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110 師匠への連絡
しおりを挟むハニー・ビーが帰宅した時、翔馬は依頼を受けているのか不在であった。
「師匠を捕獲……ねぇ」
ランティスで言った通り、ハニー・ビーが百人いたとしても師匠には敵わない。よって、力づくでの捕獲は不可能。
王から何度も戻ってくるよう言われても帰ってこないのだから、ただ単に「帰りましょう」「はい、そうしましょう」とはならない事は分かっている。
「師匠の旦那さんから崩すしかないよなぁ」
相思相愛いちゃいちゃべたべた夫婦だが、主導権は夫側にある。物理で言えばマンティコアにかなうはずのない奏者の夫。マンティコアは尽くすタイプでもあり、夫のいう事には基本的に従順である。幸い、ハニー・ビーはマンティコアに大事にされている弟子という事でその夫君にも可愛がってもらっている。
ハニー・ビーがお願いすれば何とかなるだろう。
王も勿論そう考えて彼女に依頼したに違いない。
マンティコアを捕縛するよりもずっと可能性が高いので。
ちなみに、本当に捕縛するためにマンティコアの所在地へ向かう方法としては二つある。
一つはマンティコアと通信して、彼女のところへ跳ぶ魔法の補助をしてもらう事。ハニー・ビーは視認できる範囲と行った事がある場所にしか跳べないが、目的地に力のある魔女がいれば――これはマンティコアクラスでなくてもよい――目的地とハニー・ビーとの間に線を繋ぐことが出来る。
その線に沿って転移すればよい。
マンティコアの元へ跳ぶのなら、マンティコアの協力必須である。
ちなみに、マンティコアは一度も訪れたことが無い場所でも、目的地の魔力を頼りに跳ぶことが出来る。
ランティスにハニー・ビーが召喚されたときも、全く知らないかの地へハニー・ビーの魔力を目印として転移可能だった。それをする気も必要も無かっただけで、召喚された彼女が自力で脱出できなかった場合、マンティコアは弟子を助けにランティスへ飛んだだろう。
そうなったら、ランティスがどうなったかと考えると怖いので、ハニー・ビーは自力で帰ることが出来る自分で良かったと心から思っている。
もう一つは地道に旅することだ。
所在地はつかめているし、移動したとしてもマンティコアが故意に魔力を隠蔽しない限り、ハニー・ビーは彼女の場所へと向かうことが出来る。
隠蔽されたらハニー・ビーの実力ではそれを探ることは出来ないが、彼女が夫と行動を共にしている限り居場所は知れる。
ただ、これには時間がかかるので、ハニー・ビーとしては是非マンティコアに協力してもらいたいと思っている。
大規模な神脈の乱れが自然現象ではない……誰かが故意に行った人為的なものであるのなら、対処は早い方がいいだろう。マンティコアは事が大きくなっても自分でどうにか出来るというだろうし、実際にどうにかするだろう。しかし、大きくなる前に事を治めてほしいと、王も弟子も思っていることを考慮してほしい――ハニー・ビーはそう思った。
とりあえず、メッセージを送っておこう。
いきなり通信をしても、夫婦でいちゃいちゃしているときだった場合には師匠は怒るだろうから。
” 師匠、ハネムーン長くない?そもそも新婚じゃないし、何回目かも知らないけどさ。
” 王様からのお願い、届いてるんでしょ?
” 師匠が帰ってこないからって、あたしに師匠を捕まえて来いって無茶言われた。
” 酷い師匠を持つと弟子が苦労するので帰ってきてください
” 可哀想な弟子 ハニー・ビー
メッセージを送ったり遠くの者と話をしたりする道具はあるが、魔女は魔法でそれを行う。
ハニー・ビーはメッセージを送ったあと、返事を待つ間お茶にしようと思ったが、マンティコアに余裕があったようですぐに通信魔法が発動された。
通信魔法は声だけを届けるもの、映像もつくもの、立体映像でその場で会話をしているようになるものとあるが、マンティコアが発動したのは声だけのタイプだった。
「ハーイ、ハニー・ビー。お帰りなさい」
「お帰りって……帰って来てもう三ヶ月たつけど」
「だって、まだ会えてないんですもの」
「師匠が家にいればすぐに会えた」
「だってぇ、お仕事だったんですもの」
嘘つけ。
ハニー・ビーは声に出さずに心の中だけで呟く。
仕事はとうに終わっていて何度目か……何十回目かのハネムーンを謳歌していることは知っているのだ。
別世界から戻ってきた時も、メッセージを送っただけだ。マンティコアもそれに対し「お帰りなさい、話はいずれゆっくりと」と返信を寄越しただけである。
「あなた、呼ばれた地から男を連れて帰ってきたんですってね?いよいよハニー・ビーにも春が来たのねえぇぇぇぇぇ!」
「いや、違うし」
「また、サンダーバードが荒れるわね。あの子、一向に男を見つけられないままで、妹弟子たちがどんどん結婚していくからやさぐれてるのよ。まさか、ハニー・ビーにも先を越されるとは思って無かったでしょうねぇ」
「いや、だから、違うって。ショーマにーさんは、被召喚者仲間で、ランティスが求めていた能力持ちじゃなかったから、あたしが帰るときに一緒に行きたいって……師匠、聞いてる?」
「ショーマ?」
「え?ん。キサラギ・ショーマ」
本当はキサラギ・ペガサスだけど。
これは翔馬が隠している事なのでハニー・ビーは言わない。
「どんな感じの子?」
「どんな……?残念な感じ」
ハニー・ビーの翔馬に対する評価は変わらない。
「違うわよぅ。見た目のこと。まさか、黒い髪と黒い瞳を持っていたりする?」
「え?なんで分かんの?」
マンティコアは答えずに含み笑いを漏らした。
「ふふっ。分かったわ。明日にはそちらへ戻ります。ハニー・ビーのダーリンに会いたいから押さえておいてちょうだいね?」
「え、いや、ダーリンじゃなくて……師匠?……あー、もう、通信切れた」
言いたい事だけ言って通信を切ったマンティコアに再度通信を行う気はハニー・ビーには無い。
明日には帰ってくるというのだ。話はそれからでいい。
「あー、王様に報告しとこう」
捕縛はしていないがマンティコアが帰ってくることが確定したのなら、依頼は完了でいいだろう。
やはり、魔女の仕事であるとは思えなかったハニー・ビーだが、王にマンティコアが戻ってくることを旨を通知した。
そして、今度こそゆっくりとお茶を飲んだ。
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