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89 讃えられた魔女は居心地が悪い

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「大体、その鑑定水晶?ってのは習いました、ハイ、出来ましたってなるもんなの?」

「ん?多分。無意識に付与できるくらいだし」


 翔馬に問われ、どうだろう?と考えつつハニー・ビーは答えた。

 元の世界でも作れる人間は結構いたはずだが、自分は教わってすぐ出来るようになったから他の人がどうだったかは知らない。


「ビーちゃんは、自分が規格外だって事をもっと自覚して。ビーちゃんの普通は一般的な普通と違うから!」


「いやいや、普通じゃないってのはあたしの師匠みたいな人だから」

「マンティコア師匠さんね……。師匠さんが規格外なのは聞いたけど、だからといってビーちゃんが普通のくくりかどうかはまた別問題だから!」


 納得のいっていない様子のハニー・ビーを尻目に、翔馬はオイゲン達に手刀を切るようにして「ごめん、ビーちゃんはあんまり常識無いから」と謝罪し、それを聞いた魔女は「にーさんに言われたくない」と膨れる。


 結局、対価として付与のやり方を教えることとなった。

 それを日常で生かすも商売にするも自由、知っていて損はないだろうという事で。


「あ、あと、ついでにお父さんを診ようか」

「え?」

「具合、悪いんでしょ?もと居た国では病人を見るのも魔女の仕事の一つだし」

「ですが、これ以上のご迷惑をおかけするのも――」


 どれほど自分たちに厚意をくれるのか。返すものが無くて心苦しく思うほどの恩で、アリウスは居たたまれない思いだ。


「まーまー、せっかくビーちゃんが言ってるんだし、とりあえず見てもらおう?」


 翔馬が遠慮するアリウスを押し切ってあばら家にの奥に進むと、粗末なベッドで横になっている老人が目に入る。アリウスの父としては相当年を重ねているように見えたが、病によるやつれのせいかもしれないと翔馬は思い直す。


「アリウスのお父さん、こんにちは。あたしはハニー・ビー、魔女だよ。ちょっと診察させてもらうね」


 ハニー・ビーはそういって、怪訝な表情のアリウスの父に有無を言わせず身体状況に限定した鑑定魔法をかける。

 これは翔馬や聖女達、アリウスらにかけたものとは違って、個人情報には触れず病や怪我のみを看破する魔法である。


「あー……病気じゃなくて毒だね、これは」

「――毒」


 歯に衣着せずに述べた診断結果に、アリウスの表情が曇った。


「よく生きてたよ、アリウスの無意識の付与魔法のおかげかも?」


 おまじない程度とはいえ、おそらくアリウスが手を掛けた飲食物にはハニー・ビーがいう所の「元気になりますように」の願いがもたらされている。それが無くては毒を盛られてからの二年の延命は難しかっただろう。


「アリウス、フランネ、毒消しの調合も教えるよ、ついでだから」


 魔女の”ついで”はいったいどれだけ自分たちを助けてくれるのか。申し訳ない気持ちはあれど、父の病――ではなく、毒をどうにかできるのなら教えを乞いたい。


「ありがとうございます。本当に……魔女様のお力に縋るばかりで申し訳ないのですがよろしくお願いします」

 膝に付くほど頭を下げたアリウスの隣で、フランネもハニー・ビーに懇願する。


「よろしくおねがいします。アリウス、ちいさいのにずっと一人で頑張ってきたんです。おじさんが治るのなら、俺、何でもします」


「ん。毒消しを作るときに、フランネの力で増幅した付与を足そう。だいじょぶ。お父さんは良くなるよ」


 素っ気ないといっていいほどのハニー・ビーの声音だが、その中にアリウスは温かみを感じた。


 アリウスの父だけが何がなんだかわからない様子で周囲を見回すのを見て、翔馬が優しく微笑んだ。


「大丈夫ですよ。ビーちゃんは優秀な魔女なので。でもって、優しくて天使で女神で――」

「にーさん、うっさい!」


「そうですよ、魔女様はそれは親切で思いやりがあって――」

「オイゲンも煩い!」


「そうなんだ、お父さん。魔女様は僕たちにも親身になってくれて――」

「アリウス!何を言ってんの!?」


「おじさん、もう大丈夫だ!情け深くて気遣いの塊の魔女様が助けてくれる!」

「フランネまで!?」


 正直、渡りかけた橋だから見てみぬふりは座りが悪い。だからついでに毒消しの調合を教える。ただそれだけの事で、なぜこうも大袈裟に持ち上げられるのか。ハニー・ビーは心の底から「勘弁して」と訴えた。


「ビーちゃんはね、関わり合った人のことを見捨てないよね。それを優しいっていうんだよ。それが分かってるから、なるべく人と関わり合いたくて通りすがりで済まそうとするんだよね。突き放すのが苦手だから」


「違う。面倒くさいから」


「魔女様は謙遜しすぎだ」

「謙虚なんですね、魔女様」

「もっと恩をきせてもいいと思うよ、魔女様」


「あー、もう、煩い!調合するよ!」


 褒められ、それは誤解だと言えば讃えられ、体中がムズムズしてきたハニー・ビーであった。




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