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103 勇者は言葉を覚えたい
しおりを挟む召喚も魔道具も選ばずに言語の習得を選択した翔馬に、ハニー・ビーは更なる選択をさせる。
「ゆっくりと優しく指導してくれる先生と、厳しいけど教え込むのが得意で速やかに仕込んでくれる先生とどっちがいい?」
ハニー・ビーが言う「厳しい」はどの程度なのかと考えた翔馬の喉がゴクリと鳴る。
だが、もう後には引けないし引く気も無い翔馬は、速やかに仕込んでくれるという先生を選ぶ。先生を選ぶなどと言う行為が傲岸にも思え、そんな優秀な先生が面識もない自分に教えてくれるだろうかと疑問に思う。
そして、教わる対価に差し出すものが無い事を思い出し、後払いでいいのかと尋ねた。
「ん。にーさん自身が対価」
「はい?」
不穏当なハニー・ビーの言葉に翔馬が顔をひきつらせた。
「さっき言った先生はどっちもあたしの姉弟子で、厳しい先生の方は師匠の娘。探求心とか好奇心とかそういうのが旺盛な人で、別世界から召喚されて更に別世界にやってきたにーさんなんて、そりゃもう面白い研究材料」
身売りか奴隷かと身構えていた翔馬は、ハニー・ビーの言葉に安心……は残念ながら出来なかった。
マッドサイエンティストと言う言葉が脳裏をよぎり、身震いする。
「研究……って、解剖とかされないよね?」
よもやハニー・ビーがそれを承知で自分を紹介するとは思わないが、念のために翔馬は聞いておく。
「だいじょぶ。解剖なんてして唯一無二の研究対象をぶっ潰すような真似する人じゃない」
予備があれば解剖することもいとわないかのような発言である。
「サンダーバードねーさんは、実験もしないことはないけど理論派の人で考察タイプだから、お話しするだけだよ」
少し脅しすぎたかと、ハニー・ビーは翔馬を安心させるように笑った。
「サンダーバードさん?」
「ん。リトルバードが最初の名前だって聞いたけど、今はサンダーバードって呼ばれてる」
翔馬は「国際救助隊」を名乗る秘密組織の特撮を思い浮かべたが、名の由来は雷の精霊であった。本人が雷魔法を好んで使うためであるが、それは攻撃の為と言うよりも作成した魔道具の実験に雷によって発生する電流を流用していたことによる。
それを知る由もない翔馬は更に不安になったが、ハニー・ビーが自分に悪しかれと思うはずはないと腹をくくってサンダーバードが受けてくれるなら是非お願いしたいと頭を下げたのだった。
◇◇◇
「はじめましてー。ハニー・ビーから聞いてると思うけど、私はサンダーバードって呼ばれる魔女よ。よろしくね」
「はじめまして、如月翔馬です。この度は面倒な事をお願いして申し訳ありません。懸命に取り組みますのでご指導宜しくお願いします」
場所はハニー・ビーの師匠の家である。師匠の娘であるサンダーバードも一緒に住んでいるそうだ。師匠の夫でありサンダーバードの父にあたる人物は別居だという。世界中に信奉者がいる奏者であちこちで演奏会を開いており、席の暖まる暇もないほど多忙を極めているそうだ。
それでもマメに妻と子の住むこの地に戻ってくるというから、いつか会う機会はあるだろう。
「師匠は、まだ帰って来てないの?」
この地に帰還して早々にハニー・ビーは師匠に連絡を入れたが、今は隣国で仕事を請け負っているという事でまだ再開は出来ていない。
もちろん、会おうと思えば転移ですぐに会いに行けるが、師匠も弟子もウェットなタイプではないので「そのうち会えるだろうから」と流したままである。
「そうねぇ。まだ少しかかるんじゃないかな。たまたま父さんの公演依頼があった場所と近いから」
「なるほど」
仕事自体は終わっていたとしても、久々の夫婦の逢瀬を水入らずで楽しんでいるのだろうとハニー・ビーは納得した。
師匠の娘でありハニー・ビーの姉弟子でもあるサンダーバードは、金髪碧眼で甘い顔立ちをしていてお姫様のように見える美少女であるが、齢72歳と長命種ならではのお年頃である。
ハニー・ビーと同じような白いマキシ丈ワンピースだが、コルセットジレは緑色の刺繍が入った光る素材の金。ローブはクリーム色で、ワンピース以外は黒を基調としているハニー・ビーよりも明るく華やかであった。
「じゃ、ねーさん、にーさんを宜しく」
「おっけー、任せてちょーだい。たっぷりと可愛がってあげるわ」
「ん」
可愛らしいお姫様だったサンダーバードが、その眼の光だけで肉食獣に変化したように見えた翔馬は、怯えつつも再度頭を下げた。
サンダーバードも「言語翻訳」のスキルを持っているがそれほど高度なランクではない。そのため彼女は、無意識で言葉を操るハニー・ビーとは違って意識して操作している。
考えないと自分がどの言葉を話しているのかも分からなくなるハニー・ビーでは言語の教師に向かない。
かといっって、そのスキルが全くない人間相手では意思の疎通を図るにも時間がかかる。
スキルを持っているが、その力はそれほど大きくないというサンダーバードは、翔馬の教師としてお誂え向きだった。
覚悟はしていた筈の翔馬の目が、市場に売られて行く子牛のようだと思いつつ、ハニー・ビーはライとクラウドの元へ行く。
別世界から連れてきた来た馬だけれど、こっちの馬たちと仲良くなれるといいなぁと考えているハニー・ビーは、にーさんに聞かれたら怒られるかな……と思いつつ、二頭に番える相手が出来てほしいと思っている。
いよいよとなったらランティスに帰すことも考えなくはないが、彼らの意思を尊重したい。ならば、この地で伴侶を見つけて子を儲けて幸せになって欲しい。
自身は15歳という若さもあって色恋に縁は全くないし将来の伴侶など想像したこともないが、普遍的な幸せ像を知らない訳ではない。
ライとクラウドに「普通の幸せ」が訪れることを願う。
ついでに。
にーさんはいい歳なんだから、この世界に馴染めたら想う相手と出会えればいいけど。
お節介を焼く気は無いが、翔馬の幸せもライとクラウドの幸せを祈るついてに祈っておいた自分のことは棚上げのハニー・ビーであった。
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