上 下
79 / 149

79 寂れた町 5

しおりを挟む


 執務室から上等な応接室に居を移した三人の前にお茶と茶菓子が出されたが、ハニー・ビーも翔馬もそれを口にはしなかった。


「さて、代官殿」


 見た目はほっそりとして柔和な翔馬が、なるべく尊大に見えるようにとソファの背もたれに寄り掛かり腕を組んだ状態で口を開く。


 そこから翔馬は口調を崩さぬままに代官を責め立てた。

 町の人々を召し上げて何をしているのか、召し上げた人々は今どこにいるのか、奉公とや職の斡旋などと言っているが、その給金どころか便りの一つも家族に届かないのはどういう事か、などなど……


「いえ、ショーマ様。何か誤解があるように存じます」

「誤解?」


 すっかりショーマをお偉いさんだと勘違いした代官が言い訳をする。


「確かに町人の減少は私の不徳と致すところ、代官としての働きに不足があった事は認めましょう。

ですが、町の者を召し上げるなど滅相も無い。大方、税逃れの為に出奔した者たちの家族がそれを糊塗せんが為に虚言を弄しているのです。代官として調査し妄言を取り締まりたく思います。どうか、下賤の者たちの戯言に惑わされぬよう、お願い申し上げます」


 翔馬がハニー・ビーをちらりと見ると、彼女は皮肉気に口の端を上げていた。


「しかと左様か」

「もちろんにございます」


 ふむ――と翔馬は右手で顎を掴むようにして考える振りをする。ハニー・ビーが黒だと言ったならこの男は間違いなく黒なのだ。追い込んで「このまま帰しては破滅に繋がる」と考えさせて、自分たちを襲ってもらわないといけない。


 破滅自体は、ビーちゃんが参入している段階で決定だけどね。翔馬は目の前にいる男に、申し訳なさそうな顔をして伝える。


「一方の言葉ばかりを鵜呑みにしての断罪は片手落ちだな。私が先走り過ぎていたのかもしれない。これは持ち帰って上に報告をし、詳細な捜査をすべきだと思う。代官殿に疚しきことが無いのなら、そのまま職務を全うせよ。――ただし、領民の減少に手を打たず領を衰退させた責任は取ってもらう事となる」


 ”上に報告”と言っておいて「上って誰だよ!?」と翔馬は心の中で自分にツッコミを入れる。


 とりあえずの釈明は翔馬に通用したとみて、代官は深々と頭を下げ「わが身の不足を反省し、領の繁栄の為に供奉することを誓います」などとしらじらしい事を言う。


 この館に入った事を知っている者がいるかもしれないので、ここで翔馬たちを拘束するような愚は侵さない。彼らにはここから出た後で行方不明になってもらえばいい。決して王都に戻ることも、上に報告する事も出きないのだから、せいぜいあと少しの自由を楽しむがいい。


 代官はそんな内心を隠しきっていると思っているが、傍から見れば謀略を巡らしていることは底意地の悪い顔から見透かせる。

 もちろん、翔馬は代官がそういう行動を取るようにと煽ったので、悪だくみしてくれるようでよかったとしか思わなかったが。


 突然に立ち寄った詫びを言い、近々捜査が入る可能性を示唆して翔馬とハニー・ビーは領主屋敷を後にする。この屋敷に入ってからハニー・ビーは一言も話をしていなかった。


「いつなりと」


 張り付けた笑顔で応える代官に言葉を返さず背中を見せた二人を見送る複数の目。代官は「あまり近くでは拙い。少し進ませてから捕えよ。捕えた後はいつものように」と姿の見えない者たちに指示した。誰もいないホールで彼は独り言を呟いているようにしか見えなかった。



 ◇◇◇



「来るかな?」

「ん」


 翔馬とハニー・ビーはそれぞれ馬にまたがって、ゆっくりと王都の方向へ向かう道を進んでいる。


「にーさん、意外と役者だね?」

「ふっふっふっ。見直した、ビーちゃん?」

「面白かった」


 えー、面白いってどういう意味ー!?まんまだしと翔馬とハニー・ビーが他愛のない会話をしていると、背後から複数の蹄の音が聞こえてきた。


「来たねー。何人かな」

「5人」

「案外少ないね。舐められたかな?」


 ハニー・ビーが振り返らぬまま襲撃者の人数を予測すると、翔馬はあまりにも少ない人数に首を傾げた。


 しかし、魔女ハニー・ビーがどれだけ規格外か、勇者翔馬がどれだけの力を持っているかを知らなければ、年若く荒事の経験があるようには見えない男女2人の追手としては妥当だろう。


「ライ、クラウド、逆らっちゃ駄目だよ?怪我させられたらたまんない。格好良くて従順な馬だったらきっと一緒に連れて行かれるから、離れるよりいいでしょ?大人しくね」


 離れてもハニー・ビーなら二頭を見つけることは可能だが、聞き分けの良いライはともかくクラウドが翔馬の傍を離れて大人しくしているか分からない。ならば、どこへ連れて行かれるか知らないが一緒の方がいい。


