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88 魔女の提案は却下
しおりを挟む「付与するためには先ず鑑定魔法を使えないとならないんだけど」
ハニー・ビーが言っていることは冗談なのではないかと期待してアリウス達は彼女を見るが、当の魔女は大真面目である。
「いまんとこ鑑定が使える人間は知らないから、とりあえずあたしが鑑定の魔法陣を作る。アリウスの魔力じゃ鑑定水晶を作るには足らないから、そこでフランネの補助が必要。それで――」
「ちょ、ちょっと待ってください、魔女様。話が急すぎますし、僕たちにそんなことが出来るとは思えません。だいたい、なぜ魔女様は僕たちにそのような事を教えると言うのですか」
アリウスが必死にハニー・ビーを留めようと声を上げると、フランネもその隣で首がもげて飛んでいくのではないかと言うほどの勢いで首を縦に振っている。
「ん?報酬が多かったから、依頼分を差し引いてあたしが出来ることをしようと思ったんだけど、余計なお世話だった?」
依頼には対価を求めるが、けっしてぼったくりはしないとハニー・ビーが言う。
「いえっ、いえいえっ、決してそういう訳ではないのです。魔女様のお気持ちは本当にありがたいです。ですが、僕たちは自分に魔力がある事すら今まで知らなかったのに、国宝になるようなものを作れと言われても……」
「そ?」
「ビーちゃん、アリウス君たちのいう事も尤もだよ。先ず、ガーラントさん辺りに話を通した方がいいんじゃないかなー」
翔馬の言葉を聞いて、これぞ天の助けとばかりにオイゲンも含めた三人が止まらない振り子のように首を振る。
「だってさー、ガーラントに話をしたら、国が製法とか持ってっちゃうじゃん」
「ダメ?国が管理した方がいいんじゃないの?」
「んー。この町の復興の為に何かがあったほうがいいかと思ったんだけどなぁ」
「魔女様……」
領主夫人と代官の非道のせいで寂れたこの町は、徴集された人々が戻ってきてもすぐに元の姿には戻らないだろう。ハニー・ビーは”生きている人間は”保護したといっていた。
それは、失われた人もいるという事だ。
子を、兄弟を、恋人を失った人たちの心の痛みはいかばかりか。
命が助かった人だとて、心身の回復にどれだけかかるのか。
この寂れた町は、本当に元の姿に戻るのか。戻るとしてどれだけの時がかかるのか。
魔女は捕らわれた人々の救出と犯罪者の捕捉だけではなく、罪をつまびらかにし、伝手のある権力者の協力を取り付けて万が一にも舞い戻る可能性を潰した。
その行いの代償が、素人の子供二人の作った挽茶。ハニー・ビーがこの町の為にしてくれたことに引き換えられるような価値など無いもの。
それでも対価が多いとうそぶいて、更なる助力を申し出てくれた。
国宝に値する鑑定水晶を本当に作れるならば、以前の町の姿に戻るどころではなくこの地の繁栄は約束されたものとなるだろう。子供の作った挽茶の対価としては途方もない提案を、ハニー・ビーは夕食は肉にしようかくらいの気軽さで提案してきた。
「魔女様は……本当にお優しい」
感極まって言うアリウスはハニー・ビーの価値観を知らない。魔女は本当に挽茶の対価として申し出ているだけで、どうせならこの町に役に立つものの方がいいかと考えたのは確かだが勇者のように「この町を助けたい」と思っている訳ではないことを、恐らくずっと知ることはない。それはそれで幸せな幻想かもしれない。
「優しくないよ。挽茶の対価として妥当なラインを探してるだけ」
「ビーちゃんは優しいよ」
「にーさんまでそんなこと言う」
「だって優しいし」
翔馬の言葉にオイゲン達も頷いた。
「でも、鑑定水晶をこの町でってのは、やめたほうがいいな。ガラウェイみたいに領主さまがしっかりしているところならともかく、今後どうなるかも分からない領で、後ろ盾もない子供たちが始める事業としては大きすぎる。悪い奴に目を付けられて、囲い込まれるくらいで済めば御の字、下手したら鑑定水晶を作れる生きた道具として扱われるかもしれない」
「あー、ん、そうか。あたしは鑑定水晶を軽く見過ぎてたか」
元の世界では当たり前の「鑑定」が、ここでは非常に価値がある者だという事を、ハニー・ビーは失念していた。
「じゃ、後ろ盾を作ればいい?ガーラント辺り、鑑定水晶が作れるとなれば大喜びで後ろにも前にも立ってくれる」
「魔導士長様を後ろ盾に!?そんな恐れ多い!!」
オイゲンが首をぶんぶんと振る。
アリウスとフランネも顔を青くした。
後ろ盾は大きい方がいいと思って提案したハニー・ビーには、恐縮する彼らの気持ちが分からない。翔馬は、元の世界で自分の後ろ盾にFBI長官が付くようなもんかな……そりゃお断りするよな、と思う。
世界が違えば価値観が違う。それは当たり前だけど、ビーちゃんはまた別枠な気がするなぁ……。ビーちゃんが標準だったら凄い世界だし、規格外ならそれはそれで怖いな、でも楽しみだと、翔馬はまだ見ぬ魔女の世界へ思いを馳せる。
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