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92 海の町メノノプ
しおりを挟む漁業な盛んな町メノノプに到着したハニー・ビーと翔馬は、先ず宿をとった。
財布は重いが、庶民派翔馬は高級宿をとることなど思いつくこともなく、女の子連れだということで安全第一、海までほど近くそこそこの賑わいはあっても夜間に騒ぎが起こるような飲み屋街から離れた中程度の宿を選ぶ。
「いらっしゃいー。お食事ですか、お泊りですか」
気の良さそうな中年女性が入り口をくぐってきた二人に声を掛ける。
「泊まりお願いします」
「はーい。一部屋?二部屋?」
「一部屋でいい?」
「ん」
外見からして血縁関係には見えず、恋人や夫婦のような空気も無い二人に部屋数を尋ねた女将は、首を傾げるようにしてハニー・ビーと翔馬を凝視した。不躾な視線ではあるが嫌味な感じはしないので、二人はスルーする。
噂のせいで見られることもしょっちゅうだ。一々気にしてもいられない。
「間違ってたらごめんなさいよ。勇者様と魔女様じゃないですか?」
やはり、ここまで噂は届いているようだ。宿屋の女将という立場から、泊り客や出入りの商人らから噂を仕入れるのも仕事の一つである。
「ん」
「俺ら、有名になっちゃったねー」
特徴的な見た目で否定しても始まらないので、あっさりと肯定する。
「おやおや、こんな宿で宜しいんですか?もっと高級な宿に繋ぎを付けましょうか?」
「いやいや、素敵な宿じゃないですかー、とりあえず三泊おねがいします」
肩の凝るような高級宿より、小奇麗な大衆宿のほうが落ち着く翔馬が答える。
「そりゃ光栄だ。二階の一番奥の部屋が空いてるよ。これが鍵だ」
鍵を渡された翔馬は代金を払い、この町の見所や港の様子、魚介の美味しい店などを女将から聞き、礼を言って手を振った。
ハニー・ビーは収納魔法を、翔馬はハニー・ビー作の収納の魔道具を持っているので手荷物は無いが、とりあえず部屋を確認するために二階へ上がった。
「そろそろ潮時、かも?」
部屋に入るなりハニー・ビーが言う。
「潮時?」
翔馬はベッドの堅さを確かめたり、窓の外を確認したりしつつハニー・ビーの言葉を繰り返して聞いた。
「ん。にーさんのせいで魔女と勇者が有名になっちゃって、これから何処に行ってもそれが付いて回りそうだし、こっちに来てから一年近くたつし、そろそろ帰ろうかと思う」
「帰るって、城に――じゃないよね?ビーちゃんの元の世界へ、だよね?」
いきなり帰郷を告げられ、翔馬は部屋の確認どころではなくなってハニー・ビーに詰め寄った。
「俺も連れてってよ?約束したよね?あと、出来ればクラウドも連れて行きたい。クラウドがいいって言ったらだけど。いつ帰る?すぐ?取りあえず刺身食う時間は欲しい。希ちゃんたちへの挨拶はどうする!?あ、挨拶と言えばマンティコアお師匠さんに挨拶するときの手土産はどうしようか。酒好きで魚好きって言ってたから、ここで調達するのはアリ?もっと詳しい好みを教えて。あと……」
「にーさん、落ち着いて」
自分に覆いかぶさるようにして肩を掴む翔馬の額に軽く拳をくれてやり、ハニー・ビーは呆れたように宥めるように言う。
「なにも今日明日ってことじゃない。そろそろ帰ることも考えようか――ってこと。にーさんが気が変わってないなら連れてくよ。けど、この世界にも馴染んだみたいだし、一度言ったからって無理に付いてくることないよ?」
「行きたい。だから連れてって。お願いします」
肩を掴んだまま頭を下げる翔馬に苦笑を返すハニー・ビー。
「だいじょぶ。言ったでしょ。にーさんが気が変わってないなら連れてくって」
「ありがと、ビーちゃん」
今まで何度も確認をしてきたけれど、実際に帰郷の話が出て、それでも「連れて行く」と言われたことに翔馬は安堵した。
なにしろハニー・ビーがその気になれば、今、この瞬間にでも魔女は故郷に帰ることが出来るのだ。彼女の言葉を疑っていた訳ではないが、社交辞令という事もあると翔馬は考えていた。
今まで他人に必要とされるという経験が乏しかった彼は、自分のことに関して割と後ろ向きに考える傾向がある。
ホッとした翔馬を見て、ハニー・ビーはやれやれと肩をすくめた。
翌日の朝、ハニー・ビーと翔馬は漁港傍の朝市に出掛けた。
新鮮な魚介に舌鼓を打ち、元の世界にいた魚と似ているものも見たこともない魚もある店先を、興味深げに散策していく。
市場なので、当然ライとクラウドは宿屋で留守番だ。
何かお土産になるものがあるといいねと会話をしながら物色して歩いていると、市場のどんづまりまで辿り着いた。
翔馬が戻ろうかと声を掛けようとした時、ハニー・ビーが路地の先に海が見えるから行ってみようと誘う。
「こっちは市場の向こうの漁港と違って静かだね」
最初に見た大規模な漁港を思い出してハニー・ビーが言う通り、こちらにも船着き場はあるのだが小型の船が何艘かあるだけで、人通りも水揚げの様子も無い。
船着き場を通り過ぎ砂浜まで来ると、翔馬は靴を脱いで海まで進んだ。久しぶりの海の感触に笑みがこぼれた翔馬を見て、ハニー・ビーも真似をする。
「うっ……。ここの砂、生きてる!?」
波が来るたび引くたびに足元の砂がうごめいて、ゾワゾワする初めての感覚にハニー・ビーはギョッとして身震いした。
「あははは。生きてない生きてない。海だから!」
「海だから?」
「海だから!」
何の説明にもなっていない台詞を胸を張って言う翔馬を、ハニー・ビーは恨めし気に見たが、不意に真顔になって翔馬の背後を指さした。
なんだろうと振り返ってみた翔馬の目に映ったのは、着衣のまま沖に向かっていく女性。
「入水、かな?」
「入水……って自殺!?だめじゃん、そんな呑気に言ってちゃ!」
首を傾げるハニー・ビーを置いて、翔馬は女性の元へと駆けた。
「ん、にーさんだからね」
本当に入水しようとしているのかは不明だが、穏やかではない様子の女性を助けに行くことは、勇者翔馬としては当然の行動だろうと、傍観者のハニー・ビーは納得して頷いた。
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