 クラウドが不満そうに鼻を鳴らす。直情型の彼は、ハニー・ビーと同じく「ぶっ飛ばせばいい」と思っているので、翔馬たちが攫われるのを大人しく見ているのは嫌なのだ。


「そこの二人、待て!」


 背後からかかる声に、翔馬はわざと体をビクっと震わせた。


「お前たちを所望するお方がいる。怪我をしたくなければ大人しくこちらのいう事を聞け!」


 翔馬とハニー・ビーはゆっくりと馬首を巡らして追ってきた輩に対峙した。


「どういうことだ。私たちはお前らなどに用はない」

「そちら様に用がなくともこちらにはあるんだ。どこのボンボンだか知らないが、身分が通用すると思うなよ」


 翔馬の演技はまだ続く。


「ふん。私が誰かも知らずに吐いたその言葉、後悔せぬとよいな」


 勇者だと名乗っても誰も知らないので、正体を明かしても「ははーっ」とはならいないよなぁ。葵の御紋が付いた印籠でも持ってればともかく、自称”越後のちりめん問屋の御隠居”だって身分を証明するものを持ってなかったらただのじーさんだし。ビーちゃんは助さん格さんより更に頼りになるけど、やっぱり名乗りを上げたとしても悪党は恐れ入ってくれるわけがない。


 それにしても代官といいこの男たちといい、ちょっと偉そうな態度をとっただけで身分が高いものであると思い込むのは如何なものであろう。


 翔馬は、初めてハニー・ビーが城を出たときと同じ「こんなに緩くて大丈夫なのか、この国」という感想を持った。


 とりあえず、大人しくついていく予定なのだが、ハニー・ビーが我慢の限界を超えるような真似をこいつらがしませんように、そう祈る翔馬である。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ReBirth 上位世界から下位世界へ

小林誉
ファンタジー
ある日帰宅途中にマンホールに落ちた男。気がつくと見知らぬ部屋に居て、世界間のシステムを名乗る声に死を告げられる。そして『あなたが落ちたのは下位世界に繋がる穴です』と説明された。この世に現れる天才奇才の一部は、今のあなたと同様に上位世界から落ちてきた者達だと。下位世界に転生できる機会を得た男に、どのような世界や環境を希望するのか質問される。男が出した答えとは―― ※この小説の主人公は聖人君子ではありません。正義の味方のつもりもありません。勝つためならどんな手でも使い、売られた喧嘩は買う人物です。他人より仲間を最優先し、面倒な事が嫌いです。これはそんな、少しずるい男の物語。 1~4巻発売中です。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

世界樹を巡る旅

ゴロヒロ
ファンタジー
偶然にも事故に巻き込まれたハルトはその事故で勇者として転生をする者たちと共に異世界に向かう事になった そこで会った女神から頼まれ世界樹の迷宮を攻略する事にするのだった カクヨムでも投稿してます

魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン
ファンタジー
完結しました! 魔法使いの国に生まれた少年には、魔法を扱う才能がなかった。 無能と蔑まれ、両親にも愛されず、優秀な兄を頼りに何年も引きこもっていた。 そんなある日、国が魔物の襲撃を受け、少年の魔物を操る能力も目覚める。 能力に呼応し現れた狼は少年だけを助けた。狼は少年を息子のように愛し、少年も狼を母のように慕った。 滅びた故郷を去り、一人と一匹は様々な国を渡り歩く。 悪魔の家畜として扱われる人間、退廃的な生活を送る天使、人との共存を望む悪魔、地の底に封印された堕天使──残酷な呪いを知り、凄惨な日常を知り、少年は自らの能力を平和のために使うと決意する。 悪魔との契約や邪神との接触により少年は人間から離れていく。対価のように精神がすり減り、壊れかけた少年に狼は寄り添い続けた。次第に一人と一匹の絆は親子のようなものから夫婦のようなものに変化する。 狂いかけた少年の精神は狼によって繋ぎ止められる。 やがて少年は数多の天使を取り込んで上位存在へと変転し、出生も狼との出会いもこれまでの旅路も……全てを仕組んだ邪神と対決する。

転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ

如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白? 「え~…大丈夫?」 …大丈夫じゃないです というかあなた誰? 「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」 …合…コン 私の死因…神様の合コン… …かない 「てことで…好きな所に転生していいよ!!」 好きな所…転生 じゃ異世界で 「異世界ってそんな子供みたいな…」 子供だし 小2 「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」 よろです 魔法使えるところがいいな 「更に注文!?」 …神様のせいで死んだのに… 「あぁ!!分かりました!!」 やたね 「君…結構策士だな」 そう? 作戦とかは楽しいけど… 「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」 …あそこ? 「…うん。君ならやれるよ。頑張って」 …んな他人事みたいな… 「あ。爵位は結構高めだからね」 しゃくい…? 「じゃ!!」 え? ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!

隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。 ※三章からバトル多めです。

処理中です...