちから手を出したりしないのにね。マンティコア、しっかり分からせてきてね?必要なら私も出るから」


 デインティネス・紫苑夫妻の弁である。

 幼げで優しい雰囲気である紫苑だが、中々に熾烈な中身を持っているようだ。


「い、いえ、おばあさまに出て頂くほどの事はありませんわ。私で十分です。おじいさま、おばあさまを宜しくお願い致しますわね?」


 その会話を聞いていた翔馬がハニー・ビーに耳打ちする。


「紫苑ちゃんは魔女?」

「んーん、魔女じゃない」

「――紫苑ちゃんって、強いの?」

「紫苑ねーさんは……コワイ」


 強いではなく怖いと返事をしたハニー・ビーの顔がやや引きつっているのを見て、翔馬は紫苑を怒らせないようにしようと誓った。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

加護を疑われ婚約破棄された後、帝国皇子の契約妃になって隣国を豊かに立て直しました

ファンタジー
幼い頃、神獣ヴァレンの加護を期待され、ロザリアは王家に買い取られて王子の婚約者となった。しかし、侍女を取り上げられ、将来の王妃だからと都合よく仕事を押し付けられ、一方で、公爵令嬢があたかも王子の婚約者であるかのように振る舞う。そんな風に冷遇されながらも、ロザリアはヴァレンと共にたくましく生き続けてきた。 そんな中、王子がロザリアに「君との婚約では神獣の加護を感じたことがない。公爵令嬢が加護を持つと判明したし、彼女と結婚する」と婚約破棄をつきつける。 家も職も金も失ったロザリアは、偶然出会った帝国皇子ラウレンツに雇われることになる。元皇妃の暴政で荒廃した帝国を立て直そうとする彼の契約妃となったロザリアは、ヴァレンの力と自身の知恵と経験を駆使し、帝国を豊かに復興させていき、帝国とラウレンツの心に希望を灯す存在となっていく。 *短編に続きをとのお声をたくさんいただき、始めることになりました。引き続きよろしくお願いします。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
マーベル子爵とサブル侯爵の手から逃げていたイリヤは、なぜか悪女とか毒婦とか呼ばれるようになっていた。そのため、なかなか仕事も決まらない。運よく見つけた求人は家庭教師であるが、仕事先は王城である。 嬉々として王城を訪れると、本当の仕事は聖女の母親役とのこと。一か月前に聖女召喚の儀で召喚された聖女は、生後半年の赤ん坊であり、宰相クライブの養女となっていた。 イリヤは聖女マリアンヌの母親になるためクライブと(契約)結婚をしたが、結婚したその日の夜、彼はイリヤの身体を求めてきて――。 娘の聖女マリアンヌを立派な淑女に育てあげる使命に燃えている契約母イリヤと、そんな彼女が気になっている毒舌宰相クライブのちょっとずれている(契約)結婚、そして聖女マリアンヌの成長の物語。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!

隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。 ※三章からバトル多めです。

処理中です